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うちのお嬢様が破滅エンドしかない悪役令嬢のようなので俺が救済したいと思います。【WEB版】  作者: 古森きり@書き下ろし『もふもふ第五王子』
アミューリア学園三年生編

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レオの本気



 スティーブン様が手を下ろした瞬間風圧が結界を揺るがせた。

 ピキーン、と固まったのは……スティーブン様と真凛様とアルトとラスティと……ルークもかな?

 ハミュエラだけは目を輝かせている。

 さすがだ。

 まず、あの二人の身体能力の高さは人間のそれではない。

 獣人レベルと考えるべき。

 クレイは右手の剣一本でレオの剣を受け止め、涼しい顔をしている。

 やや捻りを加えつつ剣で力比べ。

 いや、うん。

 べきっといいながら地面に片足沈み込んでますね。


「う……嘘だろう……」


 呟いたのはケリー。

 おおい、ケリー、お前もか。


「あの程度の力比べならば俺たちでもなる」

「そうだな」


 と涼しく言い放つのはエディンとライナス様である。

 まあ、俺もそれには同意。

 俺たち三人でも、模擬戦であの程度の現象は起きるな。

 石床壊れた時は全員『マジ?』という顔にはなったが。

 俺たちは『え、俺たちの身体能力こんな事まで出来んの?』だけど周りの生徒は『え、公爵家の奴らってあそこまでの身体能力が出るの?』とやや意味は異なるものの……最初は驚くけどな。

 だからここまでは、驚かない。


「どうした?」

「……ほ、本気……」


 驚きはしないが……別な驚きはある。

 お、俺たち三人の場合は割と熱が高まってきて、テンション上がって「たーのしー」ってなってくるとああなるのだ。

 さ、最初の一撃でアレっていうのは……さすがにない。


「出し方が分からないんだろう?」

「っ」

「俺はまだまだ余力があるぞ。貴様もそうだろう? 王子」

「……」

「それを、引き出す。防戦一方になるなよ。これから行くのは戦争だろう?」


 レオが少しだけ苦しげな顔をする。

 なんだか、それが……不安になった。

 レオは俺が思っているよりも……もしかしたら争い事が嫌いなのでは……。


「!」


 だが、それも一瞬。

 そして、恐らくそこからの斬り合いを()()()奴は少ないと思う。

 まず真凛様とスティーブン様は、あの顔は絶対見えていない。

 顔が完全に「?」状態。

 ケリー、ラスティ、アルトも口を開けたまま固まっている。

 ルークはギリ、かな?

 俺も視線を戻すが、ビビるわ。

 速すぎる……これ、小手調べ状態でやるレベルではないぞ?


「っ!」

「まだ遅い」


 剣の流儀そのものは王国で採用されているウェンディール騎士団流剣術。

 流れるような剣の動きで連撃を繰り出す事に向いている。

 この国の人間の身体能力の高さを生かした剣術と言えるだろう。

 中でも突き技は最早漫画の世界のそれだ。


「……、……な、何回見えた」

「十五回までなら」

「お、俺も二十回程まではなんとか?」

「俺っち全部見えまーす」

「「「マジで?」」」


 ハミュエラスゲー!

 俺たちですら全部見えなかったぞ、レオの連続突き技!

 つーか、それを全部去なすクレイもスゲー!


「くっ!」

「そんなものか? なら、こちらからも行くぞ!」


 左の二本目の剣。

 それが動いた瞬間。

 そして、クレイが前に出た瞬間。


「っ」


 は、速……。

 瞬間移動かよ、ってくらいの速度で一気にレオとの距離を詰める。

 右足主軸に地面がぼこりとえぐれ、砂埃をまといながらその長い脚が蹴りを繰り出した。

 レオがそれに驚いて左腕でガードするがその程度で勢いが削がれるものでもなく、吹き飛ぶ。

 宙を一回、二回回転しながらも片足のつま先が地面を擦ったのを使い、そのまま足を地面に付けて勢いを削ぎ、レオは身を捻りながら更に勢いを殺す。

 ようやく止まった時にはクレイの双剣が重なって振り下ろされる瞬間。

 しゃがんだ状態で着地していたレオが取れる対策は、剣を両手で突き出して受け止める事ぐらい。

 だが、その瞬間にレオの体が地面に沈む。

 待って頂きたい。

 三メートル、五メートルと……地面が抉れるように……クレーターになるように……沈む。

 いや、あれ、普通に、普通の人間だったら骨とか粉微塵レベルでは?

 そんな突っ込みを頭の片隅で入れる冷静さは辛うじてあったのだが、レオがそこから……流石に苦しそうにしながらも立ち上がるとは思わなかった。

 地面はより細かに砕けたが、クレイもこれには少し驚いたのか嬉しそうに……しかし狂気染みたものを含んだ笑みを浮かべる。

 実に楽しそうだ。

 レオは……相変わらず余裕がなさそうだが。


「っ!」


 剣が跳ねる。

 レオが力で勝った?

 それともまだクレイが手加減しているのか。

 レオの剣がクレイの双剣を弾き返した。

 そのせいでガラ空きになるクレイの胴。

 クレイは笑顔を浮かべたまま。

 まるでいつでも打ち込めばいいとばかり。

 だがレオは打ち込む事もなく、間違いなく戸惑った表情。

 この瞬間に、さすがの俺も察した。

 クレイが案じていたのはこういう事……!


「甘い!」

「うっ!」


 その隙を活かす事もなく、クレイが剣を振り下ろすまで固まっていたレオ。

 改めて剣で受け止めるが、もう後ろに逃げ場などない。

 結界の白い膜。

 そこに背をぶつけて、苦悶の表情を浮かべる。

 左手の剣が顔面目掛けて振り下ろされ、レオが目を瞑った。


「…………?」

「次は魔法も使え」

「えー! 俺っちもレオハール様と遊びたいですー!」

「王子はまだ本気を出せていない。もう少し熱を上げさせなければならん。待て」

「なら俺っちも参加したいでーす! 二対一でどうですか?」


 鬼なの?

 ハミュエラ鬼なの?

 クレイ相手にすら積極的にいけないレオに二対一とか!


「……まあ、そういう事なら構わんだろう。巫女、入れてくれ」

「え! で、でも」

「か、構わないよ、巫女。……確かに……今のは僕も……」


 自覚がある。

 苦い顔をするエディン。

 それはどちらかというと『心配』の色が強い。

 レオ自身が『本気』を出す事を拒んでいる。

 例えクレイがレオの『本気』を受け止めるだけの力を持つ相手だとしても。

 それをレオ自身が分かっているとしても……体が頭で理解している事を素直に理解してくれない。

 多分、今のレオはそんな感じ。

 そしてクレイが問題視しているのもそこだろう。

 う、うーん……。


「心の問題というか……」

「そうだな。……だが、確かに成長するにつれて俺もレオに勝てなくなっていった。あまりにも……実力差が出過ぎて」

「……!」

「……お、お前が、か?」


 エディンが勝てない。

 実力差が出過ぎて……。

 レオにとっては『いつか怪我をさせてしまう』という恐怖心が優った……というところだろう。

 そういう奴だ。

 驚くライナス様が、レオを凝視する。


「ハ、ハミュエラ……」

「ダモンズは恐らく問題ない。あれもある意味規格外というか……」

「まあ、回避能力は誰より高いですし」

「う、うむ」


 結界の中に鉄剣を持って入っていく。

 あの剣大丈夫か?

 レオとクレイの剣は亜人製。

 秒で壊れる未来しか見えない。


「はっ! わ、私、今全然審判出来てませんでした!」


 スティーブン様が我に返った。

 そして気付いてしまった。

 そう、多分貴方には難しいと思います!


「うう〜、次こそは頑張ります!」


 頑張り屋さんなんだからもー。

 無理しないでくださいねー。


「では改めて……始め!」


 全員がグラウンドの真ん中に戻り、クレイとハミュエラがレオに向けて剣を構える。

 レオは一呼吸置いてから剣を横に一閃。

 ハミュエラは楽しげに飛び上がり、クレイは同じ速度、同じ高さ、位置でその一閃を振り払いやがった。


「くっ!」


 飛び上がったハミュエラが斜め後ろからレオを狙う。

 振り下ろされた鉄剣をレオが寸で首を傾けて避ける。

 だが飛び上がった時の勢いを持ったままだった故か、風の魔法の補助なのか……多分、後者……ハミュエラの脚がレオの左肩を蹴り飛ばす。

 も、模擬戦でなければ……とんでもない不敬……!

 ライナス様とアルトとラスティの表情が真っ青。


「くぅっ!」

「前危ないでーす」

「!」


 バランスを崩したレオに何の容赦もないクレイの双剣。

 前のめり気味に崩れたレオは、右手から左手に一瞬で剣を持ち直して空いた右手を地面に落とす。

 左手で双剣を去なしつつ、身を捻って足掛けに移行する。

 上手いが、そんな読みやすい動きはクレイに通用するはずもない。


「レオハール様、動きがど真面目すぎて分かりやすいですよっと!」

「うっわ!」


 お前が読みにくすぎるわ!

 …………と、心の中で突っ込んだのは俺だけではないと思いたい。

 いや、多分模擬戦した事ある奴はもれなくそう思ったと思う。

 そんな顔してるし、エディンもライナス様もケリーもクレイすら!

 体勢を整えて、攻勢に出るレオ。

 それをさらりと避けるハミュエラ。

 その隙に左に回り込むクレイ。


「……やはりレオの動きがこう、ぎこちないな」

「ああ……」


 身体能力の高さは折り紙付き。

 だが、模擬戦……実戦に全く不慣れな感じなのだ。

 自分の身体能力の高さを思い、相手を傷付ける事を恐れて『実戦形式』を避けまくってきた弊害。

 レオ、ここに来て……!


「こればかりは場数だ。レオハール様には体で覚えて頂くしかあるまい……」


 そう苦く言うのはライナス様。

 ……確かに……実戦形式の模擬戦を、徹底的にやっていくしかないな。

 クレイは真正面からレオの剣を受け止めるのだが、ハミュエラの避けっぷり……いやもう回避能力が高すぎて高すぎて……いっそ清々しいまでに避けまくってて……何なのあれ怖い。


「うぅ〜!」


 レオも段々と困り果てた顔になっている。

 ここまで回避されるとは思っていなかったのか?

 剣の風圧すら魔法で操作してしまうものだから、レオにはハミュエラにかすり傷一つ付けられる気配すらないな。


「王子! 魔法を使えと言っている!」

「む、無理だよこんな状況で〜!」

「レオハール様頑張ってくださーい!」

「むううぅ!」


 ハ、ハミュエラの野郎、あれはムカつくなぁ!

 攻撃は避けるし、おちょくってくるし……レオがどうして良いのか分からなくなって涙目になってある。

 完全に混乱し始めたな。


「い、一度休憩させた方が良いのでは……」


 レオを落ち着けないと、本気を出すどころではないのでは?

 と思って審判のスティーブン様に声を掛ける。

 しかしスティーブン様、顔がハラハラ。

 ……この人も模擬戦苦手だった。

 やるのも見るのも。


「炎よ!」

「遅い!」

「うっ!」


 レオの出した炎はクレイの闇魔法を纏った剣に掻き消された。

 分かっていた事だが、クレイが強過ぎる。

 咄嗟にレオがクレイの剣を光魔法のバリアで防ぐも、四メートル近く吹っ飛ばされた。

 両足の踵から立ち上がる砂埃。

 あの、レオが……左手で顎から垂れる汗を拭う。

 肩で息をして、剣を地面に突き立てて態勢を保つ姿。


「……レオ……」


 大丈夫か、本当に……。

 少し休ませるべきでは……?

 大体クレイ一人でも厄介なのに、ハミュエラまでって……絶対キツい。


「まだ本気は出せないようだな」

「そ、そんなつもりは、ないんだけどな……」

「本気で言っているのか? そんな様で」

「…………」

「確かに〜。剣の腕は間違いないんですけどレオハール様より執事のオニーサマやエディンのオニーサマやライナスにいにの方が強い気がしますねー? なんかこう、人と戦うのに慣れてない感じバリバリします!」

「うっ!」


 見破られとる。


「つまり実戦不足だ、王子。その上その様に自らに枷まで付けおって」

「っ……」

「その根性は叩き直す!」


 え!

 待て待て、まだ続ける気か!

 一度休ませ——!


「クレイ様!」

「!」


 俺が手を伸ばした瞬間、クレイの横にニコライが現れた。

 膝を付き、頭を下げる。

 そしてここまで聞こえる声で、告げた。


「ズズが王都へ向けて動き始めました! 数はおよそ二百……戦闘能力のある者は五十にも満たないとは思われますが……」

「……今頃動くとはな……」


 舌打ち。

 まあ、確かに……。

『斑点熱』はほぼ終息してるっつーの……アホなのかズズ……。


「王子、俺は王都を離れる。奴との決着に関しては……」

「……、……決闘、だよね? 僕らが出た方が早い」

「そうだ」


 ちらり、とクレイがハミュエラを見る。

 なぜハミュエラ。

 と、思わんでもないが、うんまあ……。


「分かった。では勅命を出す。ウェンディール王家、王太子レオハール・クレース・ウェンディールの名において以下の者は亜人族の長、クレイと共に、盟約に基づき共闘を命じる。……ハミュエラ・ダモンズ」

「へ?」


 意外そうな声だが、お前無茶苦茶なんだもん。

 亜人と『共闘』してた時点でおかしいわ。


「ライナス・ベックフォード」

「! はっ! お任せを!」

「ケリー・リース」

「……拝命致します」


 え、ケリーも?

 余程俺は顔に出たのか、ケリーから小声で「俺は交渉役だろう」と呟かれた。

 あ、確かに適任……。


「ラスティ・ハワード」

「! え、あ、ぼ、ボク……!?」

「……ラスティ」

「……、……は、はい! 全力を尽くし、ます!」


 ……ラスティにとってはお家の名誉挽回のチャンス……という意味でか。

 このままだとハワード家は爵位を侯爵に落とされそうだしなぁ。

 まあ、侯爵の爵位も十分高いけど。

 アルトが隣で不安そうにしながらも、ラスティの名前を呼んでやる。

 それは激励も込めた、身を案じる声。

 ……本当に情の深い……。


「エディン」

「拝命しよう」


 最後に右腕を添えて、という感じかね。

 ハミュエラはやや意外そうな表情だが、クレイと話していたのは『乱戦決闘』方式。

 ズズに『人間族』の強さを理解させ、復讐を諦めさせる。

 強者に従う、その性質を最大限に使わせてもらうというもの。

 その辺りの話はライナス様とエディンが三人に説明するだろう。

 アルトとスティーブン様が選ばれなかったのは体力的な問題。

 アルトは言わずもがなだが、スティーブン様も乱戦なんて絶対無理だからな。

 不安なのはラスティ。

 だが、ラスティは防御高めな『土属性』魔法が使える。

 俺は持っていた『従者石』をラスティへ手渡した。


「…………」

「身を守る事を第一にしていれば大丈夫ですよ、ラスティ様。防御は最強の攻撃なり、です」

「! ……は、はい、分かりました! お兄様……、じゃなくてヴィンセントさんっ」


 …………いや、うん、ほんと……ラスティに『お兄様』って呼ばれると変な扉開きそうになるのはなぜなのか。


「はい、エディン」

「借受ける」

「頼むね」

「ああ」


 エディンがレオから『従者石』を受け取り、ライナス様はまず『従者石』を持ってても魔法を使えた試しがないのでそのままとなり……クレイがニコライを連れて真凛様の側に近付く。

『魔宝石』から『従者石』への魔力供給範囲が未だ不確かなので、真凛様にも同行して欲しい、という事だ。

 もちろん、事情を聞けば真凛様は断らない。


「…………」


 これってゲームのイベント?

 クレイルートのイベントか何か?

 ベンチに座って不安そうなヘンリエッタ嬢を振り向くと、俺の視線に気付いたのかコクコク頷く。

 ……つまり、アレかな。

 メグの攻略が上手くいってるって事か?

 他の攻略対象も巻き込まれるんだなぁ……。


「そういやこのイベント、メグの好感度順らしいけど巫女の攻略対象は含まれないらしいぜ」

「…………」


 去り際になんとも余計な一言を残していくケリー。

 顔がニヤついていたのが腹立つ。


「……あ、あの、ヴィンセントさん、行ってきます!」

「……は、はい、行ってらっしゃいませ、真凛様……」


 そんな事を聞いた後でのご挨拶。


「…………」


 あ、れ……なんで…………なんでこんなにモヤっとするのだろうか?



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