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白昼夢  作者: 猫護
18/21

吐露

「い、嫌だなぁ先輩。そんなおもちゃ使ってからかわないで下さいよ」


「なんだおもちゃかよ。びっくりさせるなよ」


「そう思う? ほんとに?」


 先輩は潰したそれをテーブルの真ん中に置くと、一歩二歩後ろに距離を取って僕の目を見つめる。


「なら、触ってみてよ」


 先輩のその声に作った笑顔も消え失せ、背中に冷たいものを感じながら、手を伸ばした。


 アルミ缶のように潰されたそれは、確かな重みを持っていて、少し暖かった。その事実は一人で受け止めるには大きすぎて、思わず高崎に手渡した。


「こんなことって」


 戦慄する僕達を先輩はただ淡く笑って見ている。そのどこか諦めたような表情が、このテーブル一つ挟んだだけの距離をとても遠く感じさせる。


「病院には、行ったのかよ」


「ううん」


 先輩はゆっくりと首を振った。


「なんでですか」


「それが無駄なことくらい、二人が一番よく分かってるでしょ」


「あの夢……」


「でも、まだ治らないって決まったわけじゃ」


「治るわけ、ないじゃない」


 先輩はベッドに座ると、カーテンの奥を見据えるように窓に視線を移した。


「学校で部活を作って、解決策を模索して、でもほんとは解決なんてしなくても良かったんだ。ただ、私とおんなじ痛みを共有してくれる友達がそばにいてくれるだけで良かった」


「そんなのこれからだって」


「無理だよ。こんな体で外なんか歩けるわけないじゃない。それでもし、誰かを傷つけたらって思うと」


 そこまで言って足をぐっと縮めて体を小さく丸めた。


「だから、決めたんだ。このまま部屋から出ないで、勉強も通信教育に変えて。ほら、さっきみたいに優しくすれば多分パソコンも壊れないだろうから。そうやって、生きてくんだ私」


 視線を窓に向けたまま、絞り出すような、優しい声で話す。先輩の肩が小刻みに震えていることに気がついた。


「だから、二人とも今日でお別れ。少し寂しくなるけど、パソコンが使えるようになったら連絡するから」


「駄目ですよ」


 先輩の震えが止まった。


「駄目って、もう決めたことだしこれ以外にやり方なんて」


「ふざけないで下さいよ。突然学校に来なくなったと思ったら、そんな理由でこんな暗い部屋で引きこもって、禄に相談もせずにそんなこと伝えられたって、二つ返事で受け止めると思いますか」


「お、おいそんな言い方ないだろ」


「いいや、こんなふざけた先輩にはこれくらいが丁度いい」


 すると、激昂した先輩が視線を僕に向け、しかめっ面で睨みつけてくる。


「今までのこと見てなかったの? こんな訳のわからない体で学校に行って、友達だって傷つけるかもしれないんだよ!」


「それがどうだって言うんですか。誰だって人と関われば大なり小なり傷つけ合いますし、先輩はそれが少しだけ大きいってだけでしょ。そんなことで一々引きこもってたら世話ないですよ」


「分かった風に話さないで! それは普通の人達のことでしょ。私は違う」


「違わないですよ。先輩もその普通の一人です。何も違わないです」


 興奮したペースに乗らないように、先輩をなだめるようにゆっくり言葉を区切って話す。しかし、それが逆に癪に触ったのか先輩は立ち上がると、拳を握って叫ぶように言い放った。


「なら証明してよ! 口では何だって言えるんだから、私が皆と変わらないただの人だって、証明してみせてよ!」


「分かりました」


「分かりましたって……」


 僕の反応が予想に反していたのか、先輩はそれ以上言葉を続けず、ぐっと口を噛み締める。それから、涙が一筋頬を伝うと、決壊したダムのように続けて涙が溢れ出し、それを何度も手で擦り上げている。


 心配した高崎が衝動的に歩み寄るが、黙って手を伸ばして制止する。さっきまであんな思い切ったことを言ってはいたが、先輩の状態が一般のそれとは違うことなど百も承知である。


 ただ、それでもああ言うしか無かった、いや、言うべきだったのだ。


 それは先輩の為ではなく、自分の為の言葉だったのかもしれない。この場で先輩を拒絶することは、自らを否定することに他ならないからだ。


 先輩はこの現象が夢を起因とするものだと言った。ならば、いずれそれは僕にも訪れることになる。


 だからこそ諦められなかった。先輩を助け僅かな希望に縋りつかなければならなかった。


「でも証明たって、どうするつもりだよ」


「先輩は外に出ることで誰かを傷つけることを恐れてる。なら、外に出て誰も傷つけなければいいだけの話だよ」


 僕はテーブルの境界線を越えて、泣きじゃくる先輩の前に膝まづく。


「先輩、明日僕とデートしましょう」


「はぁ?! お前こんなときに」


 高崎の言葉を遮って話を続ける。


「水族館に行きましょうよ。電車に乗って、出掛けるんです。普通の人とおんなじように」


 先輩は首を横に振る。


「やっぱり、無理だよ。そんなの、危ないよ」


 涙を拭う手を取る。その瞬間、先輩の体が強張るのを感じた。


「ほら、こうやって触れ合えたじゃないですか。何も危ないことなんてないですよ」


 肩の力が抜けるのを確認すると、思考する時間を与えないように畳み掛ける。


「それじゃあ明日、学校が終わり次第迎えに来ますから。ちゃんと準備しておいて下さいね」


 それだけ言って立ち上がり、部屋から出る。


「ちょ、帰んのかよ! じゃあな真咲!」


 慌てた高崎が階段を駆け下りると、その音に気がついたのか、階段下から心配そうに母親が顔を覗かせる。ただ、親という立場の手前、自分からはなかなか成果を聞き出すのが難しいらしかった。


「部屋に入れてくれましたよ」


「どう、元気にしてたかしら?」


「ええ、元気でした」


 母親の顔が少し綻んだ。どうやら少しは役に立てたようだ。ただ、奇妙な力のことに関しては僕の口から話すわけにはいかない。


 とても大事な話だ。こればかりは先輩自ら話してもらう必要がある。もし、そうなれば、その時こそ悲観的な感情からの脱却を意味することとなるだろう。


 そのまま先輩の家を後にすると、つっけんどんな態度の高崎が絡んできた。


「お前馬鹿じゃねえのか?」


「馬鹿とは口の悪い」


「うるせぇ! たく、あんな滅茶苦茶な約束して、ほんとに行くつもりか?!」


「ホントも何も、あの先輩とデートの約束を取り付けたんだ。行かないわけ無いだろ」


 高崎は片手で両目を覆い、わざとらしく声混じりのため息をつく。


「そりゃ、気持ちは分かるけどよ、こればっかりは同情でどうにかなるもんでも無いだろ」


「同情、同情ね。それだったらどれだけいいか」


「は?」


「あの約束は自分の為にしたようなものだよ。わかるだろ」


「自分の為って、まさかお前も」


「見てるよ。死ぬ夢」


「なんで隠してた!」


「僕はズルい奴だからさ、二人と同じ終わりのない苦痛の中に居ると認めたくなかったんだ。だけど、同時に境遇を共にする人と居ることで安らぎを得ていたんだ。ああ、一人じゃないって」


「なんだよそれ」


「酷いもんだろ」


 卑下た笑顔を向けると、いつぞやの鋭い拳が腹を突いた。思わずその場にうずくまると、その間に高崎はどこかへ消えてしまった。残念ながら花田との約束は果たせなくなってしまった。

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