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彼女が婚約破棄イベントを嫌う理由



 花は笑い鳥は歌う、月歴千年の初月1日。今日のような日こそ素晴らしい日というものだ。風が私の頬を撫でるようなことでさえ心から愛おしく思える。

 この国特有のからっと乾いた気候は、誰の心なら暗くできるものだろうか。空には雲1つない快晴の下、入場を告げる管楽の旋律が学園中に響き渡った。




 私はこの瞬間の世界を構成するもの全てに胸を躍らせる。

 これから私が登るはずの舞台も、ファンファーレ担当の楽団も、この学園の在校生の姿も、私の同級生となる人たちも、学生が着ている制服も、スポットライトも空気も鼓動の音さえも!全てが私の気分を高揚させる。



 私立カーミエ学園100期生のめでたき入学式が、こんなに恵まれた環境でできるなんて。きっと天も私たち新入生を祝福しているに違いない。"天も認めるカーミエ"とはよく言ったものだが、本当なのかと錯覚させられるほどだ……いや、錯覚でもないのだろう。


 私立カーミエ学園はなんと言ってもこの国1番の名門難関学校で、創立から今日まで多くの人材を輩出している。国の現大臣の半数はこの学園出身だし、去年権威ある人間認知魔法科学分野賞をとった高名な学者の母校でもある。この学園の手厚いサポートは、知る人ぞ知る芸術家だって数々生み出してきた。

 枚挙に暇がないほど多くの人がこの学園を卒業し、社会に貢献してきたのだ。


 私の名前はノノ。そう遠くない将来、この学園を卒業して先代に劣らない功績をこの世に残し、世界の誰もが知ることになる人間の名前である。これはただの希望論ではない。そうならなければならないし、そうさせることが私の使命だ。


 その第一歩として、当面の目標は、ここカーミエ学園という小さな世界で才覚を見せつけてやることだ。

 新入生代表として階段を登り舞台にあがるのはもちろん他の誰でもなくて私だ。首席入学を目指した入試は自分でも驚くほど上手くいき、新入生代表の座を王子サマや由緒正しいお貴族サマたちを差し置いて勝ち取ったのだ。


 スピーチ内容は熟考に熟考を重ねた結果、今日この日に相応しいものに仕上げることができた。既に他生徒とは一線を画している私の新入生代表スピーチを聞いて驚けっ、校長、来賓、在校生!

 演台の前に立てば、高揚感が最高潮になる。これが私の歴史書のエピローグになるのだと、意気込んで時候の挨拶から始めようとしたちょうどそのときだった。高い音を立てて、スポットライトが次々と消えていく。ステンドグラスから射す日光ではここを照らすのに足りるわけがなく、会場は一気に暗くなった。騒然とする人々。全ての出力機械でも落ちたのだろうか、マイクも反応しなかった。


 それでもこんなアクシデントに私が屈するわけがない。ちゃんと発声練習だってしてきたのだ。マイク無しでもスピーチはできるに決まっている。むしろ遠慮せず声を張っていいのなら、そっちの方が私の凛とした声にはちょうど良いだろう。

 いっそのこと暗い中で話し始めてしまった方が面白いのではないのだろうか。事故にも負けない新入生代表になるのだ。この際演説の冒頭部分は、キャッチーなものに変えた方が良さそうだから少し考える必要があるが、私とってそんなことは造作もない。

 話をこう始めようと案が纏まった時、運がいいのか悪いのか、照明が復活した。それに伴って、私の目の前、つまり舞台の演台の前でステージ上の客席に最も近い所に人が仁王立ちしていたのだ。

 一体誰なのか、私に被ってくる不遜な奴は。これから始まる私の台頭を邪魔しようというのか。


 ここで無様に私がこの男子生徒に喚くつもりはない。こういう乱入者は、先生だったり警備員だったりそういう人がどかしてくれるものだろう。

 しかし私の予期するところと違い、先生達はこの男子生徒に何か言うのを躊躇っているようだった。どうせ生徒の身分が高くて手を出していいのか分からないとか面倒くさいとかそんなところか。非常に下らない。下らないが、彼らにとっては下らなくないということが1番面白くないことだ。


 かくして始まったのは、男子生徒による安い芝居のようなものだった。

 こいつ__絶対に許さない。私に被るどころか、スピーチを妨げやがって。そのサラサラの金髪いつかこの手で必ず毟り取ってやるのだ。これから学園内では背後に気をつけろよクソ野郎。


 近い将来に不慮の事故でハゲるであろう男子生徒が、やたらと全身を使って表現して述べることにはこうだ。


「突然舞台を占拠してしまってさぞ驚かせたことでしょう。申し訳ありません。私はカーミエ学園3回生、ジョン=ブリート=カミユです。皆様、新入生代表演説の前にどうか少しの時間を私にお許しください。

さて、今日は本当に素晴らしい日です。新入生の諸君をこのように麗かな日和の中で迎えられることは私たち上級生からしても非常に喜ばしく思います。慶賀に耐えないとはまさにこのことでしょう。

しかし今日、新入生諸君の晴れ舞台をお借りしてでも皆様にお伝え申し上げたいことがあります。この場にいる皆様、寛大な心で私を許し、どうか私の言葉を聞き届けてください。


 私、カミユ王国第三王子ジョン=ブリート=カミユとサクソン侯爵家長女、イザベラ=ゾフィ=サクソンとの婚約は本日をもって解消させていただきます」



 慶賀にたえないこの素晴らしい日に、入学式をジャックし中断するなんて、さすがカミユ王国の王子だ。先祖もさぞ喜ぶだろうよ。それで、そうか。婚約解消がお前のどうちても伝えたかったことなんでちゅか? やたらめったら長く話しやがって、結局それがお前の伝えたいこと? 私のスピーチを邪魔してまでそれを今やるのは何故? 今じゃなきゃダメだった? 入学式は婚約の解消に相応しい機会だと思った? 絶対に違うよ?


 嗚呼、こんなアホみたいなことのために、私の新入生代表スピーチが邪魔されたとは情けない。

 下らない王子の()()()のせいで、会場はどよめきを増した。王子は満足げに客席を見渡している。もう聞き届けてやったから舞台から退けよな。被ってんのよ。


 会場に緊張感が戻ってきたのは、ある1人の女生徒が、座席から無言で立ち上がったときだった。多くの人が彼女を見つめる中、彼女は笑顔で名乗った。


「ご機嫌よう、皆さま。私がサクソン公爵家の長女、イザベラ=ゾフィ=サクソンですわ」


 戻ってきた静寂は、この入学式の日には似合わないような冷たさを持っていた。


 それとは別に私の怒りのボルテージはうなぎ上りしている。怒りのボルテージに限界なんて存在しないのだ。私が最高レベルに怒ったら、どんな行動に出るのか分からせる時間が来たようだ。


 どうやら彼女も何か喋り始めたようだがそんなことは関係ない。王子が顔を顰めようが、王子がこの舞台上に未だのさばっていようが、それらも関係ない。


 マイクは王子でも彼女のもとでもなく、私の目の前にあるのだ! 私のターンだ自己中どもめ! 私のお言葉を聞いてさっさとそのつまらないことしか言わねぇ口を閉じるがいい!


「月暦千年の記念すべきこの節目、花は笑い鳥は歌い空は私たちの心を映すかのように澄み切っています。天道様もこの入学式、そして私たちを祝ってくれていることでしょう」


 私がスピーチを始めると、どんなに王子が支離滅裂なことを言っていても、どんなに彼女が得意げに論破しようとしていても、会場にいる皆んなが私の方を目を丸くして見た。


 たかが新入生代表が王子や令嬢の話を遮るなんて無礼ですって? そりゃ結構。貴族であっても、決められていた演説を台無しにしていい法律なんてあるわけない。私のターンは私のターンなのだ。


 スピーチは大した内容じゃないけれど、ここまでひどいアクシデントを起こしてくれたおかげで私は今までの新入生代表以上に記憶に残る人になれそうだ。


 スピーチも終盤に差し掛かる。


「今日はここ私立カーミエ学園に100期生として入学できたことを誇らしく思います。

 私の名前は、ノノ=タチバナ。この名前が100年の歴史を持つカーミエ学園のさらなる発展とより豊かな社会の繁栄の為になるよう、邁進して行きます。

 先生方、先輩方、そしてカミユ王国ジョン=ブリート第三王子、サクソン公イザベラ=ゾフィ嬢、私たち新入生をこれからよろしくお願いいたします」



 以上で新入生挨拶を終わりとさせていただきます、と演説を締めれば、一瞬の静寂と妥当な長さの拍手が会場を支配した。


 未だ舞台上と客席でそれぞれ馬鹿みたいに突っ立ているお二人は、私が晴々とした笑顔でいるのと反対に、少し俯いて顔を赤くしていた。名前を出されて怒っているのか恥ずかしいのか。私の挨拶自体は上手くいったのでどうでもいいことだ。


 例のお二方の名前を出すつもりは最初はなかった。みんなが覚えるのは私の名前だけでいい。しかし、あいつらの名前が悪い意味で有名になれば、それと同時に私の名前も知られることになる。


 私のスピーチを遮った報いだ。残念でちたね。ぷーくすくす。


 そして今日この日から、婚約解消みたいなクソイベントは、私専用パフォーマンス時間に変えて差し上げる、という自分ルールができたのだった。



 これが自信過剰学生ノノ=タチバナの物語の開幕である。


 着飾った文章作るのも自信家を描くのも難しいですね。

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