それは事案だよ。
と、いう話をした約三時間後。
お嬢様たちの準備も終わって、俺たちがお茶会の場所に選んだのはアミューリア学園内にある植物園。
ガラス張りの温室は、冬でも暖かく日差しが気持ちいい。
ここも誰かの恋愛イベント発生地点なのかね?
ぱっと見うちのお嬢様やマーシャが好きそうな場所だぞ。
「えっ、これケリー様が作ったのですか?」
「ええ。時間がなかったので簡単なものですが」
「……す、すごいですね……」
ああ、やっぱりヘンリエッタ嬢の表情が自信喪失してる!
ケリーが作ってきたのはチョコチーズケーキ。
あの短時間で完璧に作り上げる技術……もはやシェフのレベルだぞケリー。
まあ、あそこは婚約者同士なので放置していいだろう。
問題は――。
「この方がスティーブン・リセッタ様です。宰相様のご子息で、一応男性なのですが……」
「ええ!?」
「うふふ、私は前世が女性なんです。あ、『記憶継承』についてはお聞きになりましたか?」
「あ、は、はい。エメリエラに聞きました」
「そうですか。私は生まれつき前世の女性としての記憶の方が強くて……自分らしく生きる事にしたのです。男や女というより私の事は『私』として接して頂ければ幸いです、巫女様」
「そ、そうなんですね……! な、なんかかっこいいです!」
「ありがとうございます」
ほ、微笑ましい……!
ここは楽園か?
ずっと眺めてられる!
「こちらはライナス・ベックフォード様です。この国の北……ノース地方を統治しておられる、ベックフォード公爵家のご子息ですわ」
「は、初めまして」
「初めまして、巫女殿」
「それとこちらがウエスト地方の公爵家のご子息でハミュエラ・ダモンズ様」
「ハミュエラでーす! ヨロでーす、巫女たそー」
「…………」
早い!
巫女殿をドン引きさせるのが早すぎるぞ、ハミュエラー!
ライナス様相手にきちんとお辞儀が出来た巫女殿が、顔を上げた途端に固まってる! 巫女たそって!
だから! こいつどこでそういうの覚えてくるの!? 怖!
「イースト地方公爵家ご子息、アルト・フェフトリー様です。ハミュエラ様とアルト様、ケリーは巫女様と同級生という事になりますわね」
「…………」
「あ、そ、そうなんですね。よろしくお願いします」
「はいはーい! 仲良くしようねぇ〜! たくさん遊ぼーよウェーイ!」
「…………」
腕を組んで巫女殿を睨むようなアルト。
そして、ノリノリで安定の喧しさを遺憾なく発揮するハミュエラ。
ハミュエラに対してはやはり巫女殿の笑顔が固まる。
だよな、ハミュエラのテンションはとりあえず身構えるよなぁ。
日本人なら尚更。
「そしてこちらの方が、来年から入学されるラスティ・ハワード様。サウス地方の公爵家ご子息ですわ」
「は、初めまして、巫女様……」
「初めまして……」
何という『人見知り同士の初対面挨拶』感。
ラスティって人当たりのいい性格設定じゃなかったっけ?
「ラスティとアルトとライナスにいにと俺っちは従兄弟なんだよー!」
「うぐう!」
「ウェーイ!」
「ぐえぇ!」
「こ、こらハミュエラ! やめないか!?」
あ、違う。
後ろにいたハミュエラが重かったのか。
何気に座っている状態で後ろから体重かけられると辛いもんなぁ、首が。
そしてなぜか巻き込まれるアルト。
頑張れライナス様。
俺はケーキカットで忙しい。
「ハ、ハミュエラ様、お茶はいかがですか?」
「飲むー!」
ライナス様の制止の言葉を完全スルーだったハミュエラを、華麗に引き剥がしたのはルークの言葉。
沈黙が流れる。
ル、ルーク、ハミュエラを上手い事操作してない?
いつの間にか成長したな……いや、でも、お前の主人はケリーでは?
ハミュエラの操作を上手くなってどうすんの?
いや、一人くらいあの空気クラッシャーを大人しくさせるスキル持ちがいるとありがたいけれど。
「巫女様、お茶をお淹れしました」
「あ、ありがとう、マリーちゃん」
お茶の入ったカップをソーサーに置いて差し出すメイドに、別な意味合いの沈黙が流れる。
特にライナス様とスティーブン様の表情は複雑というか、苦々しい。
多分、俺も同じ表情をしているだろう。
「あ、あのぅ、ヴィンセント……あれってレオ様はご存知、なんですか?」
「今朝エディンに伝えてもらうよう頼みました。そろそろお耳には入っているかと……」
「とりあえずしばらくは監視するという話になったのだ」
「な、なるほど。……ですが……」
スティーブン様の笑顔がすっかり引っ込んでしまう。
無理もないよな。
この人もレオと同じく『マリアンヌ姫』には随分色々言われていた。
立場が変わったとはいえ、目の前で平然としていられると確かについ眉は寄るだろう。
「ローナ様、あのメイドの事に関して説明を求めて構わないか?」
「ボ、ボクもお聞きしたいのですが……」
小声でお嬢様にごもっともな事を聞いて来たのは、アルトとラスティ。
ライナス様とスティーブン様も聞き耳をたてる。
しかしテーブルは隣同士。
巫女殿も近くに座っているから、確実に耳に入るだろう。
まあ、話題の当人は後ろに下がって立っている。
その姿はメイドそのものだが……。
「ヘンリエッタ様がリース家に嫁いで来る事になりましたので、リエラフィース家のメイドを募り、巫女様のメイドをその中から選んだそうです。その時に……」
「な、なるほど。だがまさか、その、知らなかったのか?」
「何やら思惑はあったようですけれど」
「思惑って、どんな思惑ですか……」
苦い顔が揃う。
お嬢様は相変わらずの無表情。
巫女殿だけは、去年の事も『マリアンヌ姫』の事も知らないから困惑顔。
いっそ説明しちゃった方がいいのでは……。
「あ、あのう、マリーちゃんってローナ様たちのお知り合いだったんですか?」
「…………」
ヒェ……!
巫女殿の発言に全員が凍り付いた。
あの場にいた、ライナス様とスティーブン様の顔は特に青褪める。
だっ、だって巫女殿、そ、それはっ!
「ええ、我が領地の町の発展の為に、雇っておりましたの」
「へえ、そうだったんですか!」
え?
何この地獄……怖い。
お嬢様は平然とした顔でお茶を飲む。
巫女殿は笑顔で納得したようだ。
しかし、周りの空気は明らかに極寒。
ラスティとライナス様の顔などあからさますぎる。
「し、しかし、セントラルに、と、いうかアミューリアに置いておくのは、その、危険というか……ふ、不都合が多いのではないか?」
と、珍しくオブラートに包み、ナイスな事を言ってくれるアルト。
うんうん、と頷くスティーブン様、ライナス様、ラスティ。
よ、よく言ったアルトー!
「え? どうしてですか?」
「どうしても何も……」
もご……。
と、さすがのアルトも口を噤む。
何と説明すればいいのやら。
「そりゃあだってあの子、マーシャと入れ替わりでマリアンヌとして育てられてた偽者だもーん」
「え?」
「……………………」
全員が絶句。
マフィンを片手にもぐもぐしながら戻ってきたハミュエラ。
安定の爆弾魔。
不発というより威力がでかすぎて、みんなフォローの言葉も出てこない。
ス、スティーブン様までも。
「おっ嬢様〜! ここの管理人さんにお花もらえたべさ〜!」
「あ、コラ、マーシャ! 走ると転ぶよ!」
そしてこのタイミングでテーブルに飾る花を持って駆けつける、マーシャとメグ。
な、なかなか帰ってこないと思ったら、まだ探していたのか〜!
「お、遅いしなぜこのタイミングで帰って来るんだお前はっ」
「え? 何がださ?」
「お、遅れたのは謝るよ。観賞用ばっかりだったから、なかなか飾る用のお花が見付らなかったんだってば!」
「そういう事じゃなくてっ」
メグよ、さり気なくしっかり言い訳しなくていい。
急遽決まったお茶会だし、ある意味身内のみの非公式なお茶会だ。
本当なら造花でもいいぐらいだった。
俺が一番辛いと思ったのはタイミング!
よりにもよってこの話題の時にー!
「……マリーちゃんが、偽物……? どういう事、ですか?」
「え、ええと……その……」
「わたくしからご説明しますわ、スティーブン様。ルーク、あなたはちょっとハミュエラ様をあちらでおもてなししていてちょうだい」
「は、はい! お嬢様!」
ガシッとルークに回収されるハミュエラ。
あいつ、ハミュエラっ、あいつ! 本当、本っっっ当ろく事しないな〜っ!
「マーシャがマリアンヌ姫様だと発覚する前まで、あの子がマリアンヌ姫様としてお城で育てられていましたのよ」
「え……!」
「ですから、わたくしたちも彼女とは面識がございます。ただ、今はもう身分というものが変わってしまいました。他の貴族の方々とて複雑にございましょう。知らなかったとはいえ、マリーは『王族』を騙り、大勢の人を謀った事になっているのですから」
「っ、ちょ、ちょっと待ってください、ローナ様! でも、それはマリーちゃんも知らなかったんですよね? それなのに騙したなんて言い過ぎです! マリーちゃんが可哀想です!」
うっ。
ま、まぁな、それは確かに……。
でもそれだけじゃないし、王族として育てられた割にはちょっとばかり……いや、かなり自覚がなさすぎた上、相当ヤバげなやりたい放題だったんだよ。
残念だが、フォローのしようがないほどに。
そこをうちのお嬢様が、罰を与えると称して引き取り、名を変えて新しい人生を生きるように示したのだ。
ある意味、あの子だってうちのお嬢様に救われた身。
なのにまた戻ってくるなんて、無謀という他ない。
エディンじゃないが、以前の振る舞いを思うと何を言われたりされたりするか、分かったもんじゃないんだぞ?
「ええ、ですから今は『マリー』というただの娘なのです。何も知らない、ただの一人の娘です。でも、全ての貴族がそれを良しとは受け取らないでしょう」
「そんな……」
俯く巫女殿。
あの『マリアンヌ姫』の事を知っている身としては、ド派手に「いやいやいやいや!」と言ってやりたいものがあるけど……巫女殿はアレを知らないんだもんなぁ。
はあ、一から説明して差し上げたい。
スティーブン様絶対俺と同じ事思ってるよ、あの仏のような笑顔は。
怖いわ〜。
「その、だから、巫女殿……悪い事は言わない、あのマリーというメイドはローナ嬢の領地へ返した方がいい。先ほども少し他の者と話したのだが、仕返しに酷い目に遭ってしまうかもしれん」
なんとお優しい事だろうか、ライナス様。
ズバァっとその事を巫女殿にお話しするとは……真の仏か。
慈悲深ぇ〜っ!
「わ、わたし、マリーちゃんに、聞いてみます……」
「え!? ご、ご本人の意思を聞かれるのですか!?」
「は、はい。やっぱり本人の気持ちが一番大切だと思うんです」
立ち上がる巫女殿。
俺たちの思いをうっかり代弁してくれたラスティ。
マジか巫女殿、マジか!?
ここまで聞いて本人の意思の確認!
マジか!
そして、本当にマリーに近付いて、小声で「マリーちゃんは、セントラルに残りたいの?」とストレートに聞いてるううぅーーー!
「「「さ、さすが異世界の民……」」」
と、セリフを被せてきた公爵家三名。
俺たちとは実行力の方向性が違う……!
ああ、出来ればマリーにはリース家の領地に帰ってほしいものだが……今朝の事を思うと、あの子残りたいって言いそうなんだよなぁ。
「うん、分かった」
という巫女殿の声。
ものすごく嫌な予感。
マリーの手を繋いで、こっちに連れてくるのーー!?
「あの、あの、皆さん、き、聞いてあげてください! マリーちゃんの気持ち……お願いします! ね、マリーちゃん」
「あ、あの、ご、ごめんなさい。謝って許してもらえるとは思っていませんが……。いえ、だからこそ、この国の為に戦巫女様のお力になりたいと思っております。皆様のお力添えを、どうかお願い致します」
「…………」
お辞儀したぞ、あの子。
反省、してる、という事か?
ちらりとお嬢様を見ると、いつもの無表情。
ただ、少しだけ驚いてる。
スティーブン様も無表情だが、目元はお嬢様よりも険しい。
あー、アレは一切信じてない顔だ。
でも、スティーブン様が疑っていてもこう言われるとここの面々は神妙な面持ちになってしまう。
うちのお嬢様はいつもの無表情ではあるけれど……。
「あのあの、わたしも巫女様に賛成!」
「マーシャ……」
「その、色々あったけど、同じメイド仲間だし、今は……」
「あ、えーと、じゃあ、あたしも?」
「メグ〜」
お嬢様はカップをソーサーに置いて、小さな声で「巫女様がそれをお望みなのならば」と告げる。
スティーブン様は目を逸らし、ライナス様は難しい顔でそんなスティーブン様へ近付いた。
肩に手を添えて、少し離れたテーブルへ。
まあ、ライナス様にしては賢明な判断かな?
「す、少し外します」
「はい、どうぞ」
ライナス様の言葉にけろりとお返事するお嬢様。
シーンと静まり返る茶席。
うわぁ、いつも空気を読むスティーブン様とライナス様があの様子だとめちゃくちゃ空気がおかしな事に……!
「え、えーと……」
で、取り残されたのはラスティとアルトとお嬢様、駄メイド二名と俺。
巫女殿と……マリー。
「あ、あの……」
「大丈夫ですわ、巫女様。スティーブン様は一番大人な方ですから。少しすればお気持ちの整理も付けられましょう」
「…………そ、そ、そう、ですか……。…………」
ズーン、と暗くなる巫女殿。
あわあわするラスティとアルト。
マーシャとメグは事情をいまいち分かってないが、とりあえず空気が変である事を感じて顔を見合わせたりしている。
まあ、アルトは見た感じ普通にしてるつもりだろうけど。
なんかお嬢様の一言で、巫女殿ますます重く受け止めてしまった?
ええ、ど、どうしようこれ。
ヤバくない?
「……」
「!」
ルーク!
目線をハミュエラの相手をしていたルークに送る。
すると優秀な我が義弟はコクンと頷いて、ハミュエラはこちらへ誘導してくれた。
さすが! 見習え駄メイドズ!
「イェーイ! お話終わりましたかー!」
「きゃあ!」
「ま、まあ、ハミュエラ様……」
「執事のオニーサマが俺っちにお話があるとの事なので馳せ参じましたハミュエラ・ダモンズここにさんじょー! なんですかなんですか! 面白いお話ですか美味しいお話ですか!? どっちも大歓迎でーす!」
シーン……。
と、先程とは別な意味の沈黙。
驚いていた巫女殿とお嬢様は、ハミュエラのまるで空気読まない突入にスン……と生暖かい表情を向けられる。
空気クラッシャーハミュエラ……まさか貴様のそのスキルがこんな形で役立つとはな!
「ええ、そういえば先程エディン様に良い事をお伺いしておりました。ハミュエラ様がお好きそうなお話です」
「わー! なんですかなんですかー! 勿体ぶらずに教えてくださーい!」
「王都の東に『クレイシス湖』という湖があるのですが……」
「はいはーい! 知ってまーす! スケート解禁されたんですよね! はーい! じゃあ週末みんなで遊びに行きましょうそうしましょー! けってーい! イェーイ! スケート、スケート〜!」
「は、はあ!? ちょ、ちょっと待て!? まさかオレたちもか!?」
「もちろんアルトもラスティもライナスにいにもケリーも強制連行ー! 強化練習〜! 巫女殿もメイドっぽい人も猫耳さんもみんなで一緒に行こう遊ぼう楽しもーう!」
「「「ええええええ!?」」」
アルトは即座に諦めた顔だが、ラスティとマーシャとメグはショックを受けたようだ。
特に、マーシャは。
ガクッと突っ伏して「メ、メイドっぽい……」と呟いている。
うわあ、これ、俺がフォロー入れた方がいい案件?
でもフォロー出来るところがないんだよなぁ……。
つーか言わないでやってって言ったのにハミュエラ〜!
「…………楽しんでらっしゃい」
「お嬢様!?」
お嬢様がマーシャとメグを見捨てた!?
「え、何言ってるんですか全員ですよ、ローナオネーサマ! みんなでスケートワイワイ絶対楽しいです! レオハール様もエディンのオニーサマも誘って全員で行きましょーう!」
「…………やはりですか……」
お嬢様が諦めモード!?
「あと、ローナオネーサマは医療関係の知識が豊富だとお聞きしました。アルトは寒い日に寒いところへ行くと次の日割と熱を出すので、そうなる前の段階とか見極められそうなら教えて欲しいです!」
「!」
「なっ……」
え……ええ?
にこにこ、いつも通り、な様に見えたが……。
「……ええ、そういう事でしたら喜んで同行致しますわ」
「…………」
お嬢様の目元が優しくなる。
多分一番驚いたアルトは真っ赤になったあと急に立ち上がった。
「そ、そもそも行かないからな! オレは!」
「ア、アルト兄様!」
と、赤い顔で叫んで植物園から逃げていった。
引き止めようとしたらラスティの行き場のなくなった手がしおしおと下がっていく。
……うん、まあ、あれは当日なんの問題もなく防寒対策完全にして来るパターンだな。
「ですがハミュエラ様、レオハール様は公務もございますので、まず予定をお聞きになりませんと」
「そうですかー。分かりました! でもエディンオニーサマは強制連行です。あの人の予定は大体ロクでもありませんので!」
「それには同意致します」
うん。
巫女殿とラスティ以外が静かに頷いた。







