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旅立つ日まで【前編】

 

 さて、俺は今リース家の使用人用邸、自室に戻っている。

 雪も溶け始めた春先、三月。

 本来ならばまだ学園にいるべきところ。

 戻ったのは私物整理の為である。


「…………」


 お嬢様に拾って頂き十二年、リース家で過ごした。

 三年、王都の学園で過ごし……来月には卒業となる。

 だがその頃、俺を含めてレオ、エディン、ケリーは……真凛様と共に『聖戦の地』へと赴く。

 その前の身辺整理というわけだ。

 不要な物は処分して、必要な物は家族に預ける。

 しかし、一つだけ……家族にも預けられない物があった。


『お嬢様救済ノート』である!


 これ、絶対事情を知ってる誰かにしか預けられない。

 戦争が終わり、お嬢様がレオと結婚するところを見届けるまで安心出来ないからな……燃やすのはその後だ!

 くっ、どうしたものか……。

 あ、そうだ、ヘンリエッタ様に預けるのはどうだろう?

 俺が手渡すのは誤解を招きそうだからケリーから……中身については『お嬢様救済ノート』と伝えれば察してくれるだろう。


「ヴィニー、片付けは終わったかい? 旦那様がお呼びなんだけど」

「! 今行きます」


 救済ノートは学園に持っていく荷物に再び入れた。

 もうすぐこのノートも必要なくなる。

 ……そして、最後にもう一度部屋を見てから……扉を開けた。


「…………」

「? なんです?」

「いや、すっかり背丈を追い付かれたなぁ、と思ってね」

「……」


 ああ、言われてみれば……。


「どうかしたのかい?」

「……いえ……俺も、子どもではくなっているんだと、思っただけです。養父さん」

「まあ、そうだね。その通りだ。ああ、今更だけど──婚約おめでとう」

「……ありがとうございます」


 肩を叩かれる。

 そうして、歩き出す義父はなるほど、確かにとても……目線が近い。


「大きくなったねぇ」

「おかげさまで。そうだ、帰ってきたら楽しみにしてますよ」

「なにを?」

「もちろん、成人した息子と父親がやる事は一つでしょう」

「あー、なるほど。じゃあパパのとびきりを用意しておくよ」

「楽しみにしてます」

「で、巫女様へ指輪は贈ったの?」

「……無事に帰ってこれたら贈ります」


 ヤバい、忘れてた……。

 婚約指輪は婚約期間中に贈らないといけないんだ。

 そういえばそのあたり全然調べてねぇ!


「まあ、そうだね……」


 ……だが、養父さんは納得してくれたようだ。

 とても複雑そうな笑顔だけれど。

 この人もこんな顔するんだな、と他人事のように思う。


「旦那様、ヴィンセントを連れて参りました」

「ああ、入りなさい」


 呼ばれた場所は旦那様の執務室。

 養父さんがノックして声をかけると即座に返事が返ってくる。

 扉を開け、入室した瞬間の圧。

 あー、なんとなく察した。


「これまで本当にご苦労だったね、ヴィンセント。君がオズワルド殿下だと知った時は殺してしまうのもアリかと思ったけれど」

「…………」

「まあ、それは冗談だけどね?」


 いや、それ絶対ガチでしょう。

 ……なるほど、一年の時の『星降りの夜』、偽マリアンヌが何かしでかすとしてもお嬢様は俺が確実に守るだろう。

 その時俺が死んでいても、まあ構わないと思われていたか。

 養父さんは偽マリアンヌがあそこまでやるとは思わなかった、と言っていたが……旦那様はそこまでされても構わなかった、と。


「いえ、旦那様にそこまで信頼して頂けていたのは光栄です」


 なら、俺は笑って返すべきだ。

 お嬢様の執事として、護衛としてもそこまでやるだろうと思われていたのだとしたら……信頼に他ならないからな。


「……いや、本当に半分冗談だよ。ユリフィエ様もバルニール陛下も同級生で友人だ。その息子なのだから」

「…………」


 それを言われると、なんとも言えなくなる。

 たとえば、レオとお嬢様が結婚して無事に御子が産まれたら……。

 そう考えると、確かにまあ……普通に感慨深い。

 んん、いや、この場合ライナス様とスティーブン様の方がたとえとしては近いのか?

 いや、あの二人子どもとかどーすんの? 養子?

 まあ、養子しかないよな! おしあわせに!


「本当の事を言うと、私はローナをレオハール殿下に嫁がせるつもりはなかったんだよね。そこまでの地位には本気で興味がなかったから。いっても侯爵くらいでいいやーって」

「でしょうね」

「しかし、君はおろかまさか跡取りとして引き取ったケリーまで戦争に行く事になるとは……」


 なんかすんません。


「なので、話はそれだ。ヴィンセント、分かっていると思うがケリーは帰しておくれ。五体不満足でも構わない。あの子は頭がとてもいい。生きて考えて話が出来れば十分だ」

「おや、旦那様ともあろう方が控えめでいらっしゃる。無傷で連れて帰りますのでご安心ください」

「……そうか。なら話は終わりだな。よろしく頼むよ」

「はい。お任せください」


 頭を下げて、退出する。

 ふう、と溜息を吐くが隣の視線にそちらを向く。


「「…………」」


 にこ、と笑われたのでにこ、と笑い返した。

 何が言いたいかは分からないが、心配しすぎだよ。




「わたくしは卒業後、王都の屋敷に移ります」


 旦那様の部屋から出た後、応接間ではお嬢様と奥様がそんな話をしていた。

 お茶をお出しすると「ありがとう」と声をかけられる。

 あと何回、お嬢様にお茶をお淹れ出来るだろう?

 その貴重な機会に泣きそうになっていると、奥様がソーサーからカップを持ち上げる。


「そう。なんだか不思議な気分ね。貴女がよそへお嫁に行くのは覚悟していたけれど……それがまさか王家とは」

「お母様……」

「ルティナに虐められても、わたくしは助けてあげられないわよ?」

「ルティナ様はとてもよくしてくださいますわ。ここ二年はお世話になりっぱなしでした」

「……あの女が?」


 あの女扱い!?


「ふーん? 正妃になってなにか心変わりでもしたのかしら?」

「ルティナ様は尊敬に値する方ですわ」

「そう……。まあ、あとは戦争がどうなるかね。殿下もヴィンセントも戻らなければマーシャが女王になるしかないのでしょう? その場合は……」

「はい。わたくしが教育係として、義姉としてあの子を支えたいと思います」

「なんとも不思議な縁ねぇ」


 ふふふ、と笑う奥様。

 お嬢様も無表情のままだが、やはり母親との会話は楽しそうだ。

 その後も他愛のない会話がころころ、ころころ変わる。

 ああ、なんて穏やかで優しい空間。

 ずっと続けばいいのになぁ……。


「ヴィニー、悪いんだけどちょっと厨房に行ってマーシャを止めてくれないか?」

「は?」


 そんな俺の儚い願いはローエンスさんの言葉に打ち砕かれた。

 嫌な予感がするなー、と思って行ってみればまあ、こりゃひでぇ。


「おい、マーシャ。なにやってんだ?」

「うっ……」


 鍋、フライパン、皿、調理器具、あらゆるものがテーブルやら椅子の上やらに出しっぱなし。

 棚は開けっ放しだし、材料もあちらこちらに放置。

 なにがしたいんだこいつ。


「まさか料理の練習とか言わんよなぁ?」

「料理の練習ださ!」

「なにが作りたいのか分からねーよ!」


 鍋やフライパンを使う料理ってなんだ!?

 グラタンか!? グラタンにフライパンは使わねーだろ! なんだこれ! なにがしたいんだこいつ!

 メニューを言え、メニューを!


「……うー……に、兄さんたちが旅立つ時、お弁当を持たせようかと思って」


 つんつん、指先をくっつけて白状したのはいいけれど、その赤い顔を見るに副音声『エディン様に』が聞こえたのは俺だけか?

 ちらりとローエンスさんを見るとニコ! っと微笑まれたので、うん! エディン殺す!


「身の丈に合ったメニューを作れ。とりあえずなに作る気だったんだ」

「サンドイッチださ!」

「身の丈に合ったメニューを作れ」

「二回言われた!?」


 大事な事なので二回言ったまでだ!


「これでもサンドイッチはまともに作れるようになんだんだ! だから今度は具材をちょっと豪華にしてみようかと思って!」

「たとえば?」

「焼いたソーセージとか! 蒸し芋とか!」

「…………」

「なんだべさその顔ぉ!」


 公爵家の貴族令息に食わすものの話だよな?

 ハァー? バカー? ああ、バカだったな。


「アイツらの食事の世話は俺がするからいいんだよ! お前は余計な事せず、精進する事だけ考えろ」

「うー……だってぇ」

「心配せずとも三ヶ月後には帰ってくる」

「…………」


 ゲーム内で戦争が始まるのは四月一日から。

 いつ呼び出しがあるか分からず、一月から三月まではなかなかドキドキする……のがゲーム内の『俺たち』。

 しかし、現実の俺たちにはヘンリエッタ嬢という強い味方がいる。

 ある程度の戦略は授けられているし、どうやら俺の前世の中には前回の戦争で『無敵』だった化け物じみた侍の記憶も……まあ、あれは……『鈴流木雷蓮』の記憶は俺にとっても諸刃の刃のようなところはあるのだが。


「……じゃあ、さ、じゃあさ……」

「あん?」

「料理、一緒に作りながら教えてけろ……」

「…………」


 うーーーーん。

 可愛いのがムカつく〜〜〜〜〜。


「仕方ないなぁ。簡単なやつだぞ」

「やったぁ!」


 ——と、マーシャに色々料理を教えて……結果に関しては聞かないで察して欲しい……庭の方へ行くと、あれ?


「お嬢様? 奥様とのお話はもう終わったのですか?」

「ええ、だいたいは。ちょうど良かったわ、ヴィニー、少しいいかしら」

「はい!」


 お嬢様が俺に用事!

 なんでも致しますのでなんなりとご命令を!

 と駆け寄ると、なにも言わずにじっと見つめられた。

 な、なんだ?


「……いえ。……あなたなら必ず、巫女様とレオハール殿下を守り抜くもの……不要ね」

「え?」

「なんでもないわ。わたくしはもうあなたに、全部言ってあるもの。なにも言うことはない。あとはあなたたちが帰ってきた時に『おかえりなさい』と言うのみよ。……それより、薔薇の手入れをするわ。道具を持ってきてちょうだい」

「! はい!」



大変お待たせして申し訳ありませんでした。

カクヨムの方の書き溜め(予約作業時点ではエンディングまで見えている状態なので、多分カクヨムの書き溜めの方が先に完結してるかも)で終わりが見えてきましたので、なろうさんの方も再開させました。

以前活動報告でも言ってたんですが、戦争編まで書く予定ではなかったのでサクッと戦闘ばっかな感じで進みます。

エンディングは2種類あるので、お好きな方を読者様の「真のエンディング」にしていただければと思います。


それでは長い間お付き合いいただきありがとうございました。

また最終話でお会いできましたら幸いです。

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