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母に会う日

三年生編執筆まで時間がかかりそうなので、リクエスト品を番外編として更新致します。

リクエストに関しては活動報告などをご覧下さい。



さて、亜人族と無事に同盟が締結されて数日が過ぎた。

十月に入り、俺はお嬢様のお誕生日パーティーの準備がいよいよ忙しくなってきている。

ドレスの準備と、出す料理の内容や招待するお客の趣味嗜好を考慮したもてなしの内容、お土産に、飾り付け。

学園のダンスホールは連日貴族が借りて使う為、第一ホール、第ニホールと二つある。

理由は準備と後片付けのためだ。

第一ホールが使用日なら、第ニホールは前日の後片付けと、翌日のパーティー準備。

その翌日に第ニホールでパーティーが行われ、第一ホールは後片付けと準備……まあ、こんな感じだ。

うちのお嬢様のパーティーは第一ホールで行われる。

準備は前日の貴族が使った後片付けが終わったあと。

……で、ここで少し恐ろしい事態が発覚する。




「え? 前日がアリエナ様のお兄様のご友人がパーティーを?」

「はい。万が一ということもございますので、西区の別邸にも準備はしておこうかと思います。手狭にはなりますが、宜しいでしょうか」

「そう、構わないわ。……いえ、まさか、とは思いたいけれど」

「そうですね」


前日第一ホールはアリエナ嬢の兄、ダドリーの友人がパーティーを開催する予定になっていた。

もう少し早く気付けたら良かったのだが、ダンスホールは予約が取りづらい。

特にお嬢様の誕生日当日は『女神祭』でもある。

前日にダンスホールでパーティーを行う、と考える貴族は多いのだ。

そんな中、お嬢様の誕生日パーティーの為にその死ぬほど混み合う『女神祭』前日の二十九日をもぎ取ったのは並々ならぬ俺の努力の結果!

……重要なのは日付だ。

前日誰が使うか、など構っていられなかった。

しかしダドリーの友人が、お嬢様の前にダンスホールを使うとなると……わざと準備やパーティー、後片付けなどをのろのろやってこちらへ嫌がらせしてくるかもしれない。


「なんにしても、今日は気合を入れましょう。公爵様には何度もお会いしたけれど……」

「はい。前公爵様には初めてお目にかかりますものね」


迎えの馬車が停まる。

ドアが開き、俺がお嬢様をエスコートして屋敷に入った。

本日は平日だが、ディリエアス夫人の誕生日。

うむ、胃が痛い。

思わず廊下を歩きながら胃をさすってしまう。


「大丈夫? 少し緊張しすぎなのでは?」

「そ、そうは申されますが、十八年? 会っていないのですよ……」

「ああ、まあ、それは……」


十八年というのは、俺の正式な年齢だ。

俺…というか『オズワルド』は九月十一日生まれだったんだとさー。

なので俺はどうやら先月十八歳になったのだとか。

レオに笑顔でタイピン渡されて「はあ?」となったのだが、相変わらず手作りのようで別な意味胃が痛くなった。

で、なにに十八年会ってないかというとあれだ。


母だ。


今日、エディンの母オリヴィエ様は俺をユリフィエ様に会わせたいらしい。

あとついでにうちのお嬢様にエディンの祖父……前ディリエアス公爵にも紹介したいんだとか。

そちらも恐怖でしかない。

エディンを夏季休み中、森に放り込みサバイバルさせるという、とても公爵家の人間とは思えない所業を軽やかにこなすジジイとか、普通に恐怖だろう⁉︎


「うう……」

「頑張りなさい。こんな機会滅多にないのよ」

「が、頑張りますけれど……」


緊張し過ぎて気持ちも悪い。

しかしそれを耐え、お嬢様をエスコートして会場へと入場する。

お、おおう、さすがディリエアス公爵夫人のお誕生日。

錚々たる顔触れ。


「俺の場違い感……」

「そんな事はないわよ」


しかししょせん使用人だからなぁ。

お嬢様は会場に入るなり、色々な貴族の目に留まり次々に話しかけられる。

それをやんわりと断って、まずは主催のオリヴィエ夫人の側へと歩み寄った。

黄色の、しかし上品なベージュの花が添えられた胸の開いたドレス。

やや黒に近い艶のある黒鳶色の髪を纏め上げたなんともセクシーなうなじ。

さすがエディンのお母さん、本気出すとすごいな。

何度かパーティーでは見かけていたのに、今日ほど色気が溢れているところは見た事ない。


「ローナ様〜」


うちのお嬢を見た瞬間の変貌ぶりに、こっちがビビるほどだ。


「こんばんは、夫人。お誕生日おめでとうございます」

「ありがとう。よかったわ、来てくださって……愚息のせいで来てくださらないかと思っていたの」

「そのような事、ございませんわ。お招き頂き光栄です」

「はあ! なんて素晴らしい淑女なのかしら。ええ、ええ、ローナ様のような方にうちの愚息では釣り合いませんでしたわよね! 本当にごめんなさい」

「いえ、あの、その辺りの事はもう気にしておりませんので……?」


お嬢様が困るのも無理ない。

真後ろにその“愚息”が無表情で立っている。

去年の『王誕祭』でプルプル震えながら“愚息”の仮病を信じ切って寝込んでいた、あの繊細なご婦人は一体どこへ?

オ、オリヴィエ様の変貌ぶりが本当に怖い。


「ほう、そのレディがエディンの“元婚約者”か」

「初めまして、ローナ・リースでございます」


お嬢様がスカートを摘み、丁重に礼をする。

前髪はオールバック、雀茶色の長髪を三つ編みにして後ろに垂らした巨漢。

揃えられた髭。

え? 待って。

デカイ。

ちょ、待っ、クレイんところのレッカくらいデカイ⁉︎


「初に目にかかる! 俺はケディル・ディリエアス。オリヴィエの父だ」

「お話は祖父やエディン様よりお伺いしておりますわ。お初にお目にかかります」

「うむ、軟弱な孫が度重なる無礼をしたようで大変に申し訳ない。今宵はオリヴィエが主役ではあるが、貴女も十二分に楽しんでいかれるが良い! ふはははははは!」

「まあ、お父様。またそんなに大きな声で……まさかもう酔っておられますの?」

「ふん、ワイン二本程度で酔うものかよ! さあ、エディン! 今宵はオリヴィエの為に飲むぞ!」

「俺はまだ飲める歳ではありません、お祖父様……」

「おお! そうであったな! ではディラン! 付き合え!」

「は、はっ! お義父様!」


な、なんて死んだような目……。

あんなエディン初めて見る。

つーか始まって間もないのに、もうワイン二本も空けたのかあのジイさん……!

なんつー豪快な。


「全く仕方のない……。ごめんなさいね、ヴィンセント、お父様にあなたの事を紹介できなくて……」

「いえ、いえ! 全くそのような!」


むしろ紹介とかされなくてすごいラッキー。

頰に手をあてて溜息を吐くオリヴィエ様。

アンニュイな表情で、しかしすぐに切り替えて微笑む。


「貴方にはわたくしの姉に会ってもらいたいの。今案内するわ」

「え、も、もう、ですか?」

「ええもちろん。その為に呼んだのだもの。いいのよ、わたくしの誕生日など、ただの口実に過ぎないのだから。ああ、でも楽しんでらしてね? ……ローナ様もお会いになります?」

「いえ、先程お声がけいただいた皆様にご挨拶をしたいと思います。……大丈夫よね、ヴィニー?」

「うっ……、……は、はい」


そりゃ十八にもなって、しかも中身は四十台。

お嬢様がいないと母親に会えないとか残念すぎる。

さすがにそれはないけど……。


「ではシェイラ、案内お願いね」

「はい、奥様。さあ、ヴィンセントさん」

「は、はい」


シェイラさんに案内されて廊下へと戻る。

呼吸を、一度整えた。

踏み入った事のない公爵家の屋敷の奥。

赤い絨毯が敷き詰められ、リース家にはないような壺や絵画が飾られている。

廊下の隅々まで掃除が行き届いていて、壁にはニスが塗られつやつやと輝く。

天井にも天井画がびっしり。

いや、うん、半端なくすげーわ。


「こちらです」

「はい」

「ご存知とは思いますが、ユリフィエ様は精神を病んでしまわれました。もしかしたら、ショックを受けられるかもしれませんが……」

「俺を見て、会って、元に戻る可能性もある、ですか」

「お医者様には最後の希望だろうと。とはいえ、貴方にとっては辛い再会となるかもしれません」

「…………」


つらい、とか、そういうのは、うーん、どうだろうな?

会った事もない人に会う、という感じだ。

前世は比較的母親の方とは、まだ仲はいい方だと思うけど……。

でもこの世界では“いないもの”と思って生きてきたからな。

今更会っても、お互い分からないと思う。

さて、ユリフィエ様の方はどうなのかな。

俺が分かるか?

それとも、やはり分からないだろうか。


コンコン。


「…………」

「ユリフィエ様、お客様をお連れいたしました」


シェイラさんが声を掛ける。

穏やかで優しい色の声が「まあ、どなた? どうぞ?」と中へ招く。

当たり前だが、聞き覚えのない声だ。

扉が開かれる。

淡い色の蝋燭の灯り。

乳母車を揺らしながら椅子に座る黒髪の女性。

…………なんだろう、この、不思議な感覚。

形容し難い。


「エディン様の元婚約者、ローナ様の執事でヴィンセントさんです」

「あら、あらあら、まあ、私と同じ黒髪ね。素敵!」

「……、…………初めまして、お目にかかれて、光栄です」

「ええ、どうぞ。どうぞ入って! シェイラ、お茶を淹れて? ヴィンセント? ええ、お話ししましょう?」

「お邪魔致します」


……………………ふ、深く突っ込んでこないの〜⁉︎

普通「なんで?」って思うでしょ⁉︎


「?」


そういえばなんで乳母車?

と、部屋に入ってすぐ、テーブルの脇にあった乳母車の中を好奇心で覗き込む。

なんだ? 黒い毛糸と肌色のフェルト、黒いボタン。

うん?

……これは、人形?

なんでこんなものが乳母車の中に…………。


「ふふふ、可愛いでしょう? わたくしの息子よ」

「……、…………む、すこ、さん、ですか?」

「そうよ。オズワルドというの」

「…………」


手を合わせ、唇を隠すようにして微笑むユリフィエ様。

その笑顔は無垢だ。

一切の躊躇もなく俺に教えてくださった……この人形が『オズワルド』なのだと。


「そ、そうなのですか、この方が」


反応が遅れた。

いや、でも、仕方ないと思う。

仕方ないだろう。

…………これがオズワルドと言われては……。


「…………大変にお可愛らしいですね」

「そうでしょう? わたくしと同じ、黒い髪と黒い瞳なの。大きくなったらきっと貴方のようにハンサムになる事でしょうね。そうだわ、この子が大きくなったらお友達になってくださらない?」

「え、いえ、そのような……私ごとき身分の者には恐れ多いです」

「そうかしら? この子の執事になって、というのも無理?」

「も、申し訳ございません。私、主人は既に決めておりますので」

「あらそう。残念だわぁ」


……どこまで本気なのか。

いや、多分全部本気なのだろうな。

立っていないで座って、と可愛らしく促されて前の席へ失礼する。

シェイラさんがお茶を淹れて、お菓子を差し出してきた。

残念ながら、今夜はもうお茶以外喉を通らなさそうだ。


「…………」


あとは、どうしたのだろう。

とりとめのない話を、延々とお喋りしておられた。

この人が、俺を産んだ人。

なんとも言えない、この感覚。

怒りのような、悲しみのような、失望のような、憐れみのような……そして、愛おしさのような……。

無性に前世の母に会いたくなった。

そんなの、ユリフィエ様に失礼極まり無いんだろうけれど……母さんは元気だろうか……と、思ってしまった。


「ユリフィエ様、そろそろヴィンセントさんはお帰りのお時間です」

「まあ、そうなの? ……またいつでもいらしてね。お話ししましょう」

「……はい」


小一時間ほどで解放されたものの、部屋を出て扉を閉める。

シェイラさんの表情は申し訳なさそうな……そしてとても険しい。


「荒療治も功を奏してませんでしたね」

「その、ようですね」

「申し訳ない、なんのお力にもなれず」

「とんでもございません! ……とんでも……。……殿下には多大な心労をおかけしたものと……」

「やめてください。それは……言わないでください」

「…………申し訳ございません」


居た堪れない気分だ。

謝られたら、余計に。


「誰も悪くはないと思いたいのです」

「……殿下」

「…………」

「そ、そうでした。申し訳ございません」


首を振る。

シェイラさん謝ってばっかりだな。

しかしなんだろうな、この虚脱感。

…………母さん、か。


「いえ、また来ます。来年は戦争の準備でなかなか来れないとは思いますので今年中に、また」

「ヴィンセントさん、よろしいのですか?」

「はい。……関係ない事と切り捨てる事は出来そうにありませんので」

「あ、ありがとうございます」


ディリエアス家に全て任せていい問題ではないと思う。

俺を産んだ人の事だから。

まあ、俺と会ってもあの調子だ。

きっとこの先も見込みは少ないんだろう。

あの人はあの人なりに『正気』だ。

ただ時間が完全に止まって進まなくなった、という感じ。

『オズワルド』が生きていても、あの女性はそれさえも受け入れられないのだろうか?

俺が名乗り出ても、なんとなく信じてくれない気がする。

あの女性の時間を無理に動かす必要があるのかもよく分からない。

それは俺が決める事でもないような感覚さえある。

ユリフィエ様はーーーバルニール王を好きだったんだろうか?

愛する人との子供だから、一番幸せな時間に閉じこもったんだろうか?

それは本人に聞いてみないと分からないな……。


「ままならないなぁ」

「はい?」

「いや、なんでもないです」



国王バルニール……やはり好きになれそうにないな。





『ユリフィエとヴィンセントの初対面の話』

黄美様とユン様のリクエストでした。

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