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ケリーにバレた!【前編】



「いや、まあ、はぁ、そ、それは、まあ……」


 あ、頭が上手く回らない。

 さっきとはまた違う冷や汗が流れた。

 後退りしながら、近年稀に見ぬお怒りのケリーに割とガチで怯える。

 目が! 目が全く笑ってない!

 怖、怖い! なにこの子こんなに怖い顔する子じゃなかったよ!

 殺気が! 殺気が本物なんですけどぉ!?


「……で?」

「「っ」」


 ひっ、と声が漏れた。

 あのアンジュでさえ、スススス……と後ろに下がっていく。

 お願いアンジュさん見捨てないでください。

 ヘンリエッタ嬢も顔面蒼白。

 たった一言なのに俺もヘンリエッタ嬢も動けなくなった。

 へ、蛇に睨まれたカエル……。

 そんな言葉が脳裏に浮かぶ。


「なんか面白そうな話してんじゃん?」

「え、えーと、あのー……そのー……」

「ゲームとかシナリオとか難易度がどうとか……」


 うっ!

 割とちゃんと聞かれてる!

 ヤバイ、どうしよう!?

 ……ここは一か八か、ケリーに『フィリシティ・カラー』の事を話してみるか?

 お嬢様の破滅エンドの中でも『服毒自殺』があるケリー。

 こいつを味方に付けられれば、この『服毒自殺』は完全回避出来るかもしれない。


「あ、あのな、ケリー」

「そして何より聞き捨てならないのはヘンリエッタ嬢……」

「わたし!?」


 え、ヘンリエッタ嬢!?


「……その名前をどこで? そのお方のお名前は王家によって秘匿され、箝口令が敷かれてているはず。知っているとしても貴女のお父様辺り。そしてご自身の地位を思えば、いくら娘であってもその名は教えないでしょう。どこで知ったのですか?」

「……? な、名前? どなたの事……で、すか?」


 かなり恐る恐る、ケリーに質問を返すヘンリエッタ嬢。

 か、完全敬語がめちゃくちゃ怖い。

 しかし、言ってる意味はよく分からないな?

 俺もケリーを見詰めた。

 何の話?


「ここは学院の中ですから、ご説明申し上げるのは控えたい」

「え、ええと、あのう……」

「クレイともう一人、ルートがどうとかの前に名前を出していたでしょう?」

「オズワルド様?」

「…………」

「ご、ごめんなさい?」


 ケリーの眼差しが鋭くなる。

 慌てて口を両手で覆うヘンリエッタ嬢。

 な、なんだ、ケリーが警戒していたのはオズワルドかぁ。

 …………。

 いや、だからなんで?


「ケリー? あの……」

「お前も軽率だぞ、ヴィンセント」


 げ、激おこプンプン丸……なぜ!?


「あの方の事は箝口令が敷かれていると言っただろう。お前はともかく、変な噂が立てばヘンリエッタ嬢には咎が下るし……」

「ハッ!」


 そ、そうだった!

 オズワルドって俺の事だった!



 ――オズワルド・クレース・ウェンディール。

 俺の、本来与えられるはずだった名である。

 幼少期、物心付いたばかりの俺はすでにスラムに住んでいた。

 親の顔など知らない、その辺の子どもと同じく捨て子だったのだ。

 実はそのスラムの人たちが墓から「赤ん坊の泣き声がする」と助けてくれたらしい。

 その墓というのは王族と高位の貴族が埋葬される方法。

 なんかレンガ状の古墳っぽいやつ。

 この墓に入れられるのは高貴な存在のみ。

 何らかの理由で仮死状態になっていた俺は死んだものと見なされ、墓に埋葬された。

 だが、仮死状態から無事回復。

 泣いていたところを保護されたのだ。

 彼らはそれが高貴な地位の人間の墓とは知らず、ただ泣いて閉じ込められていた赤ん坊を助けた程度に思っていた。

 だがそれを突き止めた、リース家の旦那様。

 更に『契約した王家の血筋の者』が分かる、女神エメリエラにも『王家の血筋なのだわ』判定をもらってしまった。

 もっというと、陛下の正式な婚約者で、最初は正妃であったユリフィエ妃は黒髪黒目。

 金髪碧眼の多いと言われる王家の中でも稀有な色の髪と目であり、こちらはこちらで沈黙と平穏の女神プリシラのご加護が与えられるとかで縁起がいいらしい。

 まあ、その、つまり……俺は最も正当な血筋の王子……という事だった、そうです。

 だが今更そんな事を言われましても?

 俺はリース家で使用人として拾われるまで、文字の読み書きもろくに出来なかった捨て子だし?

 レオと違って王族としての立ち居振る舞いやら、何やらを学んできたわけでもないので?

 ついでにお嬢様にご奉仕出来ない生活なんて考えられないし?

 全力でその地位から逃げる事にしたのである。




「本当に困ったものだな。忘れていたのだろう?」

「うっ……! も、申し訳ございません、ケリー様」

「今更取り繕っても遅い! ……と、ならなきゃいいなぁ?」

「ううう……」


 そうだった。

 俺……オズワルドの存在は秘匿されている。

 ユリフィエ妃が“そもそも流産して産めなかった”事になっているからだ。

 そのせいでユリフィエ妃……今は実家に戻られ、ユリフィエ様となっているが……彼女は心を病んでしまった。

 それはとても心苦しい。

 俺は生きているし、こうしてピンピン健康なのに。

 彼女はずっと自分を責め続けているのだ。

 陛下ちちの事はどうでもいいにしても、彼女の事は……。


「ともかく、変な噂が流れれば王家から良い顔などされませんよ、ヘンリエッタ様? 意味は分かりますよね?」

「……は、はい、すみません……」


 そ、そうだな。

 王太子……次期王はレオに決まっている。

 ここで『オズワルド』などという存在が出てきては、例え陛下がお決めになった事であろうとその存在を持ち上げてくる者が必ず現れるだろう。

 実際、偽者のマリアンヌが次期王女と決められ、レオには王位継承権すら与えられていなかった頃でも『レオハール王子を次期王に』という声があったのだ。

 まあ、あれは偽者のマリアンヌが色々酷かったのもあるだろうけど。

 戦争はもう来年に迫っている。

 そんな中、王位争いなどしている場合でもない。

 そんな噂が出回り、その出所ともなれば……「余計な事しやがって」と怒られるのは目に見えている。

 当然足の引っ張り合い大好きな貴族からは、ここぞとばかりに狙われるだろう。

 なるほど、ケリーが怒るのも……無理はない。


「も、申し訳ございません、ケリー様。あたしが止めていれば良かったのですが……その……」

「そうだな、以後気を付けろ。……で? それはそれとしてヴィニーは人の婚約者と随分盛り上がっていたな?」

「え、えーと……」


 話題が戻ったァー!

 やはりごまかせなかったかぁー!

 ですよね! さすがうちのケリー!

 アンジュすら一蹴するとか、俺の知ってるクソガキのケリーはどこへえぇ!?


「……ヘンリの言っていた『ティターニアの悪戯』と何か関係あるのか?」

「…………」

「俺には話せない事?」

「…………」

「……クレイがうちの義姉様に一目惚れするとか聞こえたけど?」

「「うぐっ!」」


 わ、割と前から聞いてらっしゃるぅうぅ〜〜〜!


「さすがにそれは困るな? レオハール様との婚約が内定したばかりだ。でも、よくクレイが義姉様に一目惚れする、なーんて、分かるなぁ?」

「…………」

「あ、あ、あの、ケリー様、このお話も、その、少々アレなのでこちらでは……」

「アンジュ、それは俺が聞いてから判断する事だ。さっきの話と違って俺が聞いても分からない事だらけだったからな。疑いたくはないがヘンリが今更義姉様を脅かそうと、何やら面倒な事を画策しているというわけでは……」

「違うわ!」

「なら教えてくれるよな?」

「……あ……」


 にっこりと、優しい声色でヘンリエッタ嬢を諭すかのようなケリー。

 なんかますます俺たちの側不利じゃね?

 俺たちの側だけ気温が下がってません?

 アンジュすらぐうの音も出ない。

 どれほどの沈黙か。

 最初に折れたのは…………俺だ。


「分かった、話そう」

「ヴィンセント!? い、いいの!?」

「こうなるとしつこいし、逆にケリーには知っててほしいとも思っていたんだ。うちのお嬢様の未来の為にも」

「義姉様の未来の為……?」


 何しろケリールートはめちゃくちゃ謎が多い。

 主になんでお嬢様が戦巫女を虐めるのか、それはいくら考えても分からなかった。

 お嬢様が虐めなんてするはずがない。

 そして、その結末が服毒自殺……。

 断じて容認出来ません。

 だから、ずっとケリーに「戦巫女を選ぶのはやめてほしい」と頼めたら楽なのにと思っていた。

 これは、ある種チャンス!


「えっとな、信じられないかもしれないんだけど――」



 俺はケリーに全てを話す事にした。

 ヘンリエッタ嬢が色々証言してくれるので、俺だけで説明するより信憑性も説得力も高い。

 長い話になるので所々省略はしたものの、重要なところはまとめて説明出来たはずだ。

 ……そして、それらを聞き終えたケリーは……。


「…………つ……疲れてるの? お茶飲むか?」

「想像通りの反応ありがとうよ! 疲れてねーよ! 本当の事だよ!」

「ああ、いや、別に冗談とかは思ってないんだけど……」

「嘘つけ!」


 訝しいどころじゃねぇ顔してんじゃねーか!

 ああ、どーせ信じてもらえないと思ってたよ!


「本当だって。ヘンリの事もあるし冗談の類だとは思ってない」

「じゃあ本格的に俺がイタイ妄想してると思ってるって事じゃねーかざけんなよ」

「まあ、それはちょっと思ったけど」

「おおい!?」

「だって乙女ゲー、ム? 俺とお前と、エディン・ディリエアスとレオハール殿下が攻略対象で……戦巫女が俺たちと恋に落ちて戦争を有利に進めるとか……そりゃ、親密度は必要っぽい話は出てたけど、恋愛っていうのは、なあ?」

「……まあ、そうだけど」

「…………」


 ヘンリエッタ嬢が不安げな表情。

 というより、なんか悲しそう。

 佐藤さん……まさか……。


「お、お腹痛いんですか?」

「ヴィンセントさんはちょっと黙っててくれますかねぇ」

「黙りますすみません」


 ……あれ、なんか間違えた?

 アンジュにど突かれたんですけど!?


「……ふーん……。それで、その、キャラのルート? 俺たちにはそれぞれストーリーがあるって事?」

「そ、そうよ。ケリーは、あの、帰れなくて泣いている巫女様を見かけて……それで慰めているうちに放って置けなくなって……恋に落ちていくの」

「…………」


 ヘンリエッタ嬢の説明にケリーが微妙な表情をする。

 俺もあまり見ない思案顔。

 目を逸らして、腕を組むケリー。


「なるほど。俺ならありえる」

「!」


 などと自己分析まで始めてしまうし。

 っていうか、ありえるんかーい!?


「お、おい!」

「落ち着け。確かにそんな風に泣いている姿を見たら、放って置けないだろう。紳士としても」

「う、ま、まあ、そうだろうけど……」

「それに、戦争に勝った巫女殿が公爵の爵位を賜るとなると……ヘンリより巫女殿と結婚した方が得と言えば得だ」

「おおい!?」

「…………」


 俯いてしまうヘンリエッタ嬢。

 彼女に寄り添うアンジュが、ついにケリーを睨み付ける。

 なんて事言うんだ!

 お前がそんな奴だったなんて!

 つーか、いつからそんな風に考える権力大好き貴族になりやがった!?

 そんな子に育てた覚えはありませんよ!


「……でも残念ながら、俺が最初に泣いているところを見て、放って置けないと思ったのはそこの彼女だし……恋愛するならこの人がいいと思ったのもヘンリ……エミだ」

「…………っ」


 ……エミ……。

 今、エミって呼んだ。

 ケリーは、ヘンリエッタ嬢の中にいるのが佐藤さんだと知っていたのか……。

 知っていた上で、婚約したのか、こいつ。


「それに爵位云々は陛下に公爵の地位を与えたいとも言われているし」

「!」


 そうだった!


「まあ、その辺りはまだ義父様の領分だ。相談はされたが最終的にどうするのかは義父様が決めるだろう。戦争の事もあるしな……」

「ケリー……」

「だから、まあ、その辺りの事は了承した。ストーリーとかいうゲームの強制力? が、あるかもしれない、という話はな。で、その続きだ。俺が巫女殿と親しくすると義姉様が巫女殿をネチネチ虐める?」

「あ、え、ええ、そうよ。巫女様は異世界の人だから、淑女として全ッッッ然ダメダメなところからスタートするの」

「…………まあ、確かにあの堂々と生足を曝け出すところとか、テーブルマナーもめちゃくちゃだったし、言動も淑女とはかけ離れていたな……」


 と、頭を抱えるケリー。

 そ、それには俺も同意である。

 特にあの生足は……!

 前世ならばいざ知らず、こう、貴族の世界と隣接して生活してきた今だとあの衝撃は半端ない!



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