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俺と年越し




『星降りの夜』からこの国は少しずつ変化が生じている。

アミューリア学園の生徒は翌日から冬期休みが2週間ほどあるが、レオは改めて城に缶詰になった。

まあ、あんな事があったのだから今回ばかりは仕方ないと思うが。

事件の真相究明、偽物のマリアンヌ姫やマリアベル元王妃の処遇、そして、側室のお2人のどちらかを新たな正妃に繰り上げる会議…。

王妃の座に関しては少し「マジで?」と思わないでもないが、元々マリアベル元妃は国王の一目惚れでかなり強引に王室に入られたんだそうだ。

本来は、エディンの母君…オリヴィエ様の姉君、ユリフィエ様が正式な婚約者だったバルニール王は、彼女を差し置いてマリアベル元妃にその正妻の地位を与えた。

しかも、マリアベル元妃には別にきちんと婚約者がいたのに。

略奪愛というやつ。

…最低だ最低だと思っていたが、本当にエディン以上のクズだった。

その為にマリアベル元妃は婚約者を失い、壊れて復讐に走ったのだと既に国中の貴族の良い話のネタと化している。

アミューリア学園内も、その話題で持ちきりだ。

…………そして、王妃の座を奪われたユリフィエ様は今、精神的な病で部屋から出られないらしい。

エディンの母君がエディンの仮病に一際心を痛めていたのは、王室に入ったにも関わらず蔑ろにされ続けて心の病に倒れられた姉君のことがあったから。

…本当に酷い話だ。

そう考えるとエディンの母君が何か吹っ切れて清々しい奥方に進化されたのは喜ばしい事なのかもしれない。


「ヴィンセント、起きているか」


コンコン、というノックの音に慌てて日記を閉じ、しまう。

そそくさとベッドに戻って「はい」といけしゃあしゃあ返事をすると、ライナス様とスティーブン様が入ってきた。


「よかった、ちゃんと休んでいたんですね」


…というスティーブン様のお言葉に「日記書いてたのバレたのか?」と内心冷や汗をかく。

すげえ、起きてたの見透かされてるみてぇ…。


「ヴィンセントの事だから部屋の掃除でもしているのではないかと心配したんだ。止血はちゃんと出来ていたようだが、小さな傷ではないのだからちゃんとしっかり休んでくれ」

「そうですよ! はい、お食事です!」

「あ、ありがとうございます…」


そうなんだよなぁ…意外と切れてたんだよな。

ざっくり7針くらい…縫った。

病院に入院するまでもないと寮に帰ってきたけど、休み中なのでこのお2人が取っ替え引っ替え様子見に来るんだから…いや、気にかけてもらえるのはありがたいけどな。


「お料理の本を見ながら作ったので不安なのですが」

「やっぱりスティーブン様が作ってくださったんですか…⁉︎」

「はい。これは初めて作りました。ライナス様に味見していただくとなんでも美味しいとしか仰ってくださらないんです…。是非、ヴィンセント! 感想を!」

「…………」


食事を作ってくださるのはありがたいのだが、まさか2週間の冬期休みはスティーブン様の料理の実験台係と化すのか…俺…。

今のところ失敗作は特に食べさせられてはいないが、こう毎食毎食「初めて作りました! 感想お願いします!」だと心の何かが弱っていく…。


コンコン。


そんな中で、更に来客?

扉をノックする音。


「誰だ?」

「はい、どうぞ」


ライナス様とスティーブン様も首を傾げる中、まさかエディンが俺の見舞いに来るとも思えない。

というか、あいつ冬期休みも城で警備(という名のボランティア)だろうし…寮にいるとは考えづらかった。

俺が促すと扉が開く。


「ヨッ! …ってあれ、先客がいる」

「ケリー様⁉︎」

「おお、ケリーくん!」

「どうも、ライナス様。スティーブン様」

「お久しぶりですケリー様。ローナ様のお誕生日以来ですね。前乗りでいらしたのですか? でも、寮棟が違うはずですよね…?」

「ローエンスからうちのヴィンセントが怪我で寝込んでいると聞いて、入学準備の傍ら、様子を見に来たんです。こいつが寝込むなんて是が非でも拝んでおかねばと!」

「…ケリー………」

「…………まあ、半分冗談ですけど」


嘘吐け9割本気だろう!

俺がジト目で睨むと笑顔で誤魔化してくるが、絶対こいつは弱った俺を楽しみに来やがったに違いない!


「あと、エディン様が義姉様に求婚しているという噂を聞きつけましてその真偽のほどを確かめに…」


……あ…ホントに俺の事は半分冗談だった…。

メインはこっちだ、絶対…。

笑顔がどす黒い。


「あ、ああ、それは…。…ん? セントラル東区にまで噂が轟いているのか?」

「いえ、我が家の事ですから」

「そうだったのですね。……あの、その件なのですが実は…………」


スティーブン様が丁寧に事の顛末をケリーに説明していく。

ふむふむと聞き入っていたケリーは、おおよその事情を把握すると笑顔から黒みを消す。

ちなみに俺はその間、そそくさとスティーブン様が作ってくれた料理を口に入れる。

本日のメニューはチキンたっぷりグラタン。

……別に病気で寝込んでいるわけではないのだが、スティーブン様が作ってくる料理はこのようにこってり系や高カロリー系が多いので流石の俺も最近胃がもたれる。

体は若いが、せくせくと働いているわけでもないのにこんなの食べてたら太っちまうよ…!

不味くはない。

もちろん、味は大変に美味しい。

だが、心が折れそう。


「そうだったのですね。ですか、それならばもうエディン様が義姉様に求婚する理由は無くなりましたよね?」

「え? あ、それもそうだな…?」

「確かに…マリー様は…。…そうなると…うーん、でもレオ様は…」

「レオハール様?」


ケリーが首を傾げる。

ローエンスさんにそこまで聞いているわけではないのか…。


「…………」


確かに。

マリアンヌ姫が王家の血を引いていない平民の子供であると発覚した以上、あの姫に権限はもうない。

今は冬期休み。

レオは体調を崩した国王の代わりに政務を行なっているらしいし、監禁状態というより今は缶詰状態。

お嬢様やリース家に姫の嫉妬による攻撃がなされる可能性はなくなったことだし…エディンがお嬢様に求婚しているふりをし続ける理由は特にねーな。

と言うことは。

と、言うことは…!


エディンルート完全破壊完了…なのではないか?



「まあ、その辺りはまた皆で話し合うべきではないか?」

「そう、ですよね。レオ様が王位継承に前向きになってくださった今、事実、レオ様以外に王位継承権を与えられる資格のある者はいません。入れ替えられた本物のマリー様が生きているかどうかも、未だわかりませんし…」

「え、レオハール殿下は王位継承権をお持ちではなかったんですか⁉︎」

「あ、はい。あまり知られてはいませんが、陛下はレオ様に王位継承権はお与えではありませんでした。しかし、マリー様がただの平民の子とわかった以上本物が現れない限りレオ様が王位を継ぐ他ないと思います」

「そ、そうだったのか…あれだけご政務をされているのだからてっきり…」


本物のマリアンヌ姫が現れない限りレオが王位継承権を与えられる。

まあ、他に選択肢はないだろうしな…。

しかし、そうなると改めてマーシャの処遇が悩ましい。

ようやく自分が『記憶持ち』だと自覚したばかりのマーシャに、お前は本物のマリアンヌ姫なんだぜ、なーんて言って城に連れて行ったところでなぁ…。

…まあ、どちらにしてもまずはお嬢様やローエンスさん、旦那様や奥様に相談するべきだろう。

正直俺一人で抱え込んでられるもんでもない。

スティーブン様やライナス様にも相談してもいいが、その場合はエディンも居る時が好ましいな。

冬期休み中に相談出来ればいいが…。


「そうだ、ケリー様。お嬢様にはお会いになりましたか?」

「義姉様なら昨日から城に登城しておられるらしいぞ」

「はい⁉︎」

「あ、すみません、そのお話もしなければいけなかったですね。実は『星降りの夜』にリース伯爵様他、セントラルの東西南北を治める領主が揃って現在でもお城の中でレオ様のサポートを続けてくださっているんです。ローナ様はあの日の件の直接的被害者の1人。だと言うのに城から正式な謝罪はヴィンセントと共に受けると仰って、なんと後始末などをお手伝いされているんだそうです。明日は『年越えの儀』もあるので、私も今日中にお父様のお仕事をお手伝いに登城する予定なのですが…先にそのことをヴィンセントにお話ししておこうと思いまして」

「そ、そうなのですか。し、しかし、俺は別に謝罪など…」

「それは流石にダメだヴィンセント。あの日のお前は使用人でもなんでもなく、アミューリア学園の1人の生徒としてあの場にいたのだ。立場や地位がどうあれ、怪我を負ったのは間違いない。城は面子のためにも謝罪せねばならんだろう」


あんたの口から面子とか聞く日が来るとはな!

ライナス様!


「何にしても『年越えの儀』と『年始めの儀』が無事に終わるかどうかの瀬戸際なのですよ」

「食糧問題も深刻そうだしな…」

「その件で俺も義父様に城に呼ばれております。多分、国庫の食糧庫が保たないと判断されリース家の食糧庫を解放する準備のためでしょう。ライナス様も、ノース区最北端の領主様が食糧庫を解放される関係のお話がきているのでは?」

「ああ、あの地区はパフス侯爵家の管理する土地なので、その取次などだな」

「あと3ヶ月…それで保てばいいんですけどね〜」

「ええ、本当に…」


…………。

わ、わあ、すごく貴族っぽい話してる…。

い、いや、貴族なんだよな、この3人は。

でも、ケリーとライナス様が貴族っぽい話してるってすごい違和感。

…そして、俺が思っていたより食糧問題深刻っぽい。


「…俺も何かお手伝いを…」

「怪我を治してください」

「まずお前は怪我を治すことだろう」

「先に怪我治せよヴィニー」


…………トリプルで言われてしまった。

しょぼん。

でもお嬢様が働いてるのに俺が働けないなんて〜!


「…本当は貴方に誰か見張りを付けるべきだと思って、マーシャを男子寮に招こうと思ったんですが…」

「正直マーシャを見張りに付けたところでお前は働きそうだからな…」

「胃もたれで動けなくする作戦に変更しました! どうですか⁉︎ そろそろ連日の脂たっぷり高カロリーメニューで胃が疲れ果てておりませんか⁉︎」

「それで最近作ってきてくださるメニューが高カロリーがっつり系ばかりだったんですか⁉︎ なりふり構わなさすぎでしょう⁉︎ なんて作戦を考えるんですかスティーブン様⁉︎」

「……………………」


ケリーが呆れて声も出せない顔になってる!


「うっ…!」


………や、やばい…ここ数日のメニューの数々を思い出したら本当に胃が重たくなってきた…!

お、恐るべし全従者中『戦術』トップキャラ…!

可愛い顔してやる事がえげつなさすぎる…‼︎


「しっかり休んでくださいね、ヴィンセント」

「もしかしたら明日明後日は寮に戻らないかもしれない。だがスティーブンの使用人がヴィンセントに食事を運んでくる! 食事に関してなんの心配もない!」

「あ、トイレだけは頑張ってください」

「ではな!」

「…………い、行ってらっしゃいませ…」

「…お、俺も行くけど…大丈夫か?」

「だ、大丈夫です…くれぐれもお気を付けて…」

「お、おう…」




こうして、俺の年越しは凄惨なものとなった。

戦略がいかに重要なのかを…改めて…そして身を以て実感することになったのである。







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