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うちのお嬢様が破滅エンドしかない悪役令嬢のようなので俺が救済したいと思います。【WEB版】  作者: 古森きり@書き下ろし『もふもふ第五王子』
閑話

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番外編【エディンとレオハールの出会い】




城に忍び込んだのは、伯母に会うためだった。

エディン・ディリエアスの母はディリエアス公爵家の次女として生まれ、長女の伯母は国王の第一婚約者として城に嫁いだ。

その伯母には会ったことがない。

どうやら嫁いでから体調を崩しているらしく、今年のエディンの誕生日にも実家であるディリエアス公爵邸に帰ってくることはなかった。

母は姉の体調をそれはもう案じており、その話をする度にはらはらと泣き出す。

そんな母を少しでも安心させてやろうとエディンはその日、城に忍び込んだ。

朝食で残したあまり好きではないハッシュドポテトをパンに挟んで隠し、それを非常食という設定にしてカバンに詰める。

まあ、途中で捨てる気満々だが。

ともかく本日の任務は伯母に会う。これだ。

エディンはまだ生まれてこのかた会ったことはないが、屋敷の肖像画で見たことはある。

母に似たとても美しい女性。

夜のような漆黒の長い髪。

黒いブラックパールのような瞳。

穏やかな優しい顔立ちで、微笑んでいた。

エディンの中の伯母はいつも微笑んでいる、優しそうな人。



(…えーと…ここどこだ?)



城で働く父に届け物を持ってきた、と嘘を吐いて門番を騙くらかし、正面突破して入り込んだところまでは良かったが…。

迷った。

木々や草花の植わった場所。

中庭、だろうか?

がさがさと草木を掻き分け進むのは、本当に冒険しているかのようで迷った不安より心が踊る感覚の方が大きい。


「?」


庭の中央に佇む木製のガゼボの中のベンチ…子供が目を閉じて座っている。

同い年くらいだろうか。

石畳を踏みながら、ガゼボの中へと潜入を試みる。

柱から顔の差を覗かせ、ベンチに座る子供を観察した。

金の髪は肩まで長い。

半袖のシャツや、半ズボンから覗く腕や脚には赤い虫刺されのような痕が無数にあった。

こんな場所で寝ていて虫に刺されたのだろう。

起こしてやろう、と純粋な親切心からガゼボの中に侵入して子供の肩を揺する。


「…………」


触れた肩が冷たくて驚いた。

一度手を離して、まさか死体ではと顔を覗き込む。

金色の長い睫毛に縁取られた眼は閉じられたまま。


「かわいい…」


思わずじっと見つめてしまう。

すると、とりあえず息をしているのは確認出来た。

今度は声を掛けて揺すってみる。


「…おい、起きろ」

「…う、うう…」

「おい、こんなところで寝たら風邪引くぞ」


目を開ける子供。

ゆっくり上半身を起こしたその子に、息を飲んだ。

可愛いとは思ったが目を開けたその子は想像以上に…可愛い。

金の髪に青い瞳。

豊穣の女神の生まれ変わりではないだろうか。

そう思えるほどに…。


「…………」

「……………だれ?」


ぐうぅ…きゅるる。

お腹をさすりながらエディンにそう聞いてきた。

気怠げで、見るからに元気はなさそう。

お腹の音と、問いかけられた声にハッとする。


「あ、お、おれは…ええと」

「……………?」


名乗るのはちょっと気が引けた。

父の名を使い入ってきたとはいえ、両親の許可を得て城に来たわけではないのだ。


「伯母上に会いに…あ、いや、探検だ」

「たんけん……。おしろの、ひと、じゃ、ないの…」

「城で働いているように見えるか? まあ、俺の父は偉いけどな!」

「…………」

「腹が空いているならこれ食べるか?」


ほら、とカバンの中からハッシュドポテトやサラダを挟んだパン…この場合サンドイッチを取り出して手渡した。

キョトンとされたが、素直に「これ嫌いなんだ。お前が食えばしょうこいんめつできる」と得意げに言う。


「………………………」


よく見るとなんとも細い腕。

肌は病人のように真っ白で、眼は虚ろ。

それでもおずおずと差し出したサンドイッチを受け取ってくれた。

笑えばかなり可愛いだろうにと思いながら、食べるように再度促す。


「…………おいしい」

「そうか。それで、お前名前は? なんで城にいるんだ? …オンナ、だよな? 脚なんて出して、はしたないぞ?」

「……………なんで…」

「ん?」

「……………………分からない…………」

「…? …………お前大丈夫か?」


一口、二口、もぐもぐと、食べては咀嚼する。

名前を聞いた時、分からないと答えた虚ろな瞳から涙が溢れて驚いた。


「…………でも……おいしいです……」

「……そ、そうか……よかったな…?」


無言で黙々とサンドイッチを食べ続ける少女。

その間もずっと涙は流れ続けていた。

どうして泣くのか分からない。

なぜ泣くのか聞いても、本人にも分からないらしい。

ただなんとなく、子供心に「この子は放っておいたらダメだ」と感じた。

守らなければ、と。


「お前名前は? 俺はエディン・ディリエアスだ」

「…………なまえ…レオ」

「ん?」

「……レオハール…」

「ふーん? 男みたいな名前だな」


感情に乏しく、死んだように虚ろなその子は質問したこと以外を答えることはほとんどなかった。

その後は城に忍び込み、このガゼボの中で座って眠るレオハールに会いに行くのは日課となる。

“仮眠”を取ったレオハールを迎えに現れた使用人に発見されるまでの数日間、ほとんど毎日嫌いな野菜を挟んだサンドイッチを持って…食べ終わるまでの10分程の時間、その子の話をただ聞く日々。

何故か「見つかった」と騒がれて、その子が…………『王子』として公表されるまでーーーーその僅かな時間は掛け替えのない宝物のような時間だった。











「本当に無愛想で辛気臭い女だな」

「…………」


それから10年後、エディンにできた婚約者。

無表情で、冷たい空気感。

ジトリと睨まれてもこちらは不快感しか感じない。

まだ『生きている』感じがするだけいいだろう。

それに…。


「…まあ、愛想笑いをしないだけマシか」

「はあ…?」

「姫の誕生日パーティーも俺は休む。エスコートはあの執事にでも頼んでくれ。用件はそれだけだ」

「はぁ…分かりました」


どういうつもりでこの女を自分の婚約者に勧めてきたのか知らないが、どうも昔から幼馴染の王子には生気がない。

柔らかな、木漏れ日のような愛想笑いで覆い隠した…どうしようもない死の匂い。

生きる事への渇望のようなものが昔から欠けている。



(レオ…どうしたら、お前は…)




あの時の涙が一番、生きている香りがした。







こちらはキラ様のリクエストとして執筆させていただき、活動報告で先に投稿したものになります。

キラ様、リクエストありがとうございました。

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