レオンを想って
村から帰ってきてからと言うもの、レオンがより一層鍛錬に励むようになった。もちろん、アド爺もその変化に気付いていた。
「レオンよ、最近やけに熱心じゃな。何かあったのか?」
「べ、別になんでもいいだろ!」
「…よし、じゃあ、当ててやろう。ユーフィアと何かあったんじゃろ?」
「……知ってるなら聞くなよ。」
レオンは拗ねて顔を背けてしまった。大きくなり、力がついてきても、こう言うところはまだ子供なのだ。
好きな人のために頑張る、そんなレオンにアド爺は力になりたかった。しかし、だからこそ…。
「……そうじゃな。今日の鍛錬は終わりじゃ。」
「え?」
予想外の一言にレオンは驚きを隠せない。今まで、まだだと倒れるレオンを無理やり鍛錬させることはあった。だが、今日のようにまだ日が昇りきる前に、それもアド爺から鍛錬をやめるなんてことは初めてだった。
「な、なに言ってるんだよ!俺はまだ……。」
「まだできるとでも言うつもりか?」
「そ、そうだ。」
強気に言うが、そんなレオンを見てアド爺はため息を吐く。
「ほれ、足を見てみろ。」
「足?」
言われた通りに自分の足を見る。レオンはそこでやっと気づいた。自身の足が震えていることを、身体に限界が近いことを。
「…お前、夜もこっそり鍛錬しておったじゃろ?そのせいじゃ。わしはお主のことを考え、鍛錬をしておる。それを超えた量のことをしていればそうもなるじゃろ。」
「……でも、俺は強くならないといけないんだ。」
レオンは震える足に力を入れ、立ち上がる。
「…ユーフィアは俺の話をいつも楽しそうに聞いてくれるんだ。最初はただそれが嬉しかった。けど、気づいたんだ。時々、ユーフィアが悲しそうな顔をしてることがあるって。
きっと、ユーフィアも外の世界を見たいんだ。でも、巫女のユーフィアはそんなことできない。あいつもそれがわかってるんだ。だから…。」
レオンの目は涙を流しながらも、真っ直ぐアド爺を見つめる。
「俺が騎士になって、誰にも負けないくらい強くなって外に連れて行ってやるんだ!だから、こんなとこで立ち止まってられないんだよ、アド爺!」
幼い子供の純粋な想い。自分にもこんな時期があったなとアド爺は懐かしく思う。だからこそ、同じ失敗をさせるわけにはいかない。
「…レオンよ、お主の気持ちはわかった。じゃが、だからこそ、今日は休め。
わしも昔、同じようなことをしてな、暫く鍛錬ができなくなったことがあった。そうはなりたくないじゃろ?」
「まあ、そりゃそうだけど。」
「それにのう。」
アド爺はレオンの肩をポンポンと叩くと耳元で囁く。
「ボロボロになったら巫女に悲しまれるぞ。」
「う、うるせえ!」
「ホッホッホ。」
レオンは木刀を振り回しながらアド爺を追いかける。だが、満身創痍の状態で追いつけるわけもなく、みるみるとその差は広がっていった。
「くっそう。何でアド爺はあんな速いんだよ。」
年寄りに負けていることに少しショックを受ける。
「まあでも、今日は休んどくか。別にアド爺の言うことを聞くわけじゃないけど…。」
レオンは疲れた身体を引きずるようにゆっくりと家へ帰って行った。
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家へ向かうレオンをアド爺は後ろから見つめていた。まだ鍛錬を続けるようであれば無理やりにでも止めるつもりだったが、どうやらその必要は無いようだ。
(……懐かしいのう。わしにもあんな時期があったものじゃ。とは言っても10数年前のことか。)
それは昔の記憶。
『アド!もう休みなさいよ!ボロボロじゃない。』
『うるせえ!俺はまだやれる。強くならない……と……。』
その言葉とともに若きアド爺は倒れた。次に目を覚ますとそこは医務室のベッドの上だった。
『ここは……。』
『気がついた?』
『…ナリア。悪い、迷惑かけた。』
『謝るなら最初からやらないでよ。確かにレオンは強くならないといけない。けど、その前に倒れてちゃ駄目じゃない。』
『ハハ、まったくだ。』
『もう…。』
そう言ってナリアは優しく微笑んでくれた。今になっては懐かしい記憶だ。
(ナリアは今、どうしているんだろうな。)
旧友は今、どうしているのか。それはわからなかった。そして、それを調べに行くわけにもいかない。
(……約束を守るまでわし、いや、俺は。)
アド爺は空を見上げる。会いに行くことはできない。けれど、同じ空を見ているであろう彼女を思って。