初代女王の名
さて、勝手知ったるなんとやら。
去年まで顔パスで入っていた城だ。
門番には「マーシャを迎えにきました」と言えば笑顔でいれてもらえる。
で、真っ直ぐに応接間に通され、その間に応接間の暖炉の中、その中の壁の脇を押すとがちゃ、と音がして石の扉が開く。
城の隠し通路も結構教えてもらっているのだ。
燭台に火を灯し、それを頼りに降りていく。
そして、地下。
城の地下に広がる、城の一階と変わらない構造の廊下を進む。
夢があるよなぁ、地下牢から壁一枚隔てた城のもう一つの階層。
そこからさっきのような出口から外に逃げ出す。
そんなRPGゲームっぽいのやってみたいようなやってみたくないような。
「…………」
以前、レオに教わった時には二度と来る事はないと思っていたんだが……。
南のクソ長く、クソ狭い螺旋階段。
後宮の主柱の中だという階段だが、最上階まで登ると屋根裏のようなお堂に出る。
そこは奇妙な空間。
扉を開ければ土が敷き詰められ、花が咲き乱れている。
窓は締め切られて、光は入るが風は入ってこない。
ここは手入れをする人間もいないのに四季の花が年中咲き乱れ続けるそうだ。
そして、その中央に眠るのが『クレース・ウェンディール』……その遺体。
「…………クレース」
彼女の血から作られた『血石』は盗まれてしまったが、クレースの名を借りたくなったらここに来れば良い。
レオにそんな風に言われて、誰が来るかと思ったが……。
「……名前を、お借りしたい」
すぐに返せば良い。
そう思って彼女の前に膝をつく。
禁書庫に行くには『クレースの名』が必要。
「…………」
一応『名の借方』を教えておくね、と言われたのは去年の末頃だったか。
少なくとも『王墓の檻』に行く、少し前だったと思う。
絶っっっ対いらん。
と、思っていたが、こんな形で一人で実行する事になるとはな。
いや、すぐ返すけど!
そして、名前を返せばもう二度と借りる事は出来ない。
『禁忌の力』はそもそも借りなきゃ良いし!
そう、名前だけ、名前だけをちょーっとだけ借りるだけ!
跪いて、手の甲に口付けする。
そう、これだけで借りられる、らしい。
「…………これで、借りられたのか?」
立ち上がって彼女の遺体を眺める。
うん、気味が悪い程生きているような感じで怖い。
死体に……手の甲とはいえ口付けるのもオェーだったんだが、改めてこの黒髪のお嬢さんを見下ろすとその美しさに寒気がする。
目を閉じているから瞳の色までは分からないが、切り揃えられた前髪と長い髪。
血の通ったようなベージュの肌。
キリッとした眉。
「すぐに返しに来ます」
名前。
俺には、要らないものだから。
そう呟いて部屋を出……
「!」
ん?
なんだ、今……背中光った?
というか、今、背中を押されたような感じがした
……よ、うな?
「気のせい、かな?」
しかし、なんだか変な感じだ。
形容し難い。
もやもや?
ふわふわ?
もこふわ?
うん、胸の中がな?
良いや、気にしない。
アルトやアルトの母上様を救う為にも『スズルギの書』のオリジナルに希望を託すしかないんだ。
えーと、禁書庫は一階の図書室の真下、だったはず。
ここだな。
「………………あれ? 空いてる? ……いや、もしかしてこれが『クレースの名』の力かな?」
ノブを回せば普通に開く。
入ってみると、なんとも不思議空間だな。
なんかこう、魔力的なものに満ち溢れているというか……そうか、これが魔力。
そしてこの感じは——クレース。
「……、……力の満ちる感覚……そうか、これが『名を借りる』という事か……」
つまり『名を借りる』のは成功したって感じか?
うわぁ、レオって二十四時間三百六十五日こんな感覚なの?
だとしたらすごいわこれ。
…………成る程、いや、うん、これは確かに……手合わせであっても本気は出せなくなるな。
確実に、手加減しても……例え相手がエディンやライナス様であっても……下手したら、殺してしまう。
一切減る様子のない活力とでも言えば良いのか。
むしろ時間が経てば経つ程、元気になって体が軽くなるというか。
「…………っ」
力の加減、気を付けないと。
ここの禁書庫は貴重な本しかないだろうし。
しかし、暗くてよく見えな——……。
「え?」
燭台を上に掲げると、頭上のシャンデリアが突然光る。
壁のランプが点灯して、一瞬で書庫は明るくなった。
うわ、ええ?
なんだこれ、ま、魔法……。
「……魔法……」
まさか。
いや、しかし……初代戦巫女……初代女王……その存在は『王家信仰』にまで発展した。
人間でありながら百五十年を少女の姿で生き、国を信仰心で平定し治めた女王。
これもまたその奇跡の断片だと言うのなら——。
「…………」
王家の力……『クレースの名』、『記憶継承』、『禁忌の力』……。
五百年前の戦争を生きて帰ってきた女。
「スズルギの書の場所」
呟いてみると、僅かに光の粒が現れてとある個所がほのかに光る。
……マジか。冗談のつもりだったのに……!
「…………マジか……」
その場所まで行ってみる。
階段を登ってすぐの場所に、その書はあった。
全十冊。
半分は料理。
一冊は武の指南書。
これは、読んでみよう。
一冊は生活の指南書。
なんじゃこりゃ、いらん。
一冊は戦争に関する情報。
うん、これも読む。
一冊は薬に関する情報。
これこれ、これが見たかった。
最後の一冊は——……。
「魔法に関する書……!」
スズルギの書に魔法の指南書!?
思わずこれも手に取って、一階のテーブルに戻る。
若干魔法の指南書には興味が勝り、読みたい衝動に駆られたがいやいや……まずは薬の指南書だろう。
紙で作られた表紙。
端に穴を開け、紐で括ったタイプの本。
表紙を開く。
「っ……」
た、達筆すぎて読みづるぇえええぇ!
なんだよこれ、他の書と比較にならん読みづらさ!
え、ええい!
目次、っぽいところから虚弱体質に効く薬、みたいなやつを探して……!
「あ、これかな……? ん、いや、これも? ……いや、こっちも? は?」
なんだこれ、ほとんど虚弱体質改善の薬ばかりじゃないか?
時々の症状によっての配合の変え方。
季節により、使える薬草。
その加工の仕方。
い、いや、うん?
ま、まあ、はい……とても、参考に……いや、なりまくりな程になるけれど……。
これ、ゲームの補正か何かなのか?
アルトに御誂え向き過ぎるんですけど……?
「ま、まあ、良い。メモしていこう……」
し、しかし、まさかこんなに詳細に大量の情報が載っているとは思わなかったからな〜。
メモする紙は一枚しか持ってきてないんだよなぁ〜。
それに、戦争、剣の流派に関する指南書、そして魔法に関する書……これらも目を通したい。
くっ、薬の事だけメモって名前を返して、マーシャを回収して帰る予定だったのに……。
「仕方ない……また来るしかない」
多分持ち出しは出来ない。
勘、のようなもので分かる。
ここは『クレースの領域』だ。
『クレースの名』を持つ者以外は使えない場所だし、ものの持ち出しも許されない。
力の加減は、難しいが慣れればどうという事もないようだし……まあ、戦いは別だろうけど……日常生活は難しくないな。
本を元の位置に戻して、次に来る時はノート一冊……いや五冊くらい持ってこよう。
あっちの料理指南書ももしかしたら良い和食の作り方が載ってるかもしれない。
そして偶然を装ってラスティにあげれば、これまでのコレクションを焼かれたラスティも少しは元気になるだろう。
あれ以来さすがに少し元気なかったもんな。
「もう少しだけ借りておきますよ、クレース女王陛下」
そう言い残して、禁書庫を出た。
『ええ、いくらでも』
気のせいだろう。
そんな事を、笑みを浮かべた唇が返してきた気がする。
異様な程に『クレース』が近くにいるようだ。
気味が悪い。
「ふっ……これが、女王か……」
女王クレース。
その、加護というやつか。
さっさと突っ返したい。
いや、マジで。







