番外編【レオハール】8
「あっはっはっ!」
「いや、笑い事ではありませんよ? 本当に驚いたんですから」
「あは、あはっ、ま、まあ、そ、そうだろうけど……まさかアルトやハミュエラ、ラスティの前でまでそんな失言……あっはっはっは!」
今晩は四方公爵家とセントラルの公爵家が揃ったので晩餐会が開かれている。
明日は亜人族との懇親会。
こちらの文化を知ってもらい、貴族たちに亜人たちと協力していく事を知らしめる目的がある。
何も起きなければいいが、どうやら事件はすでに起きていたらしい。
アミューリアの生徒たちが招かれて舞踏会と洒落込んでいた会場に降りると、ヴィニーがものすごく疲れた顔をしている。
聞けばラスティへの挨拶がてらダモンズ邸で開かれたお茶会で、僕の婚約者候補の1人、アリエナ・オークランドが亜人たちを『耳付き』と言い放ったのだという。
なんという、おバカさんな……。
それでローナに怒られたと言うのだから、もう、もう……!
「ぷぷぷ……ぷくくくくくくっ」
「笑いすぎです、殿下。なにがそんなにツボったんですか」
「だ、だって……」
僕の婚約者候補になっておきながら、公爵家子息たちの前でそれはないだろう。
失態どころの騒ぎではない。
もはや致命傷だ。
「それで、アルトは帰って……ラスティとハミュエラは?」
「ラスティ様は始終オロオロしておられましたね。ハミュエラ様は気にした様子こそありませんでしたが……というかあの方は下手すると殿下の婚約者騒動を知らない可能性すら感じます」
「それはないと思うな。ハミュエラは一見馬鹿だけど多くの茶会や夜会に顔を出しているはずだもの。……あれでもなかなかの曲者なのかもしれないよ」
「まあ、曲者なのは間違いないですがね」
「あはははは」
曲者といえばローナの義弟のケリーもかなりの曲者と聞く。
戦争の『代表候補』になるほど、城の中にも噂は広まりつつある。
それは主にリース伯爵に付いて仕事を手伝っている話からなのだが、彼が交渉を任された件は遅くとも2週間以内に片が付いているようなのだ。
さすがローナの義弟……ヴィニーに続き、彼女の身内が『代表候補』に抜擢されてしまった事は申し訳ないけれど……致し方ない面の方が大きい。
それ程までに彼は優秀だ。
「まあ、僕としてはローナに決まってくれると嬉しいから別にいいのだけれど」
「俺もそうですけどね」
『そうなのだわ、やはり愛する者と結ばれた方が良いのだわ! レオ!』
「う、うん、そうだね」
「?」
「あ、いや、エメがね」
黒い髪を靡かせた半透明な少女、女神エメリエラ。
僕が持つ魔宝石の核に宿る彼女は、こういう賑やかな場所を好む。
とはいえ、陰謀渦巻くこの手の場は『……でも空気がおどろおどろしいのだわ』と拗ねた顔をする。
……無理して出て来なければ良いのに。
「そういえば晩餐会にはセントラルの領主たちも招待されたんだってな?」
「まあ、公爵家は元よりセントラルの四方領主たちも国には重要な存在だからね。こんな機会滅多にあるものではないし、陛下としても戦争前に腹の中を少し覗いておきたいのではないかな?」
「……やだねぇ」
『キモいのだわ』
エメリエラとヴィニーが同じような表情で肩を落とす。
それはなんとなく面白い。
「あ、というか、俺とばかり話していないでお嬢様と話してこいよ」
「そうだった、スティーブにローナをダンスに誘えと追い出されたんだった……」
「さすがスティーブン様……」
確かにあの場は息が詰まる。
補佐として公爵家の子息たちも二階の晩餐会席に招かれているが、スティーブたち、宰相の一家もあの席にいるのだ。
で、スティーブににっこり笑顔で「レオ様のご意思を周囲にお示しになる良い機会です」と追い出されてきた。
確かに……公爵家の子息たちの前でアリエナのその失態は致命的。
親たちの耳に入れば候補から外される。
アルトとラスティはあの席で発言する程の精神的余裕はなさそうだったがハミュエラは……どうかな?
あまり告げ口するタイプには見えないが、ストレートに「今日の出来事」みたいなノリで報告してしまいそうだ。
そうなったら修羅場だなぁ。
あの席にはオークランド侯爵もいるから……考えただけで追い出してくれたスティーブには感謝しかないよ。
「ちなみに確認なんだが、ルティナ妃は何か言っていたのか?」
「そうだね、割と本気の目で「かましてきなさい」と……」
「ど、どういう意味だ……⁉︎」
「分からない……」
分からないけど目だけは本気だった。
ちょっと怖かった……。
「うちのお嬢様を認めてくださったという事なのか?」
「さあ? まあ、姪にあたるアリエナのことは名前も出さないから……意外とローナを推してくれているのかも」
「へ、へえ?」
確証はないけれど、ローナの母親と2人きりで話したり……さっきオークランド侯爵がアリエナの話を持ち出した時、鋭い目つきで弟であるはずの侯爵に「決めるのはレオハール殿下です」と言い放った。
あれには公爵家の者たちまで黙り込んだ。
ハミュエラの母親で、ウエスト区領主のメディア・ダモンズが恐らく思わず、だろう。
「姪御様の事はよろしいのですか?」と聞いてしまっていた。
それにルティナ妃は全く表情を変える事もなく……「選ぶのはレオハール殿下です。この国の次期国王は殿下なのですから」と言ってくれたのは……本当に驚いたな。
あまり、僕に良い印象を持っていない人なのだと思っていたけど、そうでもないのか……それとも、パフォーマンスの一環か。
余計な横槍を入れないでくれたのはありがたいけれど……決めるのは、僕……ね。
とても変な感じ。
だけど、選んで良いというのなら、僕は……。
「…………」
「レオ?」
「……僕は兵器なのに……ローナを選んで良いのかな……」
「お前まだそれ言うのか……? ……次期国王に決まった時に、お前はもう兵器じゃなくなってるはずだろう? 俺から言わせれば最初からお前は兵器なんかじゃないけどな」
「…………うん、まあ、そうなのだろうけど……」
そう言い聞かされて育ったものだから。
……この国を守るための兵器。
マリー……あの子と対峙すると決めた時に、僕はこの国の守護者として生まれた事を理由にした。
僕はこの国の物。
その運命に彼女を巻き込んで本当にいいのか分からない。
彼女は聡明な女性だから、この国のために身を捧げる事をきっと厭わないだろう。
……ああ、足が重いなぁ……。
「行ってこい」
「はぁい、頑張ってきます〜……」
背中を押される。
……ローナ・リース。
彼女は間違っている事は間違っているとはっきり言える人だ。
権力に屈する事なく、正しい事を正しく行える。
僕とは正反対の、強い女性。
僕の隣に招いていいのか?
この国を共に背負う責任を彼女に押し付けて、いいのかな。
雑踏とも取れる令嬢の影は、彼女の光で霞んで見えない。
そうなんだよねぇ……。
「こんばんは、ローナ」
「レオハール殿下、こんばんは。本日はお招きありがとうございます。……晩餐会はよろしいのですか?」
「うん、少し踊ってこいとスティーブに叩き出されてしまったよ」
「まあ……」
「というわけで、一曲踊ってくれるかな……」
「……、……わたくしでよろしければ……喜んで……」
彼女以外見えないんだ、困った事に。
最近、特にそうなんだ。
元々美しい女性だったけど、最近はその輝きが眩くて直視できない。
彼女の光で他の令嬢はぼんやりした影みたいにしか見えないんだ。
お陰で顔がよく分からない。
これなかなかに困った状況。
いつか仕事に支障をきたすかもしれないよ。
「…あの、ローナ…」
「はい?」
「笑わないで欲しいんだけど、僕……あまりダンスは得意じゃないんだ。経験がなくて……」
「あ…………あ、ああ、はい、大丈夫ですわ」
手を取って、曲に合わせてホールの中心へ。
思えばローナとダンスなんて……初めてだな。
これまで色々……本当に色々制約や邪魔があったから。
僕、ダンスはあまり経験がないから先に謝っておく。
ローナも察してくれたようでほんの少し、彼女がリードしてくれてダンスが始まった。
……今度ダンスの練習時間を、取ろう…。
それにしても今日のローナは、淡い紫や黄緑などの色取り取りのレースが重なりワンポイントとなる少し変わったドレス。
でも、よく似合ってる。
というか、彼女じゃなければ着こなせなさそう。
髪は右側にゆるく束ねられ、リボンが幾重にも絡まるように結ばれている。
うーん、今日も美しいなぁ。
「……ローナ、その…来月は誕生日だね」
「はい」
「そろそろネタ切れなんだけど、プレゼントの、アクセサリーが……」
「え? ……」
彼女と出会ってから、6年間こっそり贈り続けてきたアクセサリー。
ブローチ、腕輪、イヤリング、髪留め、ネックレス…。
一番最初だけ、まだ子供だったから……ペーパーナイフだった事があるけど……それを差し引いてもネタ切れなんだよね。
いや、本当はもう作り終わってたりするんだけど……これはちょっと聞いておかないと手渡せない。
「今年の誕生日は指輪でもいい?」
「……っ……」
「別なものが良いなら言ってね。僕、大体のものは作れるから」
「お、お作りになるのですか」
「作るよ〜。僕の唯一の趣味だもの〜」
「……そ、そうですね……ええと……」
珍しく口籠るローナ。
けれど、その目元は赤く……柔らかい。
照れて、る?
……………………可愛い……。
どうしよう、とても、可愛い……。
「で、殿下から頂けるものは、全て嬉しいです」
「…………そう」
じゃあ、指輪でいいかな。
問題はサイズだけど……そ、そう、サイズがね、ネックだったんだよね!
まあ、送ってから手直しすればいいかな?
サイズ直しくらい、僕、余裕で出来るし。
「あ、ですが……貴金属でしたら帽子が飛ばないようにするピン留がありますと助かりますわ」
「それまさか作業用じゃないよね?」
「作業用です」
ローナの言う作業用とは……農作業の事だ。
……お、おおう……。
「……ありがとうございました」
「こちらこそ。また今度誘ってもいいかな?」
「勿論、喜んで」
と、社交辞令の約束を交わしてお辞儀をした。
ローナは始終無表情だったけど、目元に全部出ていた気がする。
今日は一段と可愛かったなぁ……。
「…………」
なんか周りの視線がソワァ…としてる。
もしかして僕が“次”を誘うと思ってる?
……二階に戻ろう。
ヴィニーやケリーも近くに見当たらないし。
会場はさっさと後にして、二階に戻る階段は会場外の廊下を……ん?
「………あれは」
気配を消す。
左に伸びた廊下の端に見える2人組。
1人はゴヴェス・オークランド侯爵。
もう1人は……ルーク?
おっと、これはまさかの密会現場かな……?
面白そうだからちょっと覗いていこう。
どれどれ……。
「…………これは、間違いなく我が家の家紋。それにこれは……なくなったはずの石鍵! ……本当にこれをお前の母が持っていたのか?」
「は、はい……、……た、大切なものならお返しした方が……いいかと思いまして、その……」
ゴヴェスの手にあるのはネックレス?
あれはオークランド家の石鍵か?
というか、オークランド家、石鍵なくしていたの?
え〜……あれは『血石』の部屋へのスペアキーなんだよ?
なくされては困るよゴヴェス……。
「…………。そうか、お前の、母が……」
「……あ、あの……母のことをご存知、なんですか?」
「ふ、ふふふ、ああ、よく知っている。私がこの世でただ1人、心から愛した女だ」
「!」
え……!
……ちょ、ちょっとなにやらすごい展開のところに遭遇してしまった⁉︎
わ、わぁ〜、そんなつもりなかったのに〜。
もしかして何か尻尾を出すんじゃないかな〜、みたいな期待はしていたけれどこういう話になるなんて〜?
……まあ、でもこれでヴィニーの嫌な予感は的中した事になるのかな。
ルークがオークランドの血筋の者……なんという、厄介な事に!
「これはお前が持っていなさい。私が彼女に渡したものだ」
「……じゃ、じゃあ……侯爵様は……侯爵様は……」
「まさか身籠っていたとは……! よく無事に産まれ、私の元へ来てくれた! 愛しい息子よ……」
「……! っ、お、おと……おとう、さん…?」
「ああ、そうだよ。さあ、顔をもっとよく見せておくれ」
「…………おと、うさん……お父さん!」
僕からすると胡散臭い笑顔なのだけれど……。
それでもがばりと抱き着くルークには優しい父親の笑顔に見えるのか。
……あ、いや……ここからそう見えるだけで……というか、僕からそう見えるだけで、父親の笑顔ってああいうものなのかもしれないよね。
僕は陛下の笑顔なんてマリアンヌに向けるものしか見た事がないから……分からないし。
「………………」
お父さんか。
ルーク、ゴヴェスの息子だったんだね。
どうするんだろう、これから。
すぐにオークランド家に迎え入れるのかな?
……いや、すぐには無理だろう。
ルークはセレナード家に入っている。
抜けるには手続きが必要だ。
それに、ヴィニーはルークが実子と分かった場合、ゴヴェスの妻子がどう出るのかを案じていたね。
本妻は面白くないだろうし、ゴヴェスがあの言葉通り『本気で愛した女の子供』とルークを認知するのなら次期当主に本決まりしていた長男ダドリーは立場がない。
……うわぁ、面倒くさいお家騒動の予感しかしないなぁ、これ。
どうするつもりなんだろう、ゴヴェス。
「しかし困った。お前の事を知られれば妻は怒り狂い、息子たちはお前を虐めるだろう。あの子達も私の血の繋がった我が子……父としてそんなところは見たくない!」
「お父さん……、あ、あの、ぼく、ぼく大丈夫です! お父さんの迷惑には、なりたくない……」
「そうか……なんて優しい子なんだ。……お前の母さんを思い出すよ」
「…………お母さん……」
「いつか必ず迎えに行くようにしよう。しばらくはリース家の使用人として……頑張ってくれるかい?」
「はい! 大丈夫です! お嬢様も、義兄さんも、ケリー様も、みんな優しいので! ……そんな風に言ってもらえただけで、ぼく……それだけでいいくらいです……」
天使かな?
な、なんて良い子なんだルーク・セレナード!
ヴィニーがたまに真顔で呟いていたけど、本当に天使のように良い子!
……でも、だからこそ、なんというか……ゴヴェスが腹黒に見えるなぁ。
「ありがとう、ルーク……ああ、こんな奇跡が! 女神ティターニアに感謝を! さあ、もう一度ハグしよう。……私の可愛いルーク」
「お父さん……!」
「…………………………」
やはり僕の偏見だったのかな。
……僕と陛下がアレだから?
あちらが本当の父子?
…………。
だとしたら、僕はお邪魔だね……『浮気が本気』だったのだとしたら、やはりここからはオークランド家の問題だ。
『本気』の相手の子供を……父親はとても愛するものだから……。
うん、ここまででやめておこう。
良かったね、ルーク……心からおめでとう。
お父さんと再会できて良かったね。
ヴィニーはせっかくできた義弟がいなくなってしまうけど……異母弟がいるからいいよね!







