エルフ戦開始
「では行ってきます」
「油断すんなよ」
「義姉様を遺して死んだら祟るので忘れないでくださいね」
「気をつけてな……」
「いってらっしゃい!」
『徹底的に叩き潰してくるのだぞ!』
『頑張ってくるのだわ! レオ!』
等々。
エディンから始まり、途中俺が掠れそうな声で手を振ってレオを送り出す。
俺はな、筋肉痛なんだよ。
昨日「マーケイル、真凛様を口説こうものなら筋肉痛を押してでも貴様を殺す!」と息巻いていた俺よ、無理無理無理理。
正直今日このまま宿のベッドの上で寝ていたい。
だが、レオの戦いが気になる。
いくら負けるとは思えないとはいえ、異母弟の安否が気になるのは当たり前だろう?
鈴緒丸が全盛期の鈴流木雷蓮ぐらい強い、とレオを評したのはなかなか驚いたけれど。
やっぱり心配なもんは心配だよ。
昨日鈴緒丸がマーケイルに発破かけちまったし、余計。
「……と、ところでヴィニーは大丈夫なの?」
「ただの筋肉痛だから気にするな……」
「そ、そう? じゃあ本当に行くね」
「おう」
そう言って、レオが先に魔法陣の中に消えていく。
俺たちは控え室という空間に待機する。
昨日、俺が空中に浮かぶ窓を見た。あれのことだ。
「しかし筋肉痛とはな」
「身体強化魔法を使いすぎたらしい……いっっっぅ」
「筋肉痛って治癒魔法が効かないんですよね……」
『病気や怪我ではないので仕方ないのだわ。筋肉の成長からくるものなのだわ』
筋肉痛って怪我に部類されないのか。
くっそう〜。
『情けないのう、あれっぽっちの時間身体強化魔法を使ったくらいで筋肉痛とは。まあ、まだ動き回れるだけマシなのかのう。あの亜人族……クレイだったか、あの男の訓練ちと甘すぎたんではないか?』
「な、なんてことを言うんだ」
クレイの訓練は毎日かなり厳しかったぞ!
そりゃ死ぬほど、ってわけではなかったが、少なくともこんな筋肉痛になるのは久しぶりだ。
そもそも、俺は一応王家の血筋として普通の人間より身体能力が高い——らしい。
それに加えて身体強化魔法だぞ?
獣人のタフさがおかしいんだよ!
「……っていうか……控え室って結構広いんだな……?」
「そういや、ヴィニーは初めてか」
転移してきた場所——控え室を眺める。
存外めっちゃ広い。
ケリーがわざわざ指差して内装を教えてくれた。
ベッドが五つ、水飲み場、シャワールーム、トイレ、隣の部屋はダイニングになっていて、奥はキッチンまである。
少し狭い2LDKじゃね? これ。
で、リビングのような場所に巨大な窓が縦長に横たわっている。
そこから戦いを観戦するのだ。
真凛様がわざわざ俺のためにソファー椅子を持ってきてくださる。
え、天使?
「ずっと立ってるの大変だと思うので、ヴィンセントさんは座ってください!」
「ま、真凛様……て、天使……?」
「は? レオが戦おうというのに異母兄のお前が座って見てるとか正気か?」
「うっせー、エディン! 真凛様のご厚意を無碍にできるか!」
「始まるぞ」
ありがたく座らせていただき、外を眺める。
やんわりとしたいつもの微笑を浮かべたレオ。
クレイが仲間に拵えさせた剣を引き抜いて、視線を正面に。
すぐに、対戦相手のエルフが現れた。
「……弓矢か。情報通りだな」
「あとはすべてのエルフが風魔法を使うと言っていましたね」
「…………」
エディンの目線が凄まじく遠くなる。
その様子に、俺たちは憐れみの眼差しを送った。
エルフ族との戦いを想定した訓練で、エディンは主にエルフ役。
弓矢が武器、というのと、属性が風なのでエルフ族とモロ被りだったためである。
俺も相当模擬戦をエディンとやったのだが、相性的にレオとの模擬戦はなかなかに、まあ、その地獄だったようで。
「可哀想に……」
「「「…………」」」
なんとも言えない優しい笑顔のエディンに対して、コワッて思うよりまず先に「そうだな……」と同意する。
エディンの「可哀想に」は、エルフ族に対するものだ。
だってエディンは死ぬほど“経験済み”なので。
あの忌々しいおっさん声の『始め!』がこの部屋にも聞こえてきて、ちらりと窓の外を見る。
ヘンリエッタ嬢と俺が前世の知識で考案してしまった、ゲームにないレオのオリジナル魔法がそのヴェールを脱ぐ。
剣を振ったレオの背後に。
俺たちとレオを隔てる場所に太陽のような巨大な火球が浮かび上がった。
目を向く対戦相手のエルフ。
いやいや、驚くけど驚くのはまだ早いんだよそれ。
「な、なんだ……と!? ひ、火魔法!?」
叫ぶ対戦相手のエルフ。
そうだよ、お前らの苦手な火の魔法だ。
でもそれは攻撃魔法ではない。
「心配しなくても大丈夫だよ。これは別にあなたを焼き尽くす魔法ではないから。僕は戦いがあまり好きではないから、こういう魔法があるといいなぁ、と思ったら考えてくれた人たちがいたんだ」
「?」
「さあ、では始めよう。もう開始の合図は出ているし、三人と戦わなければならないからあまりあなた一人に時間もかけていられない」
「な、ん、だと……! 調子に乗るなよ人間風情が——」







