誰かを好きになるという事
「「「「…………」」」」
言葉が出ない。
そんな俺たちをどう思ったのか、クレアは笑みを深めた。
口許に指先を当て、ドヤ顔で言い放つ。
「わたくしは知っているのよ、戦争がどうなるのか。異界の者の知識で! だからわたくしを殺せば貴方たちは戦争でただ無為に殺されるだけ! そして貴方たちが戦争に行っている間にわたくしはレオハール様と結ばれるの。誰にも邪魔などさせないわ! メロティスが失敗しても、わたくしには切り札がある! いくら貴方たちでも、わたくしを殺す事はわたくしの中にいる異界の民を殺す事になるのだもの! そんな事、許されないでしょう!? あはははは!」
ちらり、と真凛様が俺とケリーを見上げてくる。
ああ、うん、まあ、そうだな……真凛様はもとよりヘンリエッタ嬢の事もあるので、本人がそう言うのであれば『異界の民』は保護対象になるだろう。
というか、異界の民である真凛様の前で異界の民をうちに宿しているという女を殺してしまうのはちょっと。
…………いや、殺すって。
他人の命を奪う事に、俺の中の抵抗感がこんなにも薄れている。
そちらの方が、なんとも恐ろしい。
「なるほど、まあ……確かにそれは避けたいかもしれないな」
「ですね。しかしクレア元メイド長殿? ……貴女の愚かさにはほとほと呆れ……いや、笑いを堪えるのがなかなかに大変です」
「? ……なんですって?」
実際ケリーは肩を揺らしていた。
エディンも肩を竦ませ、溜息を吐く。
その後ろで、レオが梯子を登り切って現れた。
自力で脱出してきたよ。
まあ、梯子は登り降りするものだし、あればそりゃ普通に使うだろうけど。
「クレアの話だと、マリーはそもそも『ウェンデル』に来ていないそうなんだけど、確認は取れている?」
「! レオハール様! 登ってきてはいけないわ! 貴方はここで、わたくしのものになるまでお待ちくださらないと——!」
「クレア、僕は君のものにはならないよ」
「そんな事! そんな事ありえないですわ! レオハール様はいつもわたくしにお優しかったではありませんか!」
よいしょ、と登り切ったレオへ、クレアが叫ぶ。
そのなんとも言えない言葉に、誰一人笑わなかった。
笑えなかった、とも言える。
そんな残念な勘違いでここまでの事態を引き起こしたのか、この人は。
「何を馬鹿な事を。レオが優しくするのは貴様だけではない」
「いいえ! いいえ!! レオハール様は、わたくしにだけ優しかったわ! わたくしにだけ! 他のメイドたちと、わたくしへの態度は違ったもの!」
「……クレア……」
レオが、エディンが……言葉を、声を出す事を戸惑うほどに……その女は、笑いながら叫ぶ。
妄信、という言葉が浮かぶ。
いつから、どこから、この女はそんな事を感じ、信じ込むようになっていたのだろう?
……いや、かすかだが魔力の気配を感じる。
俺の思考というより、雷蓮からの助言のように感じたソレを、少し集中して自身で感じられないか試す。
「紛い物とはいえ、女神の力を得たの……異界の者の知識もある。わたくしは貴方の……殿下の隣に相応しい力を持ちました! もう何も、わたくしたちを阻害するものはありません! レオハール殿下……!」
「…………。クレア……もう一度聞くけれど、君、マリーに……僕の妹に本当に手を出していないんだよね?」
「? え? ええ、今のあの娘の容姿さえ分かれば……メロティスの力で化けられましたから……」
「そう、それならいい。エディン、陛下やルティナ妃たちは?」
「ヴィンセントの闇魔法で解除してある。だろう?」
「ああ」
あとはまあ、クレイも残っている。
解除残しの兵や生徒がいてもなんとかするだろう。
従者石がなくともクレイの闇の魔力は、亜人としての性質を借りて人間の俺よりも強く周囲に影響を与える。
メグやツェーリというハーフエルフが、メロティスに全く影響されなかったのは、二人が大体クレイの側にいたからのようだ。
いるだけで周囲を守る——あいつも大概『長』だなぁ、と言える。
とりあえずエディンの問い掛けに頷いて、レオの方を見据えてまた頷いて見せた。
安心しろ、という意味で。
そうすればいつもの柔らかな笑みを浮かべるレオ。
だが、俺はあの笑顔を見て「あ、ヤバい」と感じた。
心配事がなくなったレオが、この後やる事といえばまあ一つしかない。
「そう。それじゃあもう君と言葉を交わす必要はないね」
ごもっとも。
……久しぶりに見たな、笑顔の質が一瞬にして豹変するところ。
「え? は? レ、レオハール殿下……!?」
「まあでも最後にこれだけは言っておこう。僕の女神はこの世界にローナ・リースただ一人。この国の王妃は彼女以外なり得ない。……君は僕の味方ではないしね」
「……!? な、なにを……何をおっしゃいますの!? わたくしは——!」
「異界の民を中に抱えているのなら、この場での処断はしなくていい。しばらく城の地下牢に繋いでおこう。さすがに無関係の異界の民を殺してしまうのは……ね」
「了解だ」
「手伝う」
ぎゃっ、とクレアが声を上げる。
レオが通り過ぎるのとほぼ同時に、レオへ手を伸ばしたクレアの腕を後ろに捻り上げたのだ。
エディン、マジ容赦ねぇ。
まぁ無理ないのだが。
「は、離せ! 離しなさい! わたくしは次期王妃に……レオハール殿下の妻になるの——!」
「鈴流祇流、『地の組』……影清水」
「!」
こつ、と鞘の底をクレアの爪先に押し当てる。
エディンが目を見開く。
だがもっと恐れ慄いたのはクレアの方だ。
「イ、イヤ!? イヤァァァァアァ!? 何!? なんなのおおぉ!? 力が……女神の魔力が、抜けるううぅ!」
「っ……どういう事だ」
「まあ、多分だが……」
膝から崩れ落ちたクレア。
体重を完全に預けられる形となったので、エディン一人であの狭い道を引きずって行くのは大変だろう。
片腕を掴み上げつつ、指を立てる。
「メロティスに強い暗示を掛けられて、マジに女神の器のようになっていたんだろう」
「女神の器?」
聞き返してきたのはケリー。
レオは怪我もなさそうで、のんびり真凛様に「お城の様子はどう?」と質問している。
まあ、パーティーを抜けている以上気にはなるところだろう。
「まず、メロティスは長年この国の貴族の身体を乗っ取り続けて、魔力を蓄えた。最後の仕上げに『血石』を喰らい、擬似的な女神になったんだ。で、恐らくレオへの恋慕で冷静さが欠けていたクレア元メイド長に暗示を掛けて、偽の戦巫女に仕立て上げた。その中に——多分だが自分を降ろそうとしたんだろう」
この辺りは雷蓮の『知識』も入ってくる上での憶測だ。
初代の戦巫女、クレースは己の体に女神ティターニアのかけらの女神を降ろした。
メロティスがやろうとしていたのは、多分そっち。
初代のように、女神となった自分を降ろせる巫女を得ようとしていたのではなかろうか。
理由としてはマリアベルの体がこの国では不都合が多かったから。
「擬似的な女神と、擬似的な戦巫女の出来上がり、か。気色の悪い」
「っ……」
じとり、とエディンが押さえ付けたクレアを見下ろす。
確かにな。
だが、さすがにそろそろクレイがメロティスの本体を見つける頃だろう。
そうなればクレアの擬似的な女神の力も——。
「レ、レオハール様! お待ちください! レオハール様! ……あ、ああ……そんな……」
真凛様が心配そうにクレアを見るが、レオが促すと城へ続く通路に向かう。
さて、俺とエディンはあの二人が罪人の顔を見なくて済むくらい離れたら行くとしよう。
騒がしくされても困るしな。
「くっ、なんで、なんで力が……!」
「それはもちろん、俺の闇の魔力で無効化しておりますから」
彼女に流れ込むメロティスの魔力など、俺の魔力に比べて微々たるものだ。
女神の魔力は特殊だが、所詮大元が同じ……『クレースの魔力』。
勝手に借りパクして使っておきながら、それが自分のものだと思うのは傲慢通り越してアホだろう。
「……とりあえずこれで一件落着って感じか? 後始末が少し大変だな、今回は」
「まったくだな。よりにもよってマリーの姿を借りてあんな事をするとは……」
「そういえばなぜマリーの姿だったんだ? 側で見てきたんだ、レオが拒むのは分かっていただろうに。まして、マリーの姿でレオに近付けば処断もありえた。貴女もいい思い出などないでしょうに」
口調は優しく問い掛けているが、エディンの奴、今あからさまに腕を捻り上げる力を強めたな。
鬼かこいつ。
しかし、確かにあえてみんなのきらわれものだったマリーの姿に化ける意味が分からない。
そんな俺たちを、クレアは嘲笑う。
「は? 分かりませんの? 貴方達、先程のレオハール様の言葉を聞きませんでしたの? あの方は『僕の妹』とおっしゃったのよ。レオハール様はあんな醜い偽者にも、深い愛情を抱いてらしたの。会わせて差し上げたいと思うのは当たり前ではない!」
「…………」
思わずエディンと顔を見合わせてしまった。
……多少の忌々しさを感じるが、この女の言う事には……一種の真理があったようだ。
まあ、だからと言って散々引っ掻き回した事を許せるはずもないのだが。
特に——ユリフィエ様の事は。
「なのに……なんで、レオハール様……この姿に戻ったから? でも、レオハール様はこの姿でもあんなに優しくしてくださったのに……」
「だから……レオは誰にでも優しい。貴様に限った事ではない」
「…………もしかして、これはわたくしへの罰? わたくしが最初からこの姿で現れなかった事に怒ってらっしゃるの? わたくしだと、分からなかったから? そうなのね? 照れておられるのね!」
「「「……………………」」」
ゾワっとした。
思わずケリー、エディンと顔を見合わせてしまう。
もしかしなくても、この女ガチでやばい?
闇の魔力で暗示は解いているし、メロティスの魔力の流れも遮断している。
にも関わらず、発言はよりヤバみを増していないだろうか?
「異界の民の話も本当か怪しいものだな……まあいい。レオ達と別のルートで引っ立てる」
「そ、そうだな」
なんとなく、この女はもう、元に戻らない気がする。
レオは誰にでも優しい。
お前のような女にも。
でも、それを自分だけだと勘違いしたのはなぜだ?
レオがマリーと再会する事を望んでいたと理解出来る程度に、レオを見ていたのなら……どうして自分が特別でないと理解出来なかったのか。
そんなに都合よく、解釈出来るものかね?
「…………」
俺も都合よく解釈しているのかもしれない。
真凛様の優しさは、平等だろう。
俺にだけ、ではないはずだ。
『オズワルドルート』かもしれない。
でもそのルートを最後まで選ぶかは真凛様次第。
俺は『選ばれる側』。
選ぶ側ではないのだ。
…………攻略対象だから。
こんな風にみっともなく、相手に選ばれていると勘違いしてやしないだろうか?
俺の想いなど真凛様はいらないかもしれない。
迷惑かもしれない。
ああ、こんな事、考えた事もなかった。







