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お嬢様と俺と入学の日…の夜【後編】



「で、蒸らす。蒸らし時間は茶葉の量、大きさ、種類、飲む方の好みで変わる。今回使ったのは細かくした茶葉だから大凡3分から5分。秒で味が変わるから、時計を見ながら蒸らすこと」

「は、はい!」


お嬢様へ美味しいお茶を淹れたい、と言われれば俺だって断るわけにはいかない。

男子寮の食堂の厨房を借りて、マーシャにお嬢様の好みのお茶の淹れ方を伝授する。

あ、因みに男子寮の管理人さんにはマーシャにお茶を淹れる訓練を付けるので、それまでの滞在は許可してもらった。

合間合間、しっかりメモを取る真剣な眼差しに一度頷いて、懐中時計で時間を計る。

だが、それにしても気になることがもう一つ…。


「で、御三方はお部屋でお休みになられなくてよろしいのですか?」


何故か厨房のカウンター越しに…スティーブン様、ライナス様、クズ野郎…エディンがこちらを眺めている。

寝ろよお偉い貴族様。

もう21時回るぞ。


「はぁ、勿体ない…。…こんな美少女が暴言執事の“いもうと”とは…」


このどすけべクズ野郎、まさかまだマーシャを諦めてねーのか?

殺すか? 殺しておくべきか?


「わ、私はもう少しマーシャとお話をしてみたいな〜…なんて…」

「あ! わたしも!」

「集中しろ」

「……ご、ごめんなさい」


スティーブン様…。

確かに話の合う友達は男子寮では見つかりづらいでしょうが…!

ヤベェ、頭の痛い事になったな〜…。


「ヴィンセント、ちなみにその茶は淹れた後どうするんだ?」

「……蜂蜜茶にして差し上げましょうか?」

「い、いいのか⁉︎」


…分かりやすいんだよライナス様…。


「え、いーなー、蜂蜜茶。わたしも飲みたいっ」

「お前なんぞに高価な茶葉は勿体無い。蜂蜜ミルクで十分だ」

「わぁい! 義兄さん大好き〜」

「騒ぐなやかましい。ほら、蒸らし時間が過ぎるだろう」

「は! はいっ!」

「は、はちみつミルク…」

「……………」


…食堂で羨ましそ〜に指を咥えるスティーブン様。

ああ、もう、ハイハイ…ライナス様ばっかりずるいですよね、お作りしますよスティーブン様の分の蜂蜜ミルクも!

でも、夜なので紅茶ではなく淹れたのはローズティー。

お嬢様が夜に一番好まれて飲まれているお茶だ。

これに蜂蜜入れても平気かな?

…ま、不味くはならねーだろ、多分。


「どうぞ、ライナス様。マーシャが淹れた物なのでお味の保証はしかねますが」

「おお! ありがとう!」

「義兄さんひどいっ!」

「ほら、お前には蜂蜜ミルク」

「わあい、ありがとう義兄さん!」


…我が義妹ながらチョロい。


「スティーブン様も如何ですか?」

「い、いいんですか…? あ、ありがとうヴィンセント…っ」


……笑顔が可愛い…。

恐ろしいお方だ、スティーブン・リセッタ…!


「おい…」

「ナンデスカ、エディンサマ」

「なんでこの2人には飲み物があって俺には出ない⁉︎」

「むしろなんでご自分の分も出てくると思ったんですか? 胸に手を当てて己の行いを振り返ってみろ」

「き、貴様っ!」

「ま、どーしてもと言うのなら? お嬢様との婚約解消を約束して即実行してください。蜂蜜ミルクくらい差し上げますよ」

「あれは俺ではなく父上が進めた婚約だ! 父上に言え!」


む……道理…。


「…うん、美味い。だが、ローナ嬢の誕生舞踏会で飲んだものの方がやはり美味かったな」


でしょうね…。

あちらは来客用のリース家最高級茶葉と、リース家養蜂で採れた蜂蜜を使ってますからー。

レオハール殿下も虜にする美味しさは、リース家印でペットボトル販売すればさぞや儲かると思………この世界じゃ無理か。


「時にヴィンセントはディリエアスとローナ嬢の婚約を解消させたいのか」

「理由は申し上げずとも、わかっていただけるかと」

「うん、まあ、そうだな」

「…そうですよね…」

「なんだその言い草!」


察していただけて何よりだ。

新たに蜂蜜ミルクを作って、仕方ないがエディンにも出してやる。

マーシャがおかわりを言い出す前に、飲み干したカップを横取りして淹れてやった。

はぁ…なんか世話する奴らが増えたような気がする…。

俺はお嬢様のお世話をしたいのに…。


「…しかし、クズ…エディン様のお父上様に私が交渉しようにもそう簡単にはお会いできませんしね…」

「義兄さん、エディン様ってお嬢様の婚約者のクズ野郎だよね? 会ったのけ?」

「お前は何をトンチンカンなことを言ってるんだ? 目の前にいるだろう」

「え?」


俺だけでなくマーシャにまで「クズ野郎」呼ばわりされたエディンは、それでも蜂蜜ミルクの入ったカップを片手に不服そうな顔をしている。

整った顔はひくつっているが、実際ゲス行為の被害者となったマーシャからすれば元から印象は最悪だ。

最悪と最悪の印象が交わった時…。


「お、お前がお嬢様を5年も放置しくさったサイッテー男だったんけ⁉︎ し、死ね‼︎」

「なっ!」

「……そう言われても致し方のないことをしてきましたからね…エディンは」

「う、うるさいっ!」

「よく今日まで無事だったと思え」

「ぐっ、き、貴様ら…! 使用人の身分で…!」

「マーシャのおかわりでなければ蜂蜜ではなく死なない程度の苦痛を与える毒を入れています」

「⁉︎」


毒なんて持ってないですけど、と付け加えてやるがエディンの表情は青い。

ついでにマーシャの顔も青い。

自分が飲んでるモノにそんなもん入ってるのか、と不安になったんだろう。

だから入ってねーよ。


「…しかし、それならばローナ嬢にディリエアス公へ手紙を書いて婚約解消を頼んで貰えばいいのではないか?」

「お嬢様からのお断りの時期は過ぎてしまっているそうなのです」


それは何度も頼んだ。

主に誕生日にエディンが来ないことを理由に、何度も!

だが…お嬢様は恐らくディリエアス公というよりレオハール様を意識している。

レオハール様に…頼まれたから。

…レオハール様がお嬢様に「味方になってほしい」と言ったこと…今更だがあれがジワジワ効いてきてる‼︎

正直、今日のあのレオハール様の言動(妹姫に呼び出されて絶望感漂わせながら権力にあっさり屈した姿)を見てしまうとお嬢様がレオハール様の味方でいたいというお気持ちが若干分かってしまった!

ど、同情を禁じ得ない…。

くそ、さすがメイン攻略キャラ人気不動のNo.1…!

お嬢様のお心まで掴んでいる!

俺も妹がいる身として、げっそりする気持ち分からんでもない分、エディンの野郎ほど嫌いになれない!

なんたる難敵だ、さすが王子‼︎


「やはり貴様の性根を叩き直し、お嬢様を幸せにできる男に作り変える他なさそうだなぁ! このクズ野郎‼︎」

「は、はぁ⁉︎」

「あっ、あの……それなら、エディンの問題行動をリース伯爵様にご報告して…伯爵様からディリエアス公爵様に「こんな男に娘はやれない」とお手紙を書いて頂く作戦はどうでしょうか…?」

「天才ですかスティーブン様!」

「ス、スティーブお前ぇ! どっちの味方だぁ⁉︎」


そうか、その手があった!

旦那様経由ならお父上同士のお話合いになる!

お嬢様とエディンの婚約話以前はディリエアス公に旦那様が一方的に嫌われていたようだが、ディリエアス公爵はお嬢様に対して好感度は高い模様!

何故なら毎年お嬢様の誕生日や年末年始、王誕祭などにはディリエアス公爵からお手紙とプレゼントが届く!

息子は形式的な手紙のみなのに!

どうか息子を頼むと切々と書かれているその手紙は、ダメ息子を叱る事も出来ない馬鹿親ならではの心情が滲み出ていて非常に心苦しくなるものがーーーー


「いや、やっぱりテメェの性根を叩き直す! お嬢様の事もあるが、自分の父親をあんなに苦しめて良心は痛まねーのかこの親不孝なダメ息子‼︎」

「い、いきなり何の話だ⁉︎」

「何もかも全てテメェのクズっぷりが悪い‼︎ この諸悪の根元め…覚悟しろよ…必ず性格矯正してくれる…‼︎」

「な、なっ…」

「よ、よく分かんねーけど、義兄さんがんばれー! わたしは義兄さんを応援するよーっ!」

「俺も協力するぞ! ヴィンセント!」

「わ、私も…出来ることがあるなら…」

「なんなんだ貴様ら…! 余計なお世話なんだよっ‼︎」



と、話はこれでまとまったわけで。



「ほら、これ」

「?」


宿舎に帰るマーシャに、トレイに乗せた蓋のついたカップを渡す。

…不安はあるが…こいつにしか頼めない。


「お嬢様はまだ起きている時間だ。蜂蜜ミルク…」

「! 分かった!」

「気をつけて運べよ」

「うん!」


許可は事前にもらっているので使用人宿舎には行けるが…さすがに女子寮には行けないからな。

男子寮同様、女子寮は男子禁制。

使用人であっても男は入れない。

う う う …。

明日もまた会えるとはいえお嬢様の朝食の準備や食後のお茶をお淹れ出来ないことがこんなにも辛いなんて…っ!


「あ、スティーブン様! 恋愛小説について、今度絶対語り合いましょーね!」

「! は、はいっ」


…マーシャに友達が出来た。

よもやスティーブン様と友達になるなんて…。

うーん…『ヴィンセントルートのライバル役』とスティーブンって、関わりあったっけ?

ないよな〜?

どう考えても接点がないはずだ…。

どうしてこうなった?


「では、馳走になった! おやすみ」

「はい、おやすみなさいませライナス様」

「わ、私も寝ます。ご馳走になりました…ま、また明日…」

「はい、おやすみなさいませスティーブン様」


…ちなみにあのクズ野郎は飲み終えたカップを置いてそそくさと先に退散した。

明日から奴の矯正…さて、どうしてくれようか…。


「きゃあ!」


ガッシャーン!


…音に振り返るとまあ、予想よりも速いスピードでやらかしやがったマーシャの姿。

見送ったはずのライナス様とスティーブン様まで振り返って…呆気にとられている。


「……はあ……」



だがその前に、俺はまだ休めそうにないんだよなぁ…………。






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