その手を繋ぐ【前編】
七月に入り、二週間が過ぎた。
普通に忙しすぎて死ぬかと思ったのは割と久しぶりな気がする。
アミューリアの生徒会は総出で先月末に突如企画された『予防食試食祭(仮)』の準備。
貴族はお城の広場。
平民は町の広場。
その他、セントラルの東区、西区、南区、北区領主は、予防食のレシピを提供され、セントラル中央で行われる『試食祭』の効果を見て各々開催するかを決めてもらう。
と、思っていたがうちの旦那様や西区のリエラフィース家、北区のオルコット家は即、開催を決定。
その辺の費用は領主家持ち。
南区は、まだ諸々整っていないらしいが旦那様とヘンリエッタ嬢のお父様の支援で開催が予定されている。
恩を売ると同時にリース家の存在アピールも行い、尚且つ南区の民や王家への好感度上げつつ新たに領主となるセレスティ家への先輩領主としてのあり方を示しながらマウントまで取る……さすがだ。
多分、他の土地を任されてる領主貴族からも寄付という名目で搾取されるとは思うけど『斑点熱』には誰も罹りたくないだろうから金は惜しまれる事はなかろう。
セントラルの場合材料持ち込みは参加費半額。
貴族は寄付の額により、城内の広場を見下ろす客室で食事が出来る。
広場やダンスホールが開放されて、軽食会のような形で行われる事に決まった。
そして『ウェンデル』の人たちは基本陽気で祭好きだ。
「元気すぎませんかね」
「ええ、すでに罹っている患者まで参加している有様には頭痛を禁じ得ないわね」
と、マスクをしたお嬢様と共に現在回診中。
城下町は全区画カオスな状況。
いや、これカオス以外の言葉が見付からないわ、マジで。
熱で頭おかしくなってんじゃねーの。
広場で購入出来る予防食を片手に、酒を飲んだり食っちゃべっているのは体に斑点を出している患者たち。
顔を真っ赤にして咳き込みながら笑いあっている。
「……王都って以前もこうだったんですかね?」
「どうかしら……十年前は冬だったから、こんな風に外で騒ぐ事は出来なかったと思うわ」
「そう、ですね」
俺が十年前に『斑点熱』に罹った時は冬だったし、スラム街だったからな。
国中のスラム街は家は崩れていたし、熱で動けずそのまま凍死……というパターンが非常に多かったそうだ。
そういう意味では、夏場は感染拡大スピードが異様に早いものの、冬のように凍死は出ないから重症化しなければ死者の数は冬場ほどではないだろう。
まあ、だからって病人が出歩いてんじゃねーよ、重症化しなければの話であって夏場の感染スピードがふざけてるんだぞ馬鹿かあいつら。
「まあ、ああして『みんな同じである』と確認する事で恐怖を和らげ、病気には負けないという意思確認をしているのかもしれないわね。病は気からというから……ああ、ここね」
「臨時診療所にしては大きな屋敷ですね」
「巫女様がお力添えしてくださる事になったから、大きめの屋敷を用意したのだと思うわ」
「なるほど……」
……癪、という表現は微妙なのだが、真凛様には『オズワルドルート』と『ローナルート』のシナリオで発生するイベント『流行病の治療院』を遂行して頂いている。
なんとか防げれば良かったのだが、去年の俺はこのイベントの事を知らなかった。
ヘンリエッタ嬢も「まさか」と言っていたし……そんな中で俺とお嬢様がのこのこ真凛様のおられる町中の臨時診療所に来るという……いや、仕方ないんだけど。
ヘンリエッタ嬢に聞いた『オズワルドルート』はざっくりこんな感じ。
歓迎パーティーでうっかりヴィンセントがオズワルドである事がバレる。
王子に祭り上げられ、レオハール王子と敵対関係にされ、更に悪役姫マリアンヌにも猛烈な敵愾心を向けられ貴族の手のひら返しに困惑している間にケリーにも距離を置かれて孤立無援になる。
原因を作ってしまった巫女と、猛烈な距離を置くが代表候補として関わらないわけにはいかず微妙な空気で過ごす。
夏場に『斑点熱』が流行り、戦巫女は病気に詳しいローナ・リースに協力を頼まれ王都に流行る『斑点熱』の終息に尽力。
その際、少しだけオズワルドと距離が縮まる。
ローナがケリーと微妙になってしまったオズワルドを慮り、助手として連れてきたからだ。
——お嬢様女神かな。
そして、『王誕祭』で父親であるバルニールに会うが、無視。
へこんだオズワルドは、同じくマリアンヌに虐められ会場から追い出され故郷を想って嘆く戦巫女と遭遇。慰め合う事で距離が縮まっていく。
そして『女神祭』で、巫女殿を吊るし上げたマリアンヌに反撃。
生意気だ、と激昂するマリアンヌに対し、敵対していたと思われたレオハールが戦巫女とオズワルドを庇う。
だが、それが原因でレオハールは監禁状態に。
「…………」
レオ……追加イベントでまさかの監禁ルート。
ここでのイベントだったんだなぁ。
いや、まあ、それは今更いいとして。
レオハールを助けるべく他の攻略対象たちと協力して城に忍び込む戦巫女たち。
しかし、そこでオズワルドは『斑点熱』で正気を取り戻したユリフィエに遭遇。
真実を知ったオズワルドは、共に忍び込んでいたローナ・リースに重傷を負わせ、戦巫女やバルニールを殺害。
他にも城中の人間を殺傷して姿を消す。
最悪なルートだな。
どこに乙女ゲーの要素があるのやら。
まあ、ヘンリエッタ嬢に言わせると「ヤンデレも最近の乙女ゲーの流行りの一つよ!」……らしいが知らねーよそんな事〜……。
怖いよ乙女ゲーム……!
なんだよヒロインが攻略対象に殺されるって、そんなの怖すぎだろ!
何がいいのそれ!
女の子ほんっと分かんねー!
「はぁ」
「どうしたの、貴方も具合が悪いの?」
「いいえ、そういうわけでは……」
気を取り直して現実に向き直る事にしよう。
診療所は木造。
玄関から右の廊下へと進む。
受付がそちらの入口に設置してあり、お嬢様が声を掛けるとマスクをした女性が一番奥の部屋だと教えてくれた。
……なんにしてもこのイベントを破壊、もしくは好感度上昇的な事にならずクリア出来れば、俺とお嬢様のエンディングにはたどり着けないはずだ。
特に問題はうちのお嬢様のルートに関して、ヘンリエッタ嬢も未プレイという事。
まあな、ヘンリエッタ嬢が……男の攻略対象を優先的にクリアしていくのは、うん、無理もない。
だから、ここは……俺がいれば、少なくとも『攻略対象』である俺の方が優先される、はず、だろう! 多分!
そして、俺は自分が『オズワルド』なのも『ユリフィエ様が正気を取り戻して告げる真実』も知っている!
ユリフィエ様は現在ディリエアス邸にお帰りになっているし、エディンにめちゃくちゃ予防食をユリフィエ様に食べてもらうようにゴリ押しで勧めたし、あいつも「確かにこれ以上伯母上が体調を悪くするのは、心苦しいからな」とシェイラさんにレシピを全部持ち帰らせているし!
大丈夫! きっと『オズワルドルート』は乗り切れる!
うん! 俺強い子! 負けない!
他のイベントが分からない『ローナルート』に入られる方がよほど恐怖!
そして、ヘンリエッタ嬢がメグがヒロインの場合の『クレイルート』攻略に着手している!
メグは他のヒロインよりクレイの好感度が上がりやすいらしいので、クレイを攻略してもらう!
そうすれば少なくとも『マーシャがヒロイン』の場合と『メグがヒロイン』の場合の『ローナルート』は回避!
そして、俺が上手く立ち回れば真凛様は敵国攻略対象との恋愛イベントに突入も……。
「っ」
「ヴィニー? どうしたの? やはり具合が悪いの?」
「……あ、いえ、大丈夫です」
なんだ?
今の不快感のようなものは……。
ライレン・スズルギの呪いの時とはまた違う症状だったが。
「? ? ?」
「失礼しますわ、巫女様。交代致しますので、少しお休みください」
「あ、ローナ様、ヴィンセントさん」
マスクをして、白衣を着た真凛様。
な、なんという神々しさ。
まさに白衣の天使ですね!
さすが天下無敵のアイドル、マオト様の妹!
「…………」
室内には患者がびっしり。
ベッドの上は重症患者ばかりのようだ。
真凛様が治癒を掛けると即座に回復するので、次々運び込まれる。
だが、治癒は一人一人にしか掛けられない。
お嬢様は通常の解熱薬を、真凛様が一休みする間に飲ませていくくらいの事しか出来ない、と言っていた。
それでもだいぶ違うだろう。
特に、十年前よりは薬の性能も上がっているし。
「わたし、まだ大丈夫です。ローナ様は隣の部屋の患者さんにお薬を……」
「ダメです。本来ならば、巫女様にこのような場に来て治療をお願いするのも心苦しいところですのに……」
「わ、わたしは気にしません! それに、お手伝い出来る事があるの、嬉しいです」
天使かな?
「ダメです」
「…………」
さすがうちのお嬢様。
揺るぎない。
「ヴィニー、巫女様を休ませて差し上げて。……町の方をご案内しても良いけれど、出店には気を付けるのよ」
「! かしこまりました。真凛様、参りましょう」
「え、で、でも……」
「良いから良いから」
お嬢様は仕事モード。
真凛様の肩を後ろから押して退出する。
「だ、そうですから、で店を見て参りましょう!」
よし、ここは俺が引き受けます! お嬢様!
謎の多いお嬢様ルートには入れませんのでご安心ください!
ふふん、ストーリーさえ把握していれば、俺がバッドでしかない『トゥルーエンド』に突き進む事などない!
『オズワルドルート』のバッドエンドも戦争での片方、あるいは両方死亡だけというしな!
……ふと、思うけど、それならハッピーエンドはどうなのだろう?
重要なのはお嬢様の破滅エンドを回避する事だけだったから、ヘンリエッタ嬢にそこんところは聞いてないや……。
あ、いや、今はそれどころじゃないか。
「え、ええと、でも出店は今ローナ様に気を付けろって……?」
「え? あ、ああ、あれは危険という意味ではありませんよ? せっかくアルバイトでお金を貯めておられたのに、使い過ぎですっからかんにならないように、という意味です」
「!? ……ロ、ローナ様は口下手な方でもあるんですね……?」
これは——!
お嬢様が『悪役令嬢』として真凛様に怖がられている……!?
いかん、フォローしなければ!
「そ、そうですね、そういう時もあります。俺にとってはご褒美レベルの厳しいお言葉もありますが、普通の方にはちょっと怖く感じるかもしれませんね」
「ご褒美……」
「ええ、ご褒美。慣れるととてもお優しい方だとお分かり頂けるかと!」
「あ、はい。それは、分かります。ローナ様とヘンリエッタ様は毎晩ご飯に誘ってくださいますし……」
……ああ、女子寮に俺もご奉仕に入りたい……。
なにそれ、お嬢様の夕飯にご奉仕に行きたいよぅ……。
ハッ!
いやいや、仲良くなったらダメじゃね!?
お嬢様のルートに真凛様が入ってしまってる!?
け、けどヘンリエッタ嬢も一緒か……なら、大丈夫、なのかな?
むむむむむ?
「ちなみに出店は町の中央広場付近に密集しておりました。歩きですが、大丈夫ですか?」
「はい。ついでに具合が悪そうな人は治癒していきましょう!」
積極的すぎて心配になるな。
お嬢様が俺を付けたのはそういう理由か?
あ、俺を付けたといえば……。
「真凛様、そういえば治療院にはお一人でしたね? 他の従者や従者候補は一緒ではなかったんですか?」
「えーと、レオハール様はお城での試食会で抜けられない」
うん。
それは俺も聞いている。
「エディン様とライナス様は騎士団のお手伝い」
うん。
それも聞いてる。
あの二人は卒業後、しばらく騎士団で箔を付けねばならんらしいから。
「スティーブン様は宰相様のお手伝い」
うん、それも聞いている。
城の方は貴族が集まるから、宰相様は後継のスティーブン様を教育したいらしい。
「ケリーくんとルークくんは東区の方の試食会、ヘンリエッタ様は西区の町の試食会のお手伝い」
うん、それも聞いているな。
ケリーは旦那様の手伝い。
ヘンリエッタ嬢はお父上であるリエラフィース侯爵の手伝いという具合だ。
「ハミュエラくんとアルトくんは外出不可!」
「はい!」
あいつらはダメだ!
体の弱いアルトと、病気になっても気付かず重症化する恐れの強いハミュエラ!
あいつらは部屋から出さん!
レイヴァスさんとジャイルズさんにくれぐれもと念押ししてきた。
特にハミュエラ!
「ラスティくんは……ちょっと分かりません」
「そうですか……」
俺も分からん。
ラスティに関しては……仕方ない、男子寮に戻ってから大人しく部屋で待機しているか確認してこよう……一、二年公爵令息どもは!
「クレイたちは……」
「あ、レオハール様が城に招待するって言ってました!」
「さすがレオ……」







