番外編【メグ】14
あばばばば……!
あばばばばばばばば……!
……と、あたしは震えながら後ろへと下がった。
目の前には夢にまで見た人がいる。
マーシャとエディン様がデートした翌日。
マーシャはとある決意のもと、今日のお昼休みご奉仕をあたしに「代わって!」と頼んできた。
まあ、九割は昨日自分を庇って叩かれたアンジュさんが心配だったからのようだけど。
いや、まあ、それはね?
いいんだけどね?
今、あたしそれどころじゃないわ。
「今朝からのあの状況……何かあったんですか?」
青い髪、青い瞳の女生徒がお嬢様に話し掛ける。
多分、この方がスティーブン・リセッタ様。
男みたいな名前だけど、マーシャがいつも恋愛小説の話をしているのはご令嬢ね。
むむ、さすがに可愛い……。
「……そうですわね……昨夜、夕飯後にメグが慌ててわたくしを呼びに来ましたの。使用人宿舎でマーシャがヘンリエッタ様のところのメイドと一緒にご令嬢たちに囲まれている、と言われて……」
え!
待ってお嬢様、あたしそこまで説明出来てなかったと思うんだけど⁉︎
「ええ⁉︎ な、なんですかそれ⁉︎ マーシャの奴また何かしたんですか⁉︎」
違うよお兄さん!
つーか昨日何かやらかしたのは絶対お兄さんでしょー⁉︎
「そうではないの。エディン様とマーシャが昨日観劇に行ったでしょう? 二人きりで」
「まさかそれが原因か? しかし令嬢が使用人宿舎に行くほどの事では……」
眉を寄せて腕と脚を組んでえっらそーにしているのはエディン様。
こいつ〜、ホントにマーシャへ何にもしてないでしょうね〜⁉︎
お兄さん確認して!
「普通はそうでしょうけれど……どうやら『王誕祭』後からすぐにこの話題で女子寮も宿舎も持ちきりになっていたそうなのです。マーシャに嫌がらせを始めるメイドもいたらしくて、ヘンリエッタ様のところのアンジュが庇ってくれていたんですが……メイドの中にそれさえ面白くないからと主人の令嬢に報告した者がいたようで……」
「な、なんという……」
「そ、そこまでの事なのか?」
「いえ、いくらなんでも普通はそこまでは……」
お嬢様の言葉に唇を指先で覆うスティーブン様。
そこへ大柄な令息が腰を折って、スティーブン様の椅子の背もたれに寄りかかる。
多分、この方がライナス・ベックフォード様、かな?
ノース地方の公爵家ご子息。
「ご令嬢たちにマーシャが絡まれたところを、アンジュがまた助けに入ってくれたみたいなの。でも、相手は侯爵家のご令嬢だったので彼女も困っていたのです。メグが見兼ねてわたくしを仲裁に呼びに来た、という感じですわ」
「あ、ではローナ様は仲裁に入って……、……何故あんな事に?」
「……。……お相手のご令嬢がアリエナ様でしたのよ」
「ええ⁉︎」
スティーブン様がまた驚く。
アリエナ様って……シンディさんのご主人様。
確か侯爵家令嬢。
っ、思い出したらムカッ腹立ってきた!
いつかギャフンと言わせたい〜!
「……ア、アリエナ・オークランド⁉︎ ……そ、そうか、それは確かにアンジュでも手に余るな……」
エディン様が顎に指を当てて険しい表情をする。
や、やっぱりそうだったんだ。
アンジュさんがお嬢様を連れてこいって、あたしに言ったのは……。
その判断がすぐに下せるんだからアンジュさんってやっぱすごいんだな〜。
「わたくしが仲裁に入った事で、ご気分を大層害してしまわれたようなのです。しかし、こちらに非はありませんのではっきり申し上げさせて頂きました」
「あ……あー……な、成る程……では、もしかしてそれが……」
「ええ。レオハール様の婚約者候補同士、という事で対立が表面化した構図になってしまいましたの。今朝からご挨拶に来てくださる方々は……所謂わたくしの側に「付いた」と表明したいのでしょうね」
「…………まぁ、普通ローナ様に付きますよねぇ……」
「スティーブン様」
「あ、す、すみません! ……それで、マーシャは今日来ないのですか? ええと……」
は、はう⁉︎
み、皆さんがこっちを⁉︎
「あ、メ、メグと申します!」
エディン様とは、何度か……でも、他の方はみんな初めまして、のはず。
……お、王子様は……。
「初めまして〜」
「は、は、は、は、はじめ、まして!」
…………ですよねぇ。
あたしの事なんか覚えてないですよねぇ……。
いえ、覚えられてても……亜人だとバレるからまあ、はい、ええまあ…………ハァ〜……。
いやいや、これで良いのよ!
むしろお目にかかれただけでも奇跡!
お礼は……正体がばれちゃうから言えないけど……何か別な形でお礼が出来たらいいな。
というか、やっぱり眩しい……!
素敵すぎて直視出来ないよおおぉ!
「マーシャ、怪我でもしたの?」
「いえ、マーシャは大丈夫ですわ」
「? お嬢様、マーシャ“は”……とは?」
「アンジュは叩かれたのよ。アリエナ様に」
「…………」
にゃあ⁉︎
お兄さんとエディン様、ライナス様から殺気⁉︎
「ヴィンセント、顔が怖いぞ」
「あ、すみませんつい」
「……アリエナ嬢も“やってしまった”なぁ? ……同じセントラル侯爵家息女のメイドに手を上げたのか……」
「マーシャはそれがショックだったみたいで、今日はアンジュの側にいたいと……」
「あいつ、アンジュに懐いてましたからね」
あ、そうか。
お兄さんが朝に作ったお嬢様の朝食を、アンジュさんが毎朝お嬢様へ運んでくれてるもんね。
マーシャだけじゃなく、アンジュさんはお兄さんとも仲が良いし、お世話になってるメイドなんだ。
そうだよね、何にも悪くない友達が殴られたら、普通怒るよね!
「しかもアンジュにとは……やってくれたな」
「ああ……!」
「あれ? ヴィニーもエディンも随分そのアンジュ? という子に肩入れしてるね?」
「それはもう。彼女には日々お世話になっておりますので!」
「わたくしの朝食を寝坊するマーシャの代わりに部屋まで持ってきてくれるのです」
……すみません。
あたしも朝はマーシャを起こすので手一杯でして……。
未だに朝食を運ぶのはアンジュさんにお願いしている次第でして……。
ついでに、陽射しがあったかい日とかはあたしも二度寝とかしちゃったりなんかしちゃったりしまして……え、えへへ?
「うちの執事が嫁に欲しいそうなんだ。アンジュ」
「はあああぁーーー⁉︎」
「ええええええー⁉︎」
お兄さんとあたしの声が重なる。
ええええええー⁉︎
アンジュさんを、シェイラさんがぁぁあ⁉︎
「……あ、ヴィンセントはやっぱり知らなかったんですね?」
「え、あ、ま、待てエディン⁉︎ お前んちの執事ってーーー」
「シェイラがな。仕事は出来るしサイズがミニだし好みにドンピシャなんだそうだ」
「え、えええぇー!」
「えええええぇー⁉︎」
「男子の使用人の中では有名な話のようですよ」
「そ、そうなんですかー⁉︎」
再びお兄さんとあたしの驚愕の声が重なる。
待って待って待ってあたしそれ知らないーー!
男子の使用人の中では有名⁉︎
恋バナ好きのメイドが何の感知もせずにいるのに⁉︎
バ、バカな⁉︎
そんな事が、ありえるというの⁉︎
いえ、それ以前にアンジュさんもシェイラさんと、そんな素振り、一度も!
「え? そ、その場合アンジュってカーリスト家のメイドになるのか? あれ? じゃあヘンリエッタ嬢は……」
「落ち着け。まだその段階じゃない」
「そ、そうですよヴィンセント……話が飛びすぎてますよ」
「あ、そ、そうですか!」
ほ、本当だよ、お兄さんってば……。
いや、気持ちはとても良く分かるけれど!
だって名門公爵家の執事家系、シェイラさんといえば使用人宿舎の中でもお兄さんと人気を二分する超イケメン、超有能、超エリート、超憧れ! の執事。
そのシェイラさんに見初められていたなんて……いや、アンジュさんでは無理もない。
そしてとてもお似合い!
「……成る程、それは……なんというかアレだね……」
「………………」
「? ライナス様、どうかされましたか?」
「……いや。……なんでもない」
「?」
は、はわあ〜!
王子様が動いてる!
王子様が喋ってる……!
何か考えてる感じ〜!
ん? くんくん……あ、ケリー様の匂い。
近付いてくる匂いの方を見れば、やっぱりケリー様だ。
あたしを見付けて少し意外そうに小首を傾げる。
えへ、と笑い返すしかないな。
「こんにちは、義姉様、皆様。そろそろダモンズの奴が来ますよ」
「あら、ケリー」
「こんにちは、ケリー様」
「あー、ではここまでだな」
ケリー様が声を掛けると、皆様「ア……」と肩を落としたり微妙な笑みを浮かべたり眉根を解したり……ダモンズ? 誰?
と、少し眺めていたらなにやら大声が近付いてくる。
し、尻尾がプルプルしてきた……な、なに!?
なんか、う、うるさーー……。
「おはようございまーーーす! はいはーい! ローナオネーサマ、レオハール様とのご婚約おめでとーございまーす!」
「「は、はい⁉︎」」
ええええええええええ!?
現れた途端なんか言い出したぁぁぁ!?
そうだっけ⁉︎
もう婚約したんだったっけ⁉︎
まだじゃないっけかあ〜⁉︎
顔を赤くして立ち上がるお嬢様とレオハール様。
表情が無と化すケリー様とエディン様。
「ま、待ってくださいませ、ハミュエラ様! 違います、とても違います!」
「そ、そう! まだ決まってないし!」
「あれ? そーなんですかぁー? クラス中大騒ぎでしたよー?」
大慌てで否定するお嬢様と王子様。
だ、だよね、そうだよね。
まだ決まったわけじゃない、よね……。
「…………」
あれ、なんだろうこのもやもや。
なんでーーーなんで、あたし、お嬢様が羨ましいとか、おこがましい事思ってんの……?







