クレイとお嬢様【前編】
今日はいよいよ『戦巫女様歓迎パーティー』の前日。
そう、クレイを事前にお嬢様と引き合わせる日である。
ああ、なぜこんな危険な橋を渡らねばならないのか……!
仕方がない。
レオの婚約者に、クレイが会わないわけにはいかないのだ。
それもこれもクレイがお嬢様にレオが隣にいるにも関わらず一目惚れしてその場でプロポーズするという最悪の事態を避ける為……!
考えただけで最悪すぎるからな……。
「…………」
ホンットーーーッに最悪すぎるからな……!
考えただけで絶望しかない!
なんで悪役令嬢のお嬢様にそんな乙女ゲー展開が起こらなきゃならんのじゃー!
そこは普通にヒロインたちで良いじゃねぇかああぁぁ!
ああでも本当、うちのお嬢様からしたら破滅以外の何物でもない展開!
しかもそれが序盤で起きるとかやっぱり解せぬー!
「はあ……」
「あら、どうしたの? 溜息なんて吐いて……。悩み事?」
「お、お嬢様……。い、いえ、少し肩が凝ったような気がして?」
ああ、今日だけは……今日だけはお嬢様のそのお美しさが悩ましい……。
お茶会の準備はほぼ終了。
別邸のお庭も色々な花が咲いて整えられているから、お屋敷と遜色ない。
あとはお客様をお迎えするのみ。
なのだが……。
「貴方は本当によく働くものね……。あまり無理はしてはいけないわよ」
「はい、肝に銘じます」
社畜属性はないから大丈夫です。
ただ、やりたい事が多すぎる。
やりたい事をやりたいだけやっちゃうから、あくせくしてるように見えるのだろう。
……ん?
お嬢様、そういえばまだお茶会まで時間があるのにどうしてここに……。
「……ヴィニー、実は相談があるのだけれど……」
「え? は、はい?」
お嬢様が俺に相談!?
「貴方には、向いていないと分かっているのだけれど……」
「は、はい?」
俺に向いてない相談って何!?
「エディン様やスティーブン様に申し上げるのは、なんとなく……はしたない気がして……。けれど、貴方になら……」
「は、はい……」
え? 何?
ほ、本当に何!?
顔がどんどん赤みを増しているような……?
「レ、レオハール様とお出かけの件なのだけれど」
「は、はい」
「や、やはり行かねばいけないと思うの。ルティナ様にも言われたし、周囲に……その、レオハール様とわたくしが……こ、こ……」
あ、なんか一気に赤くなった。
「婚約者であると……」
…………。
うちのお嬢様ってこんなに可愛い人だったっけ?
どちらかというとお美しい人だったと思うのだが。
なんだか湯気が出そうな事になっているなぁ。
「あ、ああ、はい、そうですね。俺もお嬢様とレオハール様のお出かけは必要な事だと思います」
「そ、そ、そうなのです。一月は……一月は仕方がありません。王家は儀式が大変多いのですから。ええ、だから一月は仕方がないのです」
「はい」
「そ、それに二月も……今月も仕方がありません。一月に滞ってしまったご公務もおありでしょう。三月も予算などでお忙しいと思います。ええ、今月と来月は仕方がありませんわ」
「……はい」
「四月も、年度が変わりますから、お忙しいでしょう。……で、ですから、五月……もしくは六月なら、ど、どうなのでしょう。その辺りでしたら……と、お、思っているの、わたくしは。レオハール様に、あ、貴方から予定をお伺いしたり、出来るかしら……?」
「…………お嬢様、それはちょっと遅すぎるのでは」
五月? 六月?
いやいや、今二月だよ?
仰る通り、今月も来月もその次も忙しいとは思うけど……そんなに待ってたらケリーが腹に据えかねる。
それでなくとも丸一ヶ月放置な状態……いや、一月は仕方ないのは俺もケリーも分かってるけど。
「…………。けれど、ご迷惑にはなりたくないの」
「分かりますが、あまり時間を置いてしまいますと殿下がお嬢様を重要視していないと思われかねません」
それでなくともお嬢様はエディンに五年も放置されていた。
こ、この方ちょっと婚約者に放置されるの慣れすぎてやしないだろうか……。
うん、そう、エディンの事もあるし、レオにはきちんとお嬢様を構ってやって欲しい。切に。
「……そうね……周りにはそう思われてしまうかもしれないものね……」
「そうです。ええと、そうですね、分かりました。俺の方でも殿下にお出かけの件はそれとなく申し上げておきます」
「え、ええ……」
「…………。どこか行ってみたい場所などあるのですか?」
お嬢様の希望があるなら伝えておけばいいよな?
ヘンリエッタ様との、デートはなんか……本人も観に行きたかった劇だったし?
でもお嬢様の興味のある事って園芸、医療系、お料理系……。
デ、デートにどう活かすのだろう?
「……行ってみたい場所……。そうね、亜人の住処には行ってみたいわ」
「はい?」
なんて?
え? 聞き間違い?
「これから共に歩む相手だもの。相手の事を知ろうとするのはおかしな事?」
「い、いえ、で、ですがせっかくのお出かけなのですからもう少し、こう、別な場所の方が良いのではありませんか?なんか仕事っぽいですから、それは」
「そ、そうね……視察のようになってしまう、わね。純粋に興味があったからつい……。しかし、そうなると……どこへ行くのが、良いのかしら……」
「そ、そうですね……」
いかん、なんかお嬢様からもワーカホリックの気配を感じる……!
休日も仕事するタイプ!
うう、しかし鈍器な俺には他に若い男女がどんな場所にデートへ行くのか、代案が浮かばない!
この世界には遊園地もないしな〜。
ケリーってヘンリエッタ様とデートする時、どんなところに行くんだろう?
観劇……は、王太子のレオは気軽に行けないと言っていたしな。
うーん?
「お、お調べしておきます」
「え、ええ、お願い……」
終了。
……んんん〜!?
なにこの変な空気〜!
「音楽会はいかがですか」
「「ひっ!」」
「そんなに驚かないでください」
「あ、ケ、ケリー。あ、ああ、驚いた。……音楽会?」
俺もびっくりした。
庭に出て来たのはケリー。
まあ、主催なのでいるのは不思議ではないが……いや、いつから聞いていた?
じとりと睨むが無視!
でしょうねー!
「ダモンズのやつにチラシとチケットを二枚渡されたんです。義姉様いかがですか?」
「今月の末ね。……まあ、ウエストからわざわざ来た音楽団なのね。興味深いわ。あちらは文化芸術に優れていると聞くもの」
「ええ、なんでも今回ウエスト地方の音楽団が王都に来るのは初めてだそうです。なにしろ楽器ごとの移動ですから、これを逃すと二度と拝聴の機会はないかと」
「…………」
ウズ……。
と、お嬢様の顔が興味で昂ぶっておられる。
さすがケリー……有言実行の男……!
「ちなみにレオハール殿下のご予定は空いているそうですので」
「!? あ、貴方、レオハール様のご予定を調べたの!? どうやって……」
「…………。ははははは」
「笑ってごまかして良い事ではないわよ、ケリー」
「失礼致します。お嬢様、ケリー様。スティーブン様とエディン様がいらっしゃいましたよ」
ガラス扉を開けてルークが現れる。
今日は仕事なので、黒い燕尾服。
あれ? なんか……背が、伸びた、か?
育ちが俺と同じスラム街なのに、なんとも気品が出てきた。
やはり血筋なのかねぇ?
「……仕方がないわ。この話はまた後ほど」
「それも良いですが……義姉様、気を付けてくださいね」
「なにを?」
「亜人の長殿は大層顔立ちの整った方ですから、うっかり一目惚れなどなさらないでください」
「……なにを言い出すかと思えば……。そのような事ありえないわ。…………。ケリー、今日はどうしたの? なんだか……」
「では、俺はお出迎えに行って参ります」
「あ……」
ケリーにしては、少し様子が変ではあった。
だが、あいつも緊張しているのだと俺には分かる。
ルークも心配そうに俺とケリーの出て行った扉を交互に見るが、俺は安心させるように微笑み返す事しか出来ない。
運命の瞬間は、すぐそこまで迫っているのだ。







