番外編【メグ】1
あたしの名前はメグ。
猫の亜人で『ウェンディール王国』のセントラル、王都『ウェンデル』に住んでいる。
亜人はこの世界の神々に、『人類』として認められていない生き物。
だから他の種族からも爪弾きにされて行き場がない。
そんなあたしたちがたどり着いたのがこの国の地下。
人間族は他の種族に比べて色々ゆるい。
能力が低いし、危機感も薄い。
あたしたちがパンを盗んでも気付かないし、屋根裏に忍び込んでも「ネズミでも入ったのかな」と猫を放つ。
同じ猫同士、たまーに怒られる事もあるけれど大体の猫は話せば分かってくれる。
ある日、あたしは知り合いの猫が出産したと聞きつけ表へ出た。
亜人も人間も猫も出産は命懸けだ。
知り合いは上手くご飯が食べられなかった事もあり、衰弱してしまった。
しかも、その隙に子猫が母猫から離れてどこかへ行ってしまうというトラブルまで!
あたしは母猫に頼まれて、辺りを探した。
そうしたら、なんて事!
「にゃ!」
にゃあぁぁー!
川に落ちたぁ〜⁉︎
「っ」
川! 水!
あたしだって苦手だけど!
でも『ウェンデル』は坂道が多いから、城下町を流れる用水路は流れが早い。
あんな小さな子、流されたらーーー。
「んぁあもう!」
サッと、手を伸ばして助ければいい!
先回りして、用水路の川縁に身を乗り出して手を伸ばす。
「くっ!」
やっぱり流れが速い。
それに、このままじゃ届かないわ!
ええい、迷ってたら溺れ死んじゃう!
「ええーい!」
両手を広げて、川へダイブする。
子猫!
キャッチ…………失敗したぁ〜⁉︎
そ、そして結構深ーい⁉︎
「にゃぁあぁぁ!」
その上流れも早ーい!
まずい! あたし泳げない!
それに、体が重く……⁉︎
なにこれ、どんどん体が沈む⁉︎
ぶくぶく川の流れに身動きが取れなくなっていく。
上も、下も右も左も……嫌だ、怖い!
助けて!
助けて誰かーーー!
「ーーー!」
「!」
人間の声がする。
きっとあたしを殺しにきたんだ。
逃げなきゃ、逃げなきゃ!
でも体が、重いし、苦しい!
ク、クレイ……。
「マントを脱がせてください! こっちの体力が持っていかれる!」
「わ、分かった」
なに?
いや、やめて!
あたし、まだ死にたくない!
助けてクレイ!
嫌! いやぁぁあぁ!
「けほっ、けほっ」
…………あれ、あたし、くるしい、のが、あれ?
「ん……っ」
「あ、良かった、気が付いたね」
薄暗い。
でも、なにかがとてもキラキラ光っていた。
その光を頼りに、苦しい暗い場所から必死に意識を手繰り寄せる。
ポタポタという水滴の音。
太陽に眩く光る金色。
「大丈夫かい?」
「…………」
大丈夫……?
あたし? あたしはーーー。
あたし、大丈夫、なの?
「……っ⁉︎」
ハッとする。
なんて綺麗な人……。
金髪と青い眼、こんな色の髪と目の色の人間、この世にいるの?
それにとても、とても優しそう。
あたしにこんな風に笑いかけてくれる人なんて……。
「レ、レオハール様、そのネックレスは……」
「!」
バッ!
ものすごい勢いで胸元を閉る綺麗な人。
あ、れ、もう一人いる。
黒い髪と目の、こちらも綺麗な人だ。
「……………」
「……………」
な、なに、この変な空気。
「え、ええと、まずは君、かな? ……名前は言えるかい?」
「………あ、あう…」
「大丈夫、怖がらなくていいよ」
いやいやいやいやいや!
怖いっていう感情はない!
むしろ綺麗な顔が近、近いよ⁉︎
人間なんて怖い顔で襲いかかってくるものじゃないの⁉︎
なんなのこのキラキラしているものすごく綺麗な顔の人間は〜⁉︎
「!」
どうしよう、どうしよう、とあたふたしていたら、薄汚れたマントが視界を覆う。
体を横に抱えられ、一瞬で浮遊する感覚。
この匂いは!
「うにゃ! っ、クレイ!」
「…………」
……あ、やばい。
怒ってる時の匂いだ。
ちらりと見上げると、あたしの事を見もしない。
そしてまた飛び上がる。
屋根を伝って、駆け抜けるクレイの小脇に抱えられたまま、住処への入り口の一つへと降り立った。
そこは外区と呼ばれる区画の、薪置き場。
薪置き場の裏側に穴が空いてて、そこからあたしたちの隠れ家に戻れるんだ。
「迂闊な行動はするなと、何度言えば分かるんだお前は」
「ご、ごめん。……あ! 子猫!」
「さっきの人間が抱えていた」
「そ、そう」
溺れ死んではいないって事ね。
良かった……。
「でも、あの人間……あたしの事、助けてくれた……」
「王子レオハールか」
「え?」
王子、レオ、ハール?
それってこの国の王子じゃん。
ええ? 嘘? まさかでしょ?
「お、王子が、あたしを助けてくれたっていうの? そんな事、あるの?」
「知らん。俺がお前を見付けた時は、あの人間たちに囲まれていたからな。なにがあったのか自分で分からないのか?」
「…………」
子猫を助けようとして、自分が溺れたのは……まあ、なんとなく覚えている。
そして、誰かに強い力で引っ張られてーーー。
目が覚めたらキラキラ光る、綺麗な人間かいた。
それだけだ。
「……王子様……」
胸がドキドキする。
この国でたった一人の王子様。
王子、レオハール様。
あの人がそうなの?
キラキラで優しそうで、あたしにーー亜人にーー、微笑みかけてくれた。
そして手を差し伸べてくれた。
あんな人がこの国の王子様?
王子様に助けてもらうなんて、そんな夢物語みたいな事!
「まあ、いい。これから暖かくなるとはいえ、見ているこっちが寒々しい。さっさと寝ぐらに戻って体を拭いてこい」
「う、うん……」
クレイに促されて立ち上がる。
でも、あれ、足から力が抜け……!
「わっ! あ、ありがと……」
「支えが必要か? 馬鹿猫」
「ぐぬっ……へ、平気だもん」
と、つい大口叩いたけど膝がカクカクしてるのよね。
クレイの腕の中に、額を埋める。
なんというか、体が震えて……。
「……け、結構……怖かったのかも」
「だろうな。魚人でなければ水は好かん。猫族は特に体が濡れるのを嫌う」
うん。
嫌い。
体が濡れるのも、人間も。
あたしたちを差別して、いじめて笑う人間。
でも、大昔に獣人や人魚の国にいたらもっと酷い目に遭った亜人がたくさんいたんだって、ツェーリ先生が言ってた。
人間は力も弱いから、まだましだって。
力が弱い分、人間は狡猾で臆病。
そして体もとても脆く、自分さえ良ければ他人のことなんて助けない。
そういう生き物だって……『外』で人に紛れて生活している仲間は言っていた。
……聞いてたのと、違う……。
あの王子様はあたしの事を、自分の身を顧みずに助けてくれたんだもん。
もしかして、だから王子様なのかな?
素敵な人だったなぁ。
キラキラしてて、かっこよくて……!
「おい、濡れる! 離れろ馬鹿猫!」
「にゃあぁぁ〜! まだうまく立てないんだから大人しく支えになっててよぉ〜」
「俺だって濡れるのは好きじゃねぇ!」
「何よぉ〜! もう体半分濡れてるようなもんなんだから別にいいでしょぉ〜!」
ぎゃいぎゃい、ぎゃいぎゃい。
あんまり騒ぐと、人間が来ちゃうかもしれない。
だからクレイがあたしのお尻を穴蔵へと蹴り飛ばす。
んもおおぉ〜!
「クレイはどこ行くの!」
「俺は偵察だ。お前はしばらく八層より上に来るな! これは命令だ!」
「ひっどーい! そんな命令聞いてやらないんだから!」
長になってからやたらと偉そうなんだから!
クレイのくせに!
「……さっさとお風呂入ろ」
お風呂は人魚の亜人、ティーズンが八層で経営してる。
湯気は街区のさらに外。
『ウェンデル』に流れる用水路の流れ出る先、太湖『クレイシス』へと送られる。
なので『クレイシス湖』の一部はすんごい湯気で、一部分、温泉のように茹っているのだ。
あの辺りは冬になると平民がスケートをしたりするんだけど、そんな寒空の下でこーっそり入る露天風呂はサイコーなのよねぇ。
いやいや、ティーズンがやってるお風呂だって広くて素敵だけどさ〜。
やっぱり外と穴の中じゃ違うのよね。
はあ、思い出したらお風呂が恋しい。
早くお湯に浸かりたい!
水は嫌いだけどお風呂は好き……。
こういう自分が、ああ『猫の亜人だわ〜』と、感じるのであった。







