きのこを求めて
少し肌寒くなり、山が赤く染まり始めた頃、カーマ村は活気にあふれていた。年に一度、行われる祭が近いのだ。
祭。特にそれ以上の名はないが村のさらなる発展を祈り、巫女への感謝を伝えるなどその内容はとても濃い。
祭りは三日の間行われ、出店も開店する。そしてレオンたちも今回、村長に許可を貰い、出店を出す予定だ。
「でもアド爺、店出すって言っても何やるんだ?」
「ほっほっほっ、そんなもの決まっておるじゃろ!」
アド爺はそう言うと袋の中に手を入れ、なにかを探し始める。そして、目当てのものを見つけたのか、なにかを企んでいるような笑みをこちらに向けてきた。
「これじゃあ!」
「それは……きのこだな。」
昨日、レオンが山を散策したついでに取ってきたきのこである。そして、今取り出しているのはその中でも特に珍しく美味な『天女茸』と呼ばれるものだ。
「きのこで鍋を作り、儲けてしまおうではないか!」
「いや、祭りの出店は金取らないってルールだろ。第一、そんな面倒臭いことわざわざやらなくても。それに…。」
そんなことをするくらいならばユーフィアと一緒にいた方が何倍も良いとレオンは密かに思う。
そして、そんな少年の気持ちにアド爺は気づいていた。
「なるほどのう。お、そう言えば巫女さんは祭りのときは基本的に社にこもって祈りを捧げるらしいのう。じゃから、ほとんど村の者とは会えないそうじゃ。」
ビクッと体を震わせるレオン。どうやらこのことは知らなかったようだ。目に見えて落ち込むレオンにアド爺は飴をちらつかせる。
「しかし、確か戦士を護衛につけ屋台は回るそうじゃな。それと前夜祭には出席されると聞いておる。会えるとしたらそのときくらいかのう。」
アド爺の言葉を聞いたレオンは屈伸をしたかと思うと、壁に立て掛けてある大きな籠に手を伸ばす。
「アド爺、何してるんだ。早く行くぞ。」
勢いよく扉を開け、山へと駆け出していくレオン。単純な奴ではあるが、それだけ巫女への想いも強いということだろう。
「さてと、わしも行くとするか。」
アド爺もレオンの後を追うように山の中を進む。
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家を出てから1時間が経った。レオンが背負う籠は既にきのこで溢れていた。
「さてと、そろそろ帰るか。」
レオンは山を駆け下り、家へと向かう。岩を飛び越え、木々をすり抜ける。だと言うのに山のように積み上がったきのこは一つとして落ちることはない。
(風魔法が使えるようになって良かった。やっぱり便利だな。)
籠の周りにはきのこを押さえつけるように風が吹いていた。押さえつけられたきのこはレオンが走ろうと、飛び跳ねようとびくともしない。
しかし、ここまで風魔法を繊細に操ることができるようになるまでは苦労をした。土魔法のように一度形を変えてしまえばそのままではなく、風が吹いている間魔力をコントロールしなくてはならない。
休むことなく魔力を操作する方法を体に覚えさせるまで、レオンはひたすら風魔法を使い続けた。
その結果、今では籠を抑え、更に背中に風を当てることで走る速度も上げれるようにまで成長したのだ。
「戦士になるのも時間の問題かもな。」
ユーフィアの隣に並ぶ自分の姿を想像し、鼻の下が伸びるレオン。そのときだった。
「ん?」
咄嗟に身を翻すレオン。すると先ほどまでレオンがいた場所に岩が被弾した。
「危ねえなあ、あれは……“なんちゃらボア”。」
「ブルル……。」
レオンの目の前に現れたのは体長2メートルを超える巨大な猪だった。その名を“マジックボア”。鼻から魔法を放つ魔物である。放たれる魔法はそのマジックボアが生息する場所によって変化する。レオンたちが暮らす山に現れるマジックボアたちは先ほどのように岩を放つのだ。
世界各地に生息する魔物であり、脅威と言えるほどの強さはない。しかし、それでもレオン程の年の少年が勝てる相手でもない。
自分の背丈を遥かに超える魔物。だが、既にレオンの目は獲物を狙う捕食者のものへと変わっていた。
「鼻から魔法を撃つとは言え所詮は猪。かかってきな。」
腰に下げたショートソードを抜くと、挑発するように手で招く。
「ブビィィィイ!!!」
それと同時にマジックボアは岩を放ちながら、レオンの方へと走り出す。
レオンは飛来する岩の軌道を読み、最小限の動きで回避する。所詮は獣の雑な攻撃、普段打ち合っているアド爺の攻撃と比べれば大したことはない。
「それじゃあ、終わりにするか。」
「ブヒィィィイイイイ!!!!」
レオンは突進してきたマジックボアを体の向きを変えることで躱す。目の前を通り過ぎるマジックボア。その首目掛け、ショートソードを振り下ろす。
「はあああ!!!」
ショートソードは肉を断ち、地面にめり込む。マジックボアは首を失い、大きな音をたて倒れる。
「猪肉も鍋に入れれば……いや、でも流石に腐るか。……今日の夕飯だな。」
山に暮らす少年は確実に成長を遂げていた。