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クレースの名




「…クレース様の没後20年後くらいにある集団がクレース様をモデルにして沈黙と平穏の女神『プリシラ』を奉る宗教団体を立ち上げた。クレース様以降エメと対話することはできても姿を見ることのできる者は現れず、民衆だけでなく貴族たちもその宗教を支持した。それで、女神『プリシラ』は根付いていったと言われている」

「そんな歴史が…」

「本当は『アミューリア』や『ティアイラス』なんかも「女神が見えた」人たちがモデルになっているだけで、実際にどうだったかは誰にもわからないんだよね。それでも王家としては、人々の心が信仰によって穏やかになるのならそれは良い事だと思っている。それに、女神は実在するから。…問題はその信仰心が正しいことに生かされるかどうか…」

「…………」


宗教か…。

俺は日本人らしく正月は神社でお参りして、ハロウィンにはお菓子を作り、クリスマスはケーキでお祝いしていたからなー…。


「あ、宗教で思い出した」

「ん?」


ドサドサドサ、と。

…………テーブルの上の本が増えた…大幅に。


「……こ、これは…?」

「王家に関わる宗教と歴史の資料。と『記憶継承』に関する学者たちの論文…かな。…その、一応王家も一種の信仰対象だから…覚えておくといいかも…。…『記憶継承』は王家の血を引く者が与えられた力だから…『クレース』の名を持つ者はより強く現れる。…まあ、その……個人的意見として…ヴィンセントは正式に『クレース』の名を頂くとより強く『記憶継承』が発現するようになるんじゃないかな…って思ってる…」

「……つまり……?」

「……正式に王家の一員になるのに必要な知識…かなぁ」

「……………………」


なんか…マジで逃げられないっぽいな。


「…っていうか、なんだよ、その『クレース』の名を頂くって…」

「…そうだねー、その話もしておいた方がいいかなー。この辺りって、歴史を専攻してると習うんだけど、普通の貴族はここまで深掘りして知ろうとしないんだよねー」

「???」


どこだっけ、と自分で上乗せした資料の山からバサバサと何かを探し始めるレオ。

そして、レオが見つけてきたのは法律書と歴史資料?


「まず、『記憶継承』は王家の血筋を引く貴族たちにも現れます」

「は、はい」


きち、っと人差し指を立てて解説し始めるレオハール先生。

俺は何故だか背を正す。

うん、そうだな。

さっき聞いた。

王家の血筋に近ければ強く現れ、遠くなれば弱くなり最後は現れなくなる。


「例えばです。マリアンヌがエディンの家にお嫁にいったとします。結婚して子供が生まれたら、その子は王家の血を引いてるって事になります。でも、エメはその子を王家の血筋とは言わないです。さて何故でしょう」


え⁉︎

まさかのクイズ形式⁉︎


「な、何故⁉︎ な、なんで?」

「答えは『クレース』の名を継いでいないからです」

「分かるか‼︎」


その問題ずるくない?

絶対わからねーよなんだよそれ。

『クレース』の、名前?


「嫁入りや婿入りする時、王家の者は『クレース』の名前をお返しするんだ。例えば僕がローナの家に婿入りしたらお返しする事になる」

「その、クレースの名前は重要なのか? …だって俺やマーシャはそもそも与えられてすらいないぞ?」

「うん、それね。“与えられる前”と“返した後”では大きく違うでしょう?」

「……あ…ああ、まあ…?」


それは、そうだな?

別に持ってたわけじゃないしな?


「つーか、返す? 誰に?」

「クレース様に。厳密にはクレース様のご遺体に」

「…し、死体にぃ?」


なにそれこわい。

なんかすごくオカルト的な事になってきたなー?


「割とざっくり言うよ? 他にも覚えて欲しい事多いから。…王家という概念は全てクレース様に起因し、クレース様に帰結する。王家の血筋を引く者は『記憶継承』の力を得るけれど、直系と認められた“本家”の者にのみクレース様はご自身の契約した名前を貸し与え、女神の力の一部を使う事をお許しくださる」

「……女神の力の一部…?」


なんだ?

なんか変だな、女神エメリエラは弱い女神なんじゃないのか?

治癒の力しかないはずじゃあ…。


「一つ、女神の声が聞こえるようになる」

「声…」


すごくどうでも良い。

興味ない。


「二つ、魔力が強くなる」

「…………」

「うん、僕ら極高だからね…。ただ、これは才能の有無が関係するらしいよ」

「さ、才能かぁ…」


つまり俺やレオにとっては“今更”な感じなんだな。


「三つと四つ…『記憶継承』の力にもう一段階上の能力が発現する」

「もう一つ上の段階の能力?」

「……触れた『記憶継承』の力を持つ者の記憶を奪い使うことができる…らしい。例えば、僕がその力を使うと君のあの不思議な剣を僕も使えるようになる。でも、奪われた君は使えなくなる」

「怖!」

「で、四つ。触れた『記憶継承』の力を持つ者から『記憶継承』の力そのものを剥奪する。五つ、老化が遅くなる…」

「………………」

「……これが『クレース』の名を借りた王族の血の力。ただし、クレース様の名を借りてもこれらの力の発現には条件があるんだって。クレース様から名前を借りることが出来ても、これらの力を借りられるのは5人まで」

「え、まさかの人数制限⁉︎」

「というか、五つの力は分散するんだよ。一人につき一つ」

「あ、そういう……」

「共通して与えられる恩恵が普通の貴族よりも直系と認められた『クレース』の名を借りた者、全員が『記憶継承』の力の発現が強めに現れる…っていうところ」


……ふーむ。

成る程、重要なのは『クレース』の名前だったのか。

王家の『記憶継承』が強めに発現するのは初代女王クレースの恩恵。

そして、その中でもプラスαの力が存在する。

…ゲームでは全然そんなのなかったんじゃないか?

ネタバレにもなかったぞ?


「…でもすまん、少し分からん」

「なに?」

「例えば俺たちが5人以上の兄弟だった場合それはどうなるんだ?」

「えーと…確か僕らの場合だと陛下が『魔力が強くなる』が発現してるらしいんだ。で、多分僕が『声を聴く』だと思う。ただ、強めに発現して姿も見えるようになってる…だと思う」

「はぁ…」


成る程?

つまり残りは……『記憶継承』を奪う、と『記憶継承』を剥奪する、と『老化が遅くなる』か。

物騒な感じなの残ってんなぁ…。


「で、ヴィニーとマーシャがまだなにか分からないわけだけど…『強奪』もしくは『剥奪』、『老化遅延』なわけで…もし僕ら以外に直系が複数いた場合は、返却されたものが生まれた順に与えられる…って聞いたな」

「返却…?」

「クレースの名前…力は初代に『返す』事が出来る。だから借りる事も出来る」

「…………。どうやって?」

「僕、小さかったからよく覚えてないんだよね…。でも、確か…初代の血の前で名前を言わされた…はず」

「ち? …………血⁉︎」


ひええ⁉︎

なにそれキモ⁉︎


「血って言っても石みたいな塊ね。なんか四角くて硬かった」

「いやいや怖いって!」

「でもそれに触れながら名前を言ったはず…」

「触るの⁉︎」

「返す時も触るんだって。……えーと、家系図見て。このエルメスという国王の代から兄弟が減ってるでしょ?」

「え? あ、ああ」


えーと、大体100年前ぐらいの王の代からだな。

10人以上いた王子や姫が激減している。

彼以降、ご子息ご息女は大体3、4人…。


「彼の兄弟に『強奪』の力を使い貴族から複数の『記憶』を奪った人が居たんだって。エルメス王はその兄弟から『記憶継承』の力そのものを『剥奪』した。貴族たちは『強奪』にも『剥奪』にも戦々恐々とした。…故にこの二つは『禁忌の力』とされて、クレースに返されて以降、誰も借りられなくなったんだってさ」

「え? 力って選べるのか?」

「選べないけど。借りて返してを繰り返して、『魔力増加』か『声聴き』か『老化遅延』にしてもらうようになったそうだよ」

「…………」

「で、だから…もしヴィニーとマーシャが正式に王家に迎えられた場合どちらか1人だけに『老化遅延』が貸し与えられる……かな」

「あ、じゃあもし借りた力がそのどちらかなら返せばいいのか」

「そうなるねー」

「? …あれ? じゃあ一応王家の血を濃く継いでるエディンもその力を借りられるのか?」

「ううん。無理。クレース様の名前を持つ者しか力は借りられない」


…つまり。

王家の直系に生まれる。

クレースの名を与えられる。

更にそこから初代の血とやらに触れる。

…するとどうでしょう、プラスαがお借りできる…と。

ふーむ…。


「王家から出て結婚した場合は…」

「『クレース』の名前ごと初代にお返しするんだよ」

「…例えば貴族が『クレース』の名前を名乗ったりして…」

「昔やった者が居たらしい。父親が元王族だったから、資格があると言って。でも血に触れてもなにも起きなかったらしいよ。力は貸し借り出来るけど、一度『クレース』の名前を返してしまうともう戻れないんだって」

「……へ、へぇ」


ややこし…!


「でもクレースの名前って親から名付けて貰うんだよな?」

「親がクレースの血に赤ん坊の時に触れさせて与えて貰う…そういう儀式があるそうだよ」

「……王家儀式多くね?」

「多いよ。いっぱいあるよ。それもちょっとずつ覚えてもらうね」


ニコ!

…と、なんとなく本日一番のいい笑顔…。

可愛いけど可愛くねぇな…。


「俺とマーシャは触れたんだろうか?」

「どうだろうね…? でも、少なくともお借りしていれば捨ててはいないはずだからな〜…。でも多分君は『名』として与えられているだけで、血石けっせきの儀式はしてないんじゃないかな…? マリアンヌも、取り替えられた後に行われたのならマーシャも『クレース』の名をお借りしている事にはならないはずだし…」

「……取り替えられた後に、その儀式が行われたのか?」

「生後1ヶ月後に行われるんだよ。だから、2人とも多分、貸し与えられてないはずだ」


俺の場合生まれた直後…。

マーシャ…マリアンヌも生後1週間程度だったか?

…成る程、確かに。


「因みに王家に嫁入りや婿入りしてきた人は…」

「『恩恵の力』も『クレース』の名も与えられないよ」

「……。ややこしいな〜…。つーか、俺やマーシャがその初代の血とやらに今更触れても意味ないんじゃないのか? 赤ん坊の時にやる儀式なんだろう? それ」

「……まあ、そこは確かに不安の種ではあるよね。初代へ挨拶する前に行方不明になった王族なんて、これまで居なかっただろうし〜…」


あははは…。

となんとも乾いた笑いが響く。

ですよね。


「あ、あと『恩恵の力』については口外しないでね」

「え?」

「さっきも言ったけど『禁忌の力』に指定された二つは貴族たちにとって脅威なんだ。『記憶継承』を盗られたり、取り上げられたり…」


……成る程、確かに脅威……。

この国、『記憶継承』で成り立ってるようなもんだもんな。


「陛下は一時期、僕に『強奪』を与えて『記憶継承』を強化しようともしていたんだよ。さすがに貴族に嫌われるからアンドレイにめっちゃガチで止められてたけど」

「そりゃそうだろ…!」


なんて恐ろしいことを!


「……まあ、『恩恵』についてはなんとなく分かった。ぶっちゃけいらねぇ」

「言うと思った」


だって貰えたとしても『老化遅延』だけだろ?

いらねぇ。


「そういう訳で、口外しないでね」

「ああ、分かったよ。貴族たちを混乱させたり、怖がらせたりしちまうもんな」

「うん。それじゃあ次にさらりと儀式について教えるね!」

「…………」


ドサドサドサ。

と、増える資料。

……待て、待ってくれレオハール様…お願いします。


「どこにこんな大量の資料が……⁉︎」

「え?」


………レ、レオの後ろにもう一つふざけた量の本やら巻物が乗ったテーブルが。

何あれ、本棚何個分?


「…………まさか、それが王族の覚えるノルマ……?」

「うん」


うん⁉︎

あ、それやっぱり王族が覚えるべき最低限教養ってやつなんだ…?

ひ、ひえええぇ…!


「…まぁ、ここは君の部屋になる訳だし」


なんだと⁉︎

このキングサイズの天蓋付きベッドがあと三つは余裕で置けそうなクソ広い部屋が、俺の部屋⁉︎

いらない! いらないよ⁉︎


「テーブルに乗せておくのも邪魔だよね。隣の部屋に本棚運び込もうか」

「隣の…⁉︎」


いや、貴族の部屋にはありがちな隣室と繋がってるパターン!

王族なんだから当たり前か?

い、いや、そうじゃなくて俺はこんなスペースに困る部屋はいらない!

寮のワンルームで十分!


「ま、待て! 俺の部屋⁉︎ なんで次期国王の部屋より広いんだよ!」

「うっ!」

「う? うって言ったな? お前やっぱりこの部屋より狭いあの部屋にまだ居るんだな⁉︎ 断固抗議する! 俺の部屋を用意するなら、お前の部屋と交換しろ!」

「や、やだよ! こんな広い部屋っ。アミューリアの男子寮の部屋は城の自室より広くて居心地悪いくらいなのにっ〜」

「俺ならいいと⁉︎」

「うっ……い、いや、君ならいいとは言わないけど〜…」

「…………」


ジトー、っと睨む。

困り顔で唇を尖らす姿は、実に可愛らしい美少年なんだが…。

譲るつもりはないぞ。

そもそも城に部屋だっていらねーのに。


「…レオ、俺に部屋とか誰が言い出した?」

「アンドレイ」


やっぱりか、あの変なテンションの宰相!

余計な気を使わないで欲しいのにー!


「部屋とかいらねーよ。寮に部屋があるんだし」

「いや、でもアミューリア卒業までにここの資料は全部覚えてもらうって。だから週末はここに泊まって勉強ねって」

「……俺からお嬢様のお世話をする時間を奪うと…?」

「ヴィニー、顔怖い」

「言いたいことは分かるが、お嬢様にご奉仕する時間が減るなら色々断る!」

「お、落ち着いて」

「…………やはりこうなったら女子寮にメイドに扮して潜入し、お嬢様へご奉仕をするしか…」

「な、なんの話⁉︎」






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