クレメグルート
「で、どんなイベントなんてすか? ズズのイベントって」
魔法の訓練も終わり、宿舎に戻る前、ヘンリエッタ嬢に聞いてみる。
井戸水で顔を洗いタオルで汗を拭う。
ヘンリエッタ嬢にはなぜか「そういうとこだよ」と顔を赤くして叱られたのだが、な、何が?
「えっと、メグがヒロインの場合、クレイのルートで発生するイベントね。クレイルートは基本的に『ヒロインがクレイを振り向かせる』感じになる事が多いの。狼って一途だから、『ゲーム難易度・鬼』はマジ鬼畜……」
「はい」
それは良いので説明を。
「とりあえずゲーム難易度は『鬼』っぽいので、クレイはローナに一目惚れしていた! ……と、わたくしは見ています」
「えっ」
やはり……!?
けど、アイツそんな素振り一ミリも……。
いや、俺が鈍器で気付いてないだけか?
そちらの方が可能性ありそう……そうか、俺が気付いていないだけか、うん。
「メグによるクレイルートは共通のものよりも独自イベントが多いのよ」
あ、佐藤さんのスイッチが入った。
人差し指を立てて、ドヤ顔モード。
「まず『鬼』ではクレイがローナに一目惚れするわ! そして事あるごとに口説いてくる」
「…………」
「そ、そんな顔しないの。回避出来たんだから!」
ど、どんな顔になっていたのかは分からんが、う、うん、まあ……。
しかし想像するとホンットに破滅一直線の事案……!
「メグはそれにそりゃあめちゃくちゃ戸惑う!」
「俺もそんな現場見たらむちゃくちゃ戸惑う」
「うん! 回避出来て本当に良かったー!」
「それで?」
タオルで髪を軽く拭い、上着を着る。
ケリーがいないので、女子寮には俺がお送りしますとも。
お嬢様はこの時間だともうお帰りになっているだろう。
自習されている頃かな?
夕飯はさて……何が良いか。
真凛様たちは町を経由してズズたちの大移動中現場に向かうはず。
王子の勅命を受けた貴族たちと一緒なら、真凛様は大丈夫……。
レオはスティーブン様と陛下への説明。
そして、この件に関しては手出し無用と説得する……と言ってたな。
まあ、ゲームで起こるイベントだし、説得はすんなりいくだろう。
「イベントが起きるのは主に八回」
「多くね?」
「メグが主人公だから、巫女たそと違って期間が長いの。ホラ、スケートイベントって一月だったじゃない?」
「……」
確かに。
ある意味、メグの場合はスタート地点が違うのか。
戦巫女として召喚されるゲームヒロインにとって、召喚されるのは十二月二十六日。
それから学園が始まるまで——……ゲームだと何やってたんだったかな?
まあ、いいや。
とりあえず続きを大人しく聞こう。
「偶然ローナに出会って一目惚れ、その場で求婚、からの振られるクレイに困惑するメグだけど! その事でクレイを取られたくない! と強く思うようになるのよ! 幼馴染だから余計よね!」
なるほど?
幼馴染故の嫉妬や焦りが色々噴き出ると……。
まあ、俺幼馴染とかいないんだけど。
いいよな、幼馴染。
ん?
大きく部類すると俺とケリーとお嬢様も幼馴染のカテゴリーになるのだろうか?
「で、二月の『巫女様歓迎パーティー』でテラスに出たローナをクレイが突撃して口説き、その後やっぱりお断りされたクレイをメグが嗜めるイベントが起きる」
そのイベントはスキップか?
ヘンリエッタ嬢曰く、あってもなくても同じようなもん、らしい。
これ系の『口説きに現れて振られるクレイを叱るメグ』イベントを含めると八回ではきかなくなるそうだ。
つ、つまり、八回とはこの手のイベントを含めない数だと。
……クレイ、どんだけ鋼メンタル……。
「本当は他にも夜寝る前に窓を開けて夜風に当たるローナに花を贈るクレイを怒るメグとか、パーティーから帰る途中の馬車の中に潜入して口説くクレイを嗜めるメグとか……なかなかの頻度でやらかすわよ、クレイは」
「うおおぉう……」
金剛石メンタルかな。
「とにかくぞっこんなのはお分かり頂けたと思うけど、メグは本気でなんとかしようとするの。で、乙女ゲー定番の自分磨き! を、するというワケ! メグの場合はツェーリやアメル、ニコライがサポートしてくれるのよ」
「! アメルもゲームに登場するのか」
「少しだけね。で、『王誕祭』で振られるクレイにドレスで着飾ったところを見せるイベントや、夏季休みで実家に帰るローナに付いて行っちゃったクレイを回収するイベントやローナをデートに連れ出す……まあ、拉致よね……するクレイを止めてローナを寮に返すイベントとか、色々乗り越えるわけですよ」
「…………」
ク、クレイ……お前それはもうただの暴走では!?
ゲーム難易度『鬼』によるクレイルートはそんな恐ろしい事が繰り広げられるはずだったのか!?
お、おぉ恐ろしい〜!
「よ、よくそれでメグをクレイルートに誘導出来ますね」
「多分ど真面目なクレイが長として、人間族の王子の未来の嫁に手を出せないと抑制してるんだと思うわ。おかげで難易度『雉』モードくらいのイベントが起きるのよ! だから先回りしてイベントが起きるタイミングでメグをその場所に呼び出せば完了! ……まあ、呼び出してるのは大体アンジュなんだけど……」
あ、そうか。
アンジュに「仕事」と称して呼び出して貰えば楽勝……。
さ、さすがだ……。
「おかげでメグによるクレイルートのイベントスチル回収率は三十%程度には達しているわね。さすがにフルコンプは一周じゃ無理だけど……」
完全にプレイヤー視点になっとる。
なんか前世の妹と話してる時もこんなような事言ってたなぁ。
イベントスチルがどうとか。
……そういや、野郎との恋愛なんざごめんだぜ、って恋愛イベントらしいイベントスキップしまくってて俺はスチルとかよく分からないな。
絵師は嫌いではなかったんだか、何分乙女向けとあってキラキラしてて……あとイケメン興味なくて。
一周しかしてないから、まともにスチルとか見てねーや。
「……スチルか……スティーブン様のスチルならさぞ可愛いのだろうなぁ」
「いや、スティーブンのスチル可愛いっちゃ可愛いけど多分ヴィンセントが考えてるようなスチルじゃないと思うわよ?」
「くっ……そうか……」
『今』のスティーブン様ではないのか。
そうか。
そ、それもそうだな?
本来ならヒロインによってスティーブン様は『男として生きる』決意をするのだから。
「そう考えると俺『良くやった』んじゃ……」
「プレイヤー視点だとなんつー事してくれやがったんだテメー、だけどね。……まあ、夏季休みが終わって八月も後半になるとズズが襲ってくるイベントがあるのよ」
「? ……『斑点熱』が流行らなくても襲ってくるんですか」
「? 何の話?」
俺が聞いた話だと、王都で『斑点熱』が流行っているから、ズズたちはこれを好機と思い襲って来るようだ、だったのだが。
しかし、クレイの正式なイベントだと『斑点熱』は流行らない。
『斑点熱』が流行るのは『オズワルドルート』と『ローナルート』。
ズズが王都に攻め込もうとするのは、クレイルートだと別な理由なのだろうか?
そういう意味で『王誕祭』の時にクレイから聞いた話を説明して、改めて聞き直すと……。
「……メロティスがズズを誑かすのよ。メロティスはクレイルートのラスボスだから」
「……」
「!」
やはりか。
ネクタイを締めながら、奴の最後の顔を思い出す。
奴が『皮』にした人間は中身が完全になくなってゴムの被り物のようになっていた。
マリアベル元妃が乗っ取られたところは俺たちも見ている。
……マリアベル元妃は多分、あの時に亡くなったのだろう。
平然と人を殺める……妖精の亜人。
確かに『フィリシティ・カラー』はR15ゲームだろうけど……それを生々しく見せられる方としてはそういうレベルでなく気分が悪い。
「ヴィ、ヴィンセント……水守、くん?」
「え?」
「……、あ、えーと……大丈夫?」
「? ええ、大丈夫ですが……?」
なんだ?
そんなに長く押し黙ってしまっていたのだろうか?
「そ、そう? なんか顔が笑ってたから」
「え? 今笑うような会話してませんでしたよね?」
自分の顔をフニフニと両手で揉んでみるが……顔が笑ってた?
はあ?
なんでだ?
全然意識してなかったな?
「ま、まあ、いいわ。とにかく、このイベントを無事に終わらせればクレイの下にズズが付くの。そこからメロティスの存在が浮上し、全面対決様相になっていくのよ」
「なるほど……」
去年の時点で何かしら因縁はありそうだったが、いよいよそれが決着するというわけだな。
じゃあ、俺たちはあまり干渉しない方が良いんだろうか?
でもせっかく同盟を組んだんだし、力にはなりたいな。
「ズズを仲間にしたらクレメグイベントは半分終わりね! こっからが本番!」
「そうなんですか?」
「そうよ! メロティスの存在が明らかになって、メグとクレイは過去を振り返る。そうして、語り合う中でクレイはメグの気持ちに目を向けるようになるの!」
「ふぅん?」
だが、言われてみるとクレイはあまりメグの話を聞いているイメージがない。
いや、聞いてはいるのだろう。
頭には入っている……だからこそ、お嬢様に一目惚れしても口には出さなかった。
ちゃんと自分の立場、お嬢様の立場を理解した上で口を噤んで飲み込んだ。
メグの話を聞いて理解していたから出来た事のはず。
だが、まあ、確かに……私的な事に関してクレイは驚く程に表面化させないというか……感情的になる事はあるが、それはほぼ“長として”である気がする。
そうか、メグはこれから、クレイが“長として”の自分を優先させて、自分自身でも触れなかった心に触れていくのか。
……そう考えると、心の底から応援したくなる。
つーか、それを抜きにしてもお嬢様の破滅エンド回避の為に全力で応援するし誘導もするのだが!
「あの二人のイベントに関してはこれからもわたくしが見守りますわ!」
「はい、お願いします」
「……でも、ストーリーは内緒ね。ネタバレになるし……」
「はい。はい?」
ネタバレ?
いやいや、俺別にネタバレ万死派じゃないし?
と、思うが……。
「結構ナイーヴなのよね、クレメグのストーリー」
「そ、そうなんですか?」
「そーなのよー。だからこそ悶絶必死、ハンカチ必須。涙なしには見られないんだけど!」
「ほ、ほう?」
涙……感動路線ストーリーなのか。
「…………」
涙か。
今だとアルトが思い浮かぶ。
元気そうにはなっていたが……薬だけではフェフトリー家の事は解決しないだろう。
ちゃんとアルトがフェフトリー公爵と話す事が出来ないと……。
手紙では多分、また『武士』の連中の邪魔が入りそうだ。
『武士』……武士ねぇ……。
——『武士』のする事ではないな。
「…………」
「ヴィンセント?」
「いえ、なんでも」
……こればかりはお前と同意見だな、ライレン。







