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番外編【メグ】18



「マーシャ、メグ、貴女達も受けて来なさい」

「ええ⁉︎」


王都、東区にある『ウェンデル』の貴族御用達の病院。

その門の前に馬車を停めてもらい、お兄さんを残してあたし達は病院の中へと入る。

そこでお嬢様は、あたしたちにも健康診断を受けろと言い出したんだもの、そりゃびっくりするよ!


「え、あのでも……」

「使用人の健康管理も主人であるわたくしの務め。マーシャは特に、来年アミューリア学園に入るのです。環境も劇的に変わるでしょう。今のうちから、悪いところがあれば治療した方が良いわ」


な、なるほど。

でも、あたしは健康診断なんて受けるわけにはいかない……!

亜人だってバレちゃうってばぁぁぁ!


「あ、あの! あたし、この間……そ、そうたまたま受けたばかりで⁉︎」

「まあ……夏季休みの時?」

「そ、そうです! だから大丈夫です!」

「……そう。それなら大丈夫かしら。マーシャ、貴女はきちんと受けなさい」

「えー……はーい」

「ではメグはここで待っていてちょうだい」

「はい! お嬢様!」


訓練通り、出来たはず!

あ、あっぶなーい!




「お帰りなさいませ」

「あら? ヴィニー、なにか上機嫌ね?」

「いえ、そんな別に?」


お嬢様が無事に健康診断を終えて馬車に戻る。

あー、冷や汗かいた。

危うく亜人ってバレるところだったよ……。


「…………」


いや、まあ、なんとなく、うちのお嬢様は、大丈夫……そうでは、ある、けど、ね。

あたしが亜人だと知っても……黙っててくれそう……だけど……。

いや、でも、貴族だしな。

裏表があまりない感じの人なのは、ここ数ヶ月で分かったけど。

マーシャの……使用人のあたしたちの健康まで気遣ってくれる貴族なんて、珍しい。

分かってるけどね、お嬢様はちょっと取っつきにくい、不器用な方。

どことなく、その不器用で勘違いされやすい感じはクレイに似ている。

でもやはり、まだ怖い。

あたしが亜人と分かったら、お嬢様も普通の人間みたいに豹変するんじゃーー。


「それよりもどちらに寄られるかお決まりになられたのですか?」

「ええ、マーシャが西区方面に素敵なカフェがあると教えてくれたのよ」

「……う、うん、劇場の側に……行ってみたかったような気はしてて?」

「? では西区方面に参りましょうか」

「ええ、お願いね」


あ、出発しちゃうんだ。

マーシャはまたお兄さんと御者台かな?

と、思ったら……。


「ねえねえ、メグ! わたし、ちょっとアンジュと話したい事あるんだー。交換して?」

「え? 何話すの?」

「えっと、アミューリア学園の事とか……。アンジュは学園の中の事、わたしよりも知ってるし……」

「そ、そう。分かったよ」


健康診断まで受けさせられたら、そりゃ気にもなるか。


「…………」


あたしも気になる事があるし、別に良いかな。

この辺りに漂う匂いはーー。

確かめよう。

マーシャを馬車の後ろの席へ見送り、あたしはお兄さんのいる御者台へ。

お兄さんはマーシャでなくあたしが乗り込んできて「え?」という顔。


「マーシャはアンジュと話したいんだって!」

「そうか。まあ、別にいいけど……」

「あと……えーと、この馬車に誰か、来た?」

「ん?」


クンクンと鼻を使って周りの匂いを確認する。

うん、やっぱり……。

あいつ、何しに来たの?

お兄さんに何かしようとした?

いや、クレイに限ってそんな……。

クレイがお兄さんに何の用なの?

人間と接触するような奴じゃないから、もしかしてあたしの仕事ぶりを疑って……?

い、いやいやまさかそこまでは?


「ああ、クレイが来たぞ」

「やっぱ、っ、え?」

「ん?」

「お、お兄さん……クレイと知り合い、なの?」

「………………あ」


あ……って……!

ど、どーゆー事だあぁぁ!?


「……そういえば言ってなかったな。レオハール殿下にクレイを紹介したのは俺なんだ」

「!?」

「君の事も本当は覚えてるよ。去年川で溺れてるところをレオハール殿下に助けられた子だろう? 忘れたふりしてて悪かったな。なんか言ったら全力疾走で逃げられそうでさ」

「う、うそ⁉︎ そ、そんな!」


思わずボックスへの車窓を確認する。

お嬢様に聞こえているんじゃないかとビビったけれど、お嬢様はヘンリエッタ様とさっきの話の続きをお話し中。

し、心臓がドドドドって鳴ってる。

うそ、まさか、じゃ、じゃあ、お兄さんはあたしの事を覚えてて、ずっと知らないふり、覚えてないふりしてたの?

まさか、王子様も……!?


「…………、……し、知ってて黙ってたの?」

「ああ。あとクレイとニコライに頭下げられたよ。メグをよろしくって」

「グッ!」


くっ、屈辱!


「……なんでもっと早くっ、……ううん、それなら……こちらこそ黙っててごめんなさい。あたしから言うべきだったのに」


いや、冷静になるとこれはかなりすごい。

お兄さん、あたしの事覚えていて黙っててくれた。

……つまりマーシャと同じように……。


「隠してたんだから仕方ないさ。ちなみにマーシャは?」

「知ってるよ。知ってて、誘ってくれたんだ、働かないかって。……びっくりしたよ、あたしが『耳付き』なの気にしないんだから……。……でもそうか、あんたもか。……あんたも、王子様も……あたしらの事、受け入れてくれるんだね……」

「そういう奴の方が多いのは事実だけど、そうじゃない奴だって多いって事さ。うちのお嬢様だって、きっと気にしないはずだよ」


『そういう奴』。

うん、そうだね、あたしらの事を偏見と差別の目で見て、否定する奴ら。

そういう奴らの方が圧倒的に、多い。

でも、そういう奴らばかりじゃないのを、あたしはちゃんと知っている。

……お嬢様も、か。


「…………。そうかもしんないね。でも……やっぱり簡単には言えないんだよ」

「そうか。まあ、言いふらす事でもないからな。今はそれでもいいだろう」


前を向いて、道を確認するお兄さん。

あたしの方を向くのは運転中危ないもんね。

正直、隠し事をこうもあっさり肯定されると思ってなかった。

意外すぎる。

人間に対して偏見と差別を持っていたのは……もしかしたら、あたしの方……?


「明日、同盟が締結されるし……その後ならーー」


お兄さんの声。

その合間に金属音と、獣の匂い。

急速に何かが近付いて来る音!


「待って! 止めて! なにか……!」

「え?」


立ち上がって周りを確認しようとした時、右側から凄い音がした。

その音と、衝撃による揺れ……馬車が傾き始める。


馬車が、傾いて……?!



「お嬢様!」


飛び降りて、傾きが増す馬車に手を付いた。

あたしが触れた場所は、馬車の上の方。

それほどまでに馬車は傾いていたんだ。

中は?

いや、気にしてられない。

このままじゃ、馬車は倒れちゃう。

出入り口はこっち側にしかない。

倒れて地面に出入り口が潰されたらお嬢様たちが出られなくなっちゃう。

あの匂いは、亜人だっ。


……嫌だ。


頭の中にあるのはその言葉。

胸に広がるのは不安。

お嬢様が狙われた?

お嬢様が亜人に……あたしと同じ……亜人に、もしもーー!

そんなのやだ……嫌だ!

クレイのお父さんのように、あたしと同じ亜人のせいでお嬢様が怪我したら、そんな事になったらあたしは……あたしは……!

あたしは今度こそ、自分の種族が嫌いになる!

許せなくなる!

クレイが頑張って守ってきた『亜人族あたしたち』が!


「なにが、っ!」

「うぐっぐ……!」

「メグ!」


お兄さん!

御者台から……落ちた?

無事⁉︎ ……なら!


「お兄さん! お嬢様たちを!」

「! お嬢様!」


さすがお兄さん。

すぐにハッと我に返り、バランスの崩れた馬車の扉を開いてお嬢様とヘンリエッタ嬢を、抱えるようにして外へ出してくれた。

よ、良かった、お嬢様……生きてる……!


「一体なにが……メグ!」

「………はやく、あっちに……行って! 邪魔!」


……中には、もう誰もいない?

アンジュさんの声も、マーシャの声も馬車の外から聞こえる。

っく……いくらあたしが亜人でも、やっぱりコレはーーお、重いやぁ……!


「耳付きだ!」

「耳付きが馬車を倒して暴れてるぞ!」

「誰か! 耳付きが貴族の馬車を襲っている! 騎士を呼べぇ!」


通行人の声がする。

ああ、もう、是非そうして!

騎士が来てくれれば、あたし一人でコレを支えていなくて済む。

騎士が間に合わなくて、あたしがこのまま潰れても……マーシャたちが無事なら……って……。


「マーシャ!」

「くぬぅ!」


マーシャ!?

なんであたしの横にあんたがいるんだ!?

あたしと同じように、馬車を支えようとしてる!?

ば、ばか、そんなの無理……!


「マ……シャ、なに、してんだよ、逃げ、てよ!」

「ヤダ! 友達を見捨てて逃げるなんて、クズのやる事だ!」

「そ、そういう状況じゃ、ないって……っ!」


「メグ! マーシャ!」


お嬢様の声。

ああ、どうしよう、どうしよう!

マーシャ、本当に、本当にばか!

馬車がますます傾く。

無理なんだよ。

いくらあたしが亜人で、あんたが『記憶継承』待ちでも……こんな重いもの、支えられるわけがないんだよ。

せめてあたしが猫じゃなくて熊や猪みたいな、力持ち系の亜人なら……!


「!」


ぐっ、と腕が曲がりそうになる。

ああ、くそ! 体中が熱い!

ミシミシ音がする。

保たない。

誰か……クレイ……マーシャだけでも良いから助けて!

お願い、神様!

あたしはどうなっても良いから……お願い、マーシャを助けて!

お願いします!


「っ!」

「わっ⁉︎」


腕が痛みで引き千切れそうになった時だ、馬車が四、五十センチぐらい四角になった。

バラバラと、落ちてくる。

その中を黒いものが通り過ぎて、あたしとマーシャを掴まえてその落ちてくる四角から救ってくれた。


ーークレイ?


地面に尻餅をつく。

何が起きたか分からない。

うっ、なんか首が絞まっ……。


「…………い、痛い」

「あ、悪い」


息苦しさが消える。

見上げると、顎から滴りそうな冷や汗を拭うお兄さん……。

見てたら、なんだか泣けてきた。

ーーあたし……生きて……る。


「あうう、義兄さん容赦なさすぎだべさ」

「んな事構ってられる状況じゃなかったんだから仕方ないだろう、文句言うな」

「マーシャ! メグ!」

「! お嬢様」


お兄さんがあたしたちの主人を呼ぶ。

あたしも、主人の前だ。

痛む腕を我慢して、上半身を支える。

でも、下半身はもうダメそう。

一度しゃがみ込んだら、動きそうにないほどガクガク震えている。

なのに、そんな手足のあたしにお嬢様が抱き着いてきた。

え?

お嬢様……?


「なぜもっと早く言わなかったの!」

「は、はい?」

「いくら亜人だからといっても今のは無茶をしすぎよ!」


ハッとした。

お嬢様もまた、あたしの事を……『亜人』だと……。

バレた。

バレたのに……。


「…………、……ご、ごめんなさい……」

「……無事だったから、良かったものを……っ

「……………………」


いつも無表情が張り付いているようなお嬢様。

その顔は、珍しく強張っていた。

そして、とても安堵したように胸を撫で下ろす。

目尻には涙まで浮かんでいる。

いや、まあ、普通の人に比べれば……そうだね、分かりづらいよ。

いつもと大して変わらない、と思う人も多いだろう。

でも、あたしもそれなりにこの人に仕えてきたからね、さすがに声色や口調の強さで感情は読み取れるようになっている。

それに、かろうじてだけど表情も。

ちょっとだーけ、違うんだ。

……違ったんだよ……。


「ああ、でも少し熱っぽくなっているわね。すぐに冷やした方がいいわ。筋肉の繊維が相当負荷を負ったはずだもの。マーシャ、貴女もよ」

「ローナ様、すぐに新しい馬車を手配します。一度女子寮へお戻りを」

「ええ、そうね。アンジュ、悪いのだけれど、寮に戻ったらすぐに水の入った桶をマーシャとメグの部屋へ持って行ってくれる? 関節、特に腰にはかなり負担がかかっているはずよ。痛みがひどい場所は? 骨折は……なさそうね。湿布薬があればそれも頼めるかしら」

「か、かしこまりました」

「わたしにも出来る事ある? ローナ」

「お嬢は大人しくしててください」


ぴしゃんとアンジュさんに怒られるヘンリエッタ様。

それにしょんぼりとしている。

テキパキとあたしとマーシャを調べるお嬢様。

その時、偶然目に入った。

バラバラになった馬車。

四角いものに端を潰されているメイド帽子。

馬車だったものの周りには集まってきた野次馬たち。

あたしを指差し、ヒソヒソ声で何か言ってる。

きっとあたしの頭の耳だろう。

スカートから覗く、尻尾だろう……。

でも、お嬢様もヘンリエッタ様もアンジュさんも、気にした様子はない。

痺れて動かない体。

立ち上がる気力もなく、奇異の目で見られる事もどうでもいいと感じる。

なのに涙だけは、流れた。


「どこか痛い? 横になっていてもいいのよ」


お嬢様があたしの肩にご自分のケープをかけてくれる。

温かい。


「……大丈夫です」


笑って答えられてるだろうか。

ああ、あたしは本当にばかだなぁ。

クレイの言った通りだった。


相手を信じてみる。

それが出来ないのであれば、他の種族が我らを差別するのと変わらない。


まだ『亜人族じぶん』を完全には許せないけど、その言葉の意味だけははっきり分かった。




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