お嬢様のお店で、破滅エンド回避を!
十一月二十日。
お嬢様のお店の開店日となりまして!
とりあえずケリーやヘンリエッタ嬢とは、『ケリールートのハッピーエンド』がコレでどれだけ人気を取れるか、だが……スティーブン様の助言? ……的なものも功を奏したのか?
「う、売り切れ、売り切れでございます!」
「『そばかす消し』も売り切れです。またのご来店を……」
「なんですって! もう!?」
「ローナ様! 次の入荷はいつですの!」
「申し訳ありません、貴族の方にはオーダーメイドでお作りする事も可能なのですが……なにぶんオーダーメイドは手が掛かりまして……。それでも良ければ、個別で診断してお作りしますが」
「「「お願い致します!」」」
……思わずお嬢様の悪い噂を流していたリスト——スティーブン様提供——と見比べる。
今、お嬢様にすごい剣幕で寄って行った数名は、皆『反お嬢様派』だ。
まあ、『反お嬢様派』とは言うが、要は『アリエナ嬢派』の残党のようなもの。
そして、彼女らはお嬢様の悪い噂を流す程度の力しかない。
とはいえ、だ。
その悪い噂がうちのお嬢様にとって命取りだったりするのが、『ケリールートのハッピーエンド』である。
で、今回の美容品店はその悪い噂の払拭と、令嬢たちからのお嬢様への好感度アップが目的。
元々中立だった令嬢たちは今回の件でなかなかの好感度を得ていると、アンジュからの情報を得ている。
そして、件の『アリエナ嬢派』残党たち。
婚約者のいなかった者には、お嬢様の名前で数名の候補が紹介され、更に美容品店の割引券も付けた。
割引券に関しては貴族令嬢的に「馬鹿にするな」とプライドを傷付けられそうなものでは、とアンジュに心配されたが……その割引券と共にサンプルを送ってあるのだ。
サンプルはこの店で取り扱う、一番安い商品。
メイド達でも気軽に買える値段のものだが、そのレベルでさえ使えば肌の調子はだいぶ良くなるはず。
実際、この店に来た時の彼女らは真っ先にその商品の棚を目指した。
——そばかす消し、美白効果のある美容品の棚だ。
そもそも、この世界の貴族の行う化粧は白粉と紅、色のついた頬紅程度、らしい。
化粧に関してヘンリエッタ嬢、もとい佐藤さんの助言が大きいわけだが……なんか俺たちの元いた世界では、コンシーラーとか、アイライナーとか、他にもたくさんのメイク道具の種類があったのだそうだ。
メイク道具以外にも『美白』……肌を白くする効果を持つ化粧水や美容液。
そばかすやシミ、シワを薄くするもの。
まあ、なんか色々女子は使うんだそうだ。
そういえば前世で俺が敬愛して止まなかったリント様も、男なのに女性向け化粧品のCMに出ていたなぁ。
同じようにマオト様も、男性向け化粧品のCMやってらしたっけ。
俺が知らないだけで、男も化粧をする時代に入っていたらしい前世の世界。
その知識をお嬢様に提供して、新商品として取り扱っていたわけだが……。
「どうやら上手くいきそうですね」
「……ここの商品を作ってるのが亜人達だと知ったらどんな反応するんだろうなぁ」
バックヤードでメグとそんなヒソヒソ話をする。
客としてきていた例の令嬢たちは、オーダーメイドの手続きを済ませるとキャッキャキャッキャとはしゃぎながら出て行った。
だが、彼女らは『アリエナ嬢派』だったので、亜人達に偏見差別があるらしいのだ。
しかし、今日完売した商品はリース家の領地内で建設中の亜人達の町で作られている。
亜人の町は同盟の時の条件でもあるのだが、以前メグがお嬢様とヘンリエッタ嬢を馬車の中から助けた件を、ケリーが上手い事利用して作る事を認めさせたものである。
建設費の足しに、とお嬢様が提案して依頼したのだが、彼らの鼻や手先の器用な種族には打ってつけの仕事だったようで見事な仕上がりだった。
このままこの店が軌道に乗れば、リース家領地の新たな産業、そして亜人達が人間族と上手くやっていく為の架け橋にもなるだろう。
それを彼女達がどう思うかは……まだ分からないが。
「やっぱり嫌がられますかね?」
「最初は仕方ないさ。効果は間違いないんだし、誠実に仕事を続ければきっと種族の違いなんてみんな気にしなくなるよ。つーか、気にしてる奴は間違いなく仕事出来ない」
「キッパリ言うね〜、相変わらず。…………でも、そうだね。うん」
お客もいなくなったので、俺とメグは店舗の清掃を開始した。
お嬢様はカウンターで発注書を書いている。
普段は下ろしている長い髪を、左に巻き巻きドリルのように巻いたお嬢様は『悪役令嬢』風が増しているや。
いや、俺の中の『悪役令嬢』のイメージが縦巻きロールなだけで……。
しかし、お嬢様が縦巻きロールをしていたとしても美しさと気品があって素晴らしいと思う。
まあ、縦巻きロールといってもかなり緩やかな縦巻きロールなのだが。
ヘンリエッタ嬢程の硬度はない。
……アンジュが言ってたけど、ヘンリエッタ嬢のあの縦巻きロールなんなんだろうな……朝起きると上に向かって生えてるようになるとか言ってたけど……どういう事?
「でも、お嬢様の下ならあたし、この先もメイドをやっていけそう」
「ん」
「この間、後宮の整理に行ったでしょ? クレア元メイド長って人の件があって……」
「ああ……」
ルティナ妃に城と後宮の人事などをお嬢様が任された件だ。
レオハール王太子殿下に、不埒な想いを抱いたばかりか、その想いを遂げようと身勝手な振る舞いを超えて王家に危害を加えた——。
そんな者を二度と出さないために、城の人事替えが行われている。
元々偽マリアンヌのせいでかなり人手が減っており、寄せ集めのようになっていた城の人事に関しては、ルティナ妃が一年を通してコツコツ整えていたらしい。
しかし、これからの事を考え、またレオの希望も含めた人事をお嬢様が請け負う事となった。
ああ、初日からすごかったらしいな……。
なんか、マーシャの隠された能力が開花したとかなんとか……。
俺は付いて行けないので、話を聞いただけだが……正直信じられない。
「お嬢様の采配すごかったぁ〜! マーシャの指揮能力っていうの? あれもすごかったけど!」
「イマイチ信じられないんだよなぁ」
「いやいや、やっぱさすが王族だよー。本当にすごかったんだから!」
「んー……。じゃあ今度任せてみるか……」
メグ曰く、お嬢様に城の清掃を頼まれたマーシャは一つの条件を出されたらしい。
その条件とは『自分では動かない事』。
城の図面を見ながら、他のメイドに指示を出す役を仰せつかったのだそうだ。
まあ、お嬢様の——次期王妃の侍女となるのなら、城のメイド長と同等の地位になる。
つまり、管理職。
お嬢様は、マーシャにその管理の能力があるか試したのではないだろうか?
そして、メグの話を聞く限り、マーシャにはその能力があった。
なんでも、マーシャは前世が『国境騎士だったのではないか』という話で、国境騎士は普通の騎士よりも優秀な者がなるらしい。
一人で国境の警備に回る事も多いその騎士には、国境を定期的に移動して警護する国境警備部隊を指揮する権限も持ち合わせている。
小難しい話になるので省くが、指揮能力は高い、という事だ。
その能力が活かされたのか、城の中の清掃はあっという間に終わったとかなんとか。
お嬢様はメグに、マーシャの出した指示を個々に伝えに行く役目を与えた。
亜人の特質『嗅覚』で、指示を出された相手がどこにいても発見出来るから、らしい。
メグは「犬系亜人じゃないんだから〜」とは言ったそうだが、仕事をさせてみると存外やれてしまったそうな。
理由は「メイドなのに香水をつけている」メイドが多かったから。
そういうメイドは全員後宮入り。
理由は「色気付いて、王太子殿下に色目を使う可能性がある」から……だそうだ。
別に香水をつけているから王子に色気を使う、などイコールではないと思う。
思うんだが……なんかそういう、香水をつけていたメイドは全員十代から二十代の若いメイドだけだったというので男には分からんものがあるのかもしれない。
もちろん、お嬢様も「たまたまそうだったのかもしれないけれど……」と前置きはしたそうだ。
ただ、今のメイド長含めて城勤めの者の話だと「香水臭いメイドはレオハール殿下の部屋に行きたがる」らしいので、強ち勘違いでもないのかも?
「…………」
「? どうしたの、お兄さん」
「いや、ちょっと城のメイドの事を考えていた。香水振ってたっていう」
「ああ……匂いはキツかったけど、人間にはそこまで臭く感じないんだってね」
「まあ、それもあるんだが……」
確かに——レオの母親は城のメイドだったという。
王のお手付きになれば側室ワンチャン、とでも思っていたのだろうが……その浅はかさがなんとも言えん。
レオの母親がどうなったか、誰も知らないのだろうか。
そりゃ、レオもお嬢様も陛下やマリアベルのような事をする人間ではない。
しかしそれでも、いや……だからこそ、ワンチャンあると思っているところが気に食わない!
レオがお嬢様以外にムラムラするとも思え……………………、……そもそもムラムラするのかな、あいつ……。
「っていうかさ、城のメイドの事よりお兄さんはどうなの?」
「何が?」
「いやー、色々。……戦争の事もそうだけど……戦争の後の事とか……。戦争が終わったら、お嬢様とマーシャはお城に入るんでしょ? あたしは二人に付いて行くって決めたんだけど」
「!」
「お兄さんはどうするの」
「…………。……さあ……どうしたものか、とは、思ってる」
今後の事か。
メグはやはりしっかりしているな、お嬢様とマーシャに付いて行く……か。
メグが一緒ならマーシャはきっと大丈夫。
「ケリー様の執事としてリース家を支えて行く、とか言うのかと思ったけど、やっぱお兄さんはお嬢様に付いて行きたいの? でも後宮は——」
「ああ、いや、その辺りは……もちろん諦めてはいるんだが……」
お嬢様は後宮に入る。
俺はおいそれと会える立場にはならない。
それに……。
「真凛様はどうするのだろう、とか……思うわけだよ」
「ああ、それもそうだよね。元の世界に帰る方法って、まだ見付かってないんだもんね」
「ああ……後二年は学園の寮で過ごせばいいだろうが……卒業した後どうするか、だな。ケリーが卒業して屋敷に戻るタイミングで、俺もリース家に戻るつもりだが……真凛様はこの世界に住む場所があるわけではないし……」
真凛様が構わないなら、俺と一緒にリース家の屋敷にある使用人用の屋敷で一緒に、とか……いや、しかし、ゲームだと真凛様は戦争を勝利に導いた功績により、『公爵』の爵位とお屋敷を賜ったはず。
わざわざ使用人の住む屋敷に連れて行くのどうなの?
いや、まず本人に相談を……。
「!」
っていうかなにをさも当然のように同棲前提で考えていたんだ俺は!
住む場所がないならリース家のお屋敷に、とか俺が決めていい事ではない!
まず真凛様、その後にケリーや旦那様、義父さんにも相談じゃないか!
お、恐ろしい!
「え? お兄さん、ケリー様が卒業するまで学園にいるの?」
「使用人としてなら別に問題ないからな」
「あ、そうか……。……でも、それじゃあお嬢様といられる時間って……後一年しかないね」
「まあ、元々そうだったし……それに、今生の別れでもないしなー」
「あれ、意外と悲観的じゃないんだ?」
「お嬢様が幸せになるのに、俺が悲しむはずがないだろう」
……むちゃくちゃ寂しいだけで。
悲しいわけではない。
むしろ——『お嬢様が城に入る』……それは、俺がずっと望んでいた、お嬢様がゲームシナリオの破滅エンドから救われる瞬間でもある。
正しく、真の意味で……お救い出来た瞬間なのだ。
その時にはゲームはエンディングのはずだからな……その時にご無事ならば、うん。
「…………今はなんとなく、俺が生まれてきた意味はその瞬間を見届ける為なのだろう……とすら思うよ」
「そ、そこまでぇ〜?」
そうだ。
そこまで思う。
——主人が幸せになる瞬間を見届ける——。
俺と雷蓮の、悲願だ。
……今なら分かる気がするよ、鈴流木雷蓮。
主人を死に追いやった。
主人を守れなかった。
そんなお前が、生き恥を晒して得た新しい主人が先代の戦巫女……クレース。
でも彼女はお前に守られる事を望まなかった。
そんなに弱い女性ではなかったからだ。
というか、ある意味雷蓮自身よりも強かったように思う。
なにしろ彼女は女神の力で、少女の姿のまま百五十年生きたのだから……。
当然雷蓮はその前に、寿命を迎えた。
どんな最期だったかは分からない。
ただただ、無念だったのは分かる。
立ち会えなかった『主人の幸せ』を、今度こそ——。
「なんにせよ来年だな。……生き延びて、必ず帰る」
「! ……うん、絶対、ね」
「ああ」







