俺と新年
「おはよう、ヴィニー。年明けおめでとう」
「…………おはようございます、ローエンスさん…年明けおめでとうございます」
新年。
年明けて2日目の朝である。
凄惨な年越しを乗り越えて義父の笑顔で起こされるって、これはこれで辛いなあ。
「ローエンスさんがいる事には突っ込みませんから、用件を教えて下さい」
「登城するよ。支度して」
「あー、やっぱり…」
「登城出来ないほど怪我が痛むなら構わないよ。多分王子が来られると思うし」
「いや、大丈夫ですよ。行きますよ」
国王が体調不良でぶっ倒れてる中、仕事に追われてるであろうレオにわざわざ来させるなんて…。
さすがに俺ごとき身分でそれはやっちゃならんだろう。
「オーケー。ならまずは着替えて。そうそう、ケリー様がね、入学の際、連れて行く使用人をルークならいいよって言ってくれたよ」
「ルーク? ルークってルコルレ街の薬草園で働いてる、あの孤児の?」
「そう。ヴィニーが『代理戦争』の『代表候補筆頭』と聞いて…うちで引き取ることにしたから」
「は?」
起き抜け関係なく、非常に変な顔になった自覚はある。
しかし、義父が唐突に知り合いの子供を「新しく息子にしました」と言ってきたら誰でもこんな顔になると思うんだ。
ちなみにルコルレ街というのは、セントラルの東、の北に位置するあまり大きくない街。
街は街だが街の半分はリース家所有の薬草園が広がっており、街の住人はその薬草園などに従事している。
…その街は、昔俺が住んでいた元スラム。
物心ついた頃、俺はすでに名前さえ忘れられたスラムに居た。
ご存知の通りこの国は冬がめっちゃ長く厳しい。
その為、いくつか潰れた村々からあの廃墟のような街に人が集まり形成されたのが俺のいたスラム街である。
そして、今はリース伯爵家全面支援のもとルコルレ街として復興を果たした。
ある種故郷ともいうべきその街には俺も、そして薬草園に興味があるお嬢様、マーシャ、ケリーもよく訪れる。
その街の孤児院も勿論リース家の支援で成り立っており、その孤児院には主に、薬草園にお嬢様とマーシャが行っている間俺とケリーが遊びに行く…みたいな習慣があった。
その孤児院に居たのが、ルークという孤児だ。
俺と同じ黒い髪と黒い瞳のどこかのんびりした美少年。
「だってヴィニーが居なくなったらセレナード家の跡取りがいなくなっちゃう」
「マーシャがい……、…………まあ、それは確かに…」
マーシャがセレナード家の当主?
想像したら残酷で残念な未来しか見えなかった。
本物のマリアンヌ姫として城に連れていかれるにしても、ローエンスさんの跡を継ぐにしても…あの呪いのようなドジにそれは…。
その点ルークは頭もいいし、多少のんびりとはしているが働き者で優しく努力家だ。
ローエンスさんの意外と厳しい教育を受ければぐんと伸びるだろう。
…そうか、セレナード家の跡取り…。
そういえば俺って一応セレナード家の跡取りでもあったのか。
俺が帰ってこなかったら…なんて不吉な未来も絶対ないなんて言い切れないもんなぁ。
「じゃあ義弟が出来たって事か」
「そうだね。まあ、ヴィニーは元々お兄ちゃんっぽいから1人増えても大丈夫だろう?」
「まあ…」
でも俺前世では次男なんだけど。
…まあ、いいや。
ケリーのことは弟のように思っていたがあいつはあくまでお嬢様の義弟だし。
弟のいない次男ゆえ、弟というのには憧れもある。
「大歓迎ですけど」
「だろ〜?」
「つまり、ルークにも執事としての教育を?」
「そうしたいんだけど、どうやらあの子も『記憶持ち』のようなんだ。だから、ケリー様の従者兼生徒として入学させることになる。最低限のことは教えたけど、他の細かなところはお前が在学中に鍛えてあげてくれる? ほんとはパパが付きっ切りで見てあげたいんだけどね〜」
「へえ…そうなんですね、分かりました」
ルークをセレナード家で引き取ったのはそういう意味もあったのか。
苗字持ちでもない平民の、しかも孤児がアミューリアに縁も所縁もなしのまま入学してくるのは厳しいからな。
…平民の『記憶持ち』って珍しいはずなのに俺だけじゃなくルークも、とは………あの街どうなってるんだよ…?
「旦那様は「リース家で引き取る」って言ってたんだけどね、セレナード家の跡取り問題があるのでうちで引き取ったの」
「……俺、そんなに死にそうです?」
「うーん、それだけが理由ではないんだけど」
「どういう事ですか?」
「それはさておき、着替えたら朝食」
「うわ、用意済みとか…なんなんですか? ちょっと怖いんですけど」
「早く〜」
「猫なで声やめろ」
********
いやに至れり尽くせりで気持ちが悪いと思いつつ、ローエンスさんとともに登城した。
…なんだろ、怪我してるからって気ぃ遣ってくれてたのかな?
いや、馬車はお城からの迎えらしいのでローエンスさん関係ないと思うけど。
全然親子らしくはない俺とローエンスさんだが、ローエンスさんは父親になろうと頑張ってる節があるから…。
…とはいえ、俺の中ではどっちかというと『師匠』的位置にいるのだ。
面と向かってマーシャのように「義父さん」と呼ぶのも…今更気恥ずかしいものがあるしな〜…。
…………とうさん…か。
そういえば…前世では怒鳴り散らして別れたままになっちまったんだよな…。
母さんも、父さんも…元気だろうか…?
みすずの行方不明は別に父さんや母さんのせいじゃないのに…馬鹿だな、俺は。
それに行方不明ならきっと兄貴がなんとかしそうだ。
あの人、別な意味でマリアンヌ姫以上に無茶苦茶なところがあるし。
きっとみすずのことも探し出して助けてくれる。
俺は…何にも出来ないまま…ここに居るけど…。
「ローエンスさん」
「なぁに?」
「…今更ですけど、俺、あんたの事「義父さん」って呼んだ方がいいですか?」
「パパがいいな〜、パパって呼んで〜」
「真面目に聞いてるんですけど」
「………好きに呼んで構わないよ。でも、そう呼んでくれたらパパ嬉しい」
「…………」
それなら、次の機会に呼んでみるとしよう。
今更なんとなく、小っ恥ずかしいけれど。
「さて、それでは向かうとしましょうか」
「はい」
そんな話をして、馬車から降りる。
…門には衛兵。
既に迎えの使用人も来ており、スムーズに案内される。
だからこのスムーズさが逆に怖いって。
まあ、星降りの夜の謝罪的なものなのだろうけど…俺よりお嬢様にきちんとした謝罪があれば俺は別に…と、言っても王の面子のためにも会って直接謝罪を受け入れる必要があるんだと…それは分かるんだけど。
「旦那様やケリー様やお嬢様は城に泊まり込んでいたと聞きますが」
「そうそう。年越えと年初めの儀は不慣れなレオハール殿下が代行して行われたからね。他にもセントラルの領主を務める方々が星降りの夜から泊まり込みでサポートや後始末に当たられている。以前城勤めだった方々は雪で簡単には来られなさそうだったから…仕方がない」
「しかし、旦那様もそれほど城の仕事には詳しくないんじゃ…」
「うちの旦那様は陛下の相談役に徹しておられるようだよ。お2人はご学友で、陛下は旦那様を随分信頼しておられるようだからねぇ。今回の件を含め、エディン様とお嬢様が一芝居打った例の“事案”も…適切に処理して下さるそうだ」
「…その件に関しては面目ないです…」
「うん、そこは反省しようね。まあ、リース家の爵位が上がっても誰も文句の出ない状況を作り出してくれたのでチャラにしてもいいけど〜」
「……………」
ふふふ。
と、含み笑い。
「……………。……え、まさか?」
「うん?」
いや、でも、ローエンスさんの…あの謎の情報網を考えると…。
スティーブン様が吹っ切れた姿になっていることも、知っていたローエンスさんなら…お嬢様を取り巻く噂の数々も当然、知っていたと思うし…?
それなのに俺の暴走を放置したとしたら?
お嬢様が嫉妬の渦中に放り込まれた状態で、婚約を解除したらどうなるのか…知った上で…エディンが取る次の行動も予測した?
あるいは、そうなるように促したり…い、いや、どうやってだよ…さすがにそれは考えすぎか?
で、でも…。
「ど、どこからどこまで…⁉︎」
「さぁねぇ? …………まあ、剣で襲われるとはさすがに思わなかったけれど…」
「ジ、ジジィー⁉︎」
ポソって…ポソって…!
聞こえたぞこのジジィ!
「こ、こちらでございます」
案内係さんが俺とローエンスさんの会話を困惑気味に打ち切る。
豪勢な扉は、ダンスホールのものと遜色ない造り。
物凄い凝った木彫りの扉を、脇に佇む衛兵がゆっくり開ける。
そこにはまたゴージャスな家具と壁紙、絨毯とシャンデリアと暖炉。
ソファには関係者、全員が居る。
関係者というのは、リース家の当主、ミケイル・リース様、お嬢様とケリー。
そしてスティーブン様と宰相様。
ディリエアス公爵とエディン。
王子レオハールと、ライナス様。
…………国王…バルニール。
わ、ワア……。
「ヴィニ…、ヴィンセント、体調はどう? ごめんね、呼び出して…僕が行くと言ったんだけど…」
「いやいや、そんなに深い傷ではありませんよ」
すぐ立ち上がって近づいて来たレオ。
見慣れてしまった制服姿ではなく、王子の正装っぽいスタイル。
いつもお嬢様の誕生日の時に着てくるやつだ。
こう、RPGの僧侶っぽい。
インク跳ねたら落ちなさそう。
ではなく…。
「……ヴィンセント・セレナード……君が…」
「…初めまして、国王陛下」
中央の1人掛けの椅子に座る陛下の前に歩み寄り膝をついて頭を垂れる。
ある意味初めてではないが、正式な挨拶は初めてだ。
金髪に青い目。
成る程、レオが歳を重ねたらこうなるのかな、的ミドル。
これは若かりし頃さぞやイケメンだったのだろう。
「…ローナ・リース嬢、ヴィンセント・セレナード……星降りの夜は…すまなかった。あの娘の、父親だった者として…謝罪する」
「い、いえ」
「わたくしも、あの時は余計なことを申しました」
「いや…甘やかし過ぎだという事はミケイルやアンドレイに度々言われていた。それでも不思議なもので、マリアベルが産んだ子だと思うと愛おしさが勝ったのだ…。しかし、王としては…………愚かであった…」
個人的には俺への謝罪よりこれまでのレオへの不遇をレオに謝罪してやってほしい。
襲われたのはお嬢様だし!
陛下はやめろと止めていた。
衛兵たちやディリエアス公も力及ばずではあったが、騎士団の人手不足は知っていたしその原因もマリアンヌだ。
つけあがらせた一端はレオでもあるけど…国王もその自覚があるならもういい。
俺はお嬢様がご無事ならそれでいいのだ。
「?」
ところで落ち込んでる国王の斜め後ろで宰相様が旦那様に対してすんごい、いい笑顔で親指たててるのなんなの?
旦那様が何かしたのか?
ふ、不審不審!
それでも不審だよ宰相様!
薄々思ってたけどあの人だけいつもお城の中で1人テンションがおかしい!
「…王家の謝罪の気持ちとして、2人には望むものを与えようと思う。ミケイル・リース…其方にも今度ばかりは侯爵の爵位を受け取ってもらうぞ」
「……まあ、今回ばかりは王家の面子を立ててあげるよ。それで、ローナとヴィンセントは何がほしい?」
「…………」
「…………」
…ローエンスさんを睨みあげる。
成る程…旦那様の周りの貴族たちもお嬢様がマリアンヌ姫と取り替えられた平民の娘に襲われた…となれば王家が謝罪の意を込めて爵位を与えると言えば…それはもうぐうの音も出ない。
嫉妬も起きない…“状況”だ。
剣で襲われるとは思わなかった、は…しかし、それでもマリアンヌ姫がお嬢様やリース家に『なにかをする』のを見越していたということ。
ど、どこからどこまで…。
いや、そもそも、これはローエンスさん1人の考えなのだろうか?
にこにこといつも通り微笑む旦那様だが、なんとなく、その笑顔の裏に薄ら寒いものを感じるんだけど…。
それは…愛娘であるお嬢様を危険に晒した国王、ひいては王家への怒りからか…それとも、策略が上手くいったことへの満足感からなのか…。
こ、怖い。
どちらにしてもすごく怖い。
一体、いつから…⁉︎
「…では、わたくしから陛下にお願いが…」
「…うむ、なんなりと申すがいい」
「レオハール殿下に王位継承権をお与えいただけませんか」
「⁉︎ ローナ…!」
お嬢様…!
…………そ、その手が…!
じゃあ俺はレオを次期王にしてくださいって言えばいいのかな?
…う、でも俺の身分でそれは…。
「それは出来ぬ」
「⁉︎ なぜでございますか…?」
「…レオハールに王位継承権を与える手続きは既に始まっておる。其方が望むまでもなく」
「…………!」
え…⁉︎
それって…!
「取り替えられた本物の娘マリアンヌが見つからなくとも…次期王にはレオハールを据える! …これは決定だ!」
「陛下…⁉︎」
え、えええええ‼︎
なんだその急展開⁉︎
いや、全然アリ!
むしろ大歓迎!
よく言った国王ーーー!
ずっと底辺のクズ野郎だとばかり思っていたけど…正常な判断ができる人間だったんだな⁉︎
そしてなんで当事者のお前が一番驚いているレオ⁉︎
そこは喜ぶところだぞー!
「俺とてお前の働きは聞き及んでいる。…本来ならば、お前には戦争を勝利に導く事のみを望んでいたが……お前は俺の期待以上の事を数多く成してきたようだな。マリアベルの生んだ子を次期女王にと…望んだそれは俺個人の望み…。……居ないのであれば…お前しか王家の血を繋ぐことは出来なくなる。本物が見つからぬのならば、最後の希望はお前だけだ。今更遅いかもしれないが…次期国王にはお前がなれ」
「し、しかし、陛下……それでは…その、僕が戦死した場合どうなさるのですか…。い、いえ、生還するつもりはありますが、でも…」
「…お前の異母妹は引き続き捜索を続ける。だが、見つからなかった場合、そしてお前が戦死した場合を想定し、お前には早急に結婚してもらわねばならん」
「…ふぁ⁉︎」
……レオが変な声出てる。
まあ、婚約すっ飛ばして結婚となると……え…結婚?
はぁ⁉︎ け、結婚ンンン⁉︎
「因みに陛下が今から頑張って僕の弟や妹を…というのは選択肢にないんですか⁉︎」
「…酷な事を言うな…。…今こうしているだけでも……」
「うっ…も、申し訳ありません…」
確かうちの旦那様と陛下は同級生だったよな…?
枯れるには少し早い気もするが…。
「バルニールは昔からそういう事に興味が薄かったものなぁ。あははは」
「こほん! …リース伯爵?」
「これは失礼」
旦那様がディリエアス公に怒られるが、笑顔はキラキラ輝いておられる。
…国王をからかうとか…ほ、ほんとに友達だったんだなぁ…。
いや、疑ってたわけじゃないけど…。
「まあ、殿下の結婚は今年中になんとかする方向で早急に進めるとして…」
「アンドレイ⁉︎」
「そういうわけで、他に何か望みはありますかな、ローナ嬢。それと、ヴィンセント君も」
はっ!
お、俺も…そ、そうか…。
「……………………」
でもな、俺の望みなんて…。
レオが王位に就く。
お嬢様がご無事で、そして幸せになってくれるなら…俺は他に…。
「…では…」
「うむ、ローナ嬢、なんなりと申すがいい」
「……ルコルレという、我がリース家の領地にある小さな街に…農園を拡げる事になっておりますの。…そこで、人手が慢性的に足りておりません」
「…では、騎士団から何人か人を…」
「いえ」
首を振るお嬢様。
そして、少し俯いてから、意を決して国王を見据える。
「…マリアンヌ姫であった娘を…そこで引き取らせていただけませんか」
「なんだと?」
…………お嬢様…。
…少し驚いた。
でも、この人は…そういう人だしな…。
国王も、アンドレイ様もディリエアス公爵も驚いた顔をする。
旦那様は相変わらずにこにこしてるが…。
「そんな、ローナ様…本気なのですか⁉︎ あの方はローナ様のことを…その、殺めようと…」
スティーブン様ですら、困惑気味にお嬢様に詰め寄った。
無理もない。
だがお嬢様は…一度言い出したら、聞かないのだ。
「そうです。ですから、リース家の領地で働いてもらうのです。…少なくともこの国の民の血税で生きてきた年数と、その金額分は働いて返してもらわねば」
「⁉︎ そ、そんな…!」
「それが最もあの娘に相応しい罰だと思います。…陛下」
たまたま目に入った旦那様とアンドレイ様とエディンがやけに楽しげに笑ったのだが、それ以外の方々は呆気にとられたようだった。
レオが驚いた表情のあと、少し嬉しそうに微笑む。
国王もゆっくり、非常に申し訳なさそうな顔になる。
「……………そうだな…その通りだ…。分かった…あの娘はその街で、これまで使った税金分働いてもらおう。ミケイル、お前はそれで良いか」
「うちは構わないよ〜。確かにルコルレ街は人手が足りてないから、むしろとっても賛成。でも、マリアンヌなんてこの国の姫君と同じ名前は贅沢すぎるね。…マリー、とでも名付けて放り込もうか」
「…………ああ…好きにしてくれ」
ぶっちゃけあの偽のお姫様がこれまで使った金額を想像するのも不可能に近い。
つまり、お嬢様の提案は一生奴隷のように働き続けなければならないという恐ろしいものだ。
…表向きは。
実際にはリース伯爵家の管理する土地で働く者たちは、リース家の培った経験や技術、知識などできちんと指導されており…俺の前の世界並みに労働基準がきっちりしている。
その上、ルコルレ街は元スラム街のため身寄りも行く当てもない者が数多く住んでいるので借家は格安、農業従事者宿舎には衣食住が保証完備、街の人たちも「お互い触れられたくないところには深く突っ込まない」…所謂“分かってる感”があるのだ。
訳ありにはもってこいの職場環境と言えるだろう。
「…………」
お嬢様のなんとも慈悲深い申し出に、国王が目元を手で覆う。
鬼の目にも涙……なぜか俺の脳裏にそんな言葉が浮かんだ。
…多分、微妙に使い方間違ってる気がする…。







