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ニコライと俺



「お休みのところ申し訳ない」

「ふぉ……」


夏季休み真ん中。

朝、そろそろ起きようかなと思っていた俺の真上に青白い顔をした吸血蝙蝠の亜人が現れた。

起き抜けになんつー絵面見せやがる。

悲鳴をあげなかった俺を誰か褒めてくれ。

完全にホラーだったよ。


「な、なんだよ驚いた。お前から訪ねてくるなんて……」

「クレイ様からの伝言です。『武器の件、職人長がようやく折れた。こちらの準備は整えておくので王子にその旨、伝えてほしい』と」

「……そうか、まあ……お互いに歩み寄らなくてはダメだもんな」

「ワタクシもそう思いますよ……戦争に参加し、我々の存在が神々に認められる事は悲願。……少なくとも我々の勢力はそれを望んでいます」

「……我々の勢力?」


とりあえず起きて着替え始める。

窓辺に佇むニコライは仕事モードとプライベートモードの中間のように無表情。

珍しい感じだ。

逆に怖いけど。

……というか、なんだその『勢力』って。

亜人族、って意味、だよな?

なんか含みがあるような……まさか……。


「…………。我々亜人族も一枚岩ではないのです。我々以外にも亜人は南北に勢力が分かれ、セントラルに住まうものはクレイ様とツェーリ先生の思想の元、神々に存在を認められる事を悲願と掲げています」

「……! ……その南北の連中はどういう考え方なんだ?」

「北は荒熊のズズが我々を虐げてきた他種族に報復する事を思想と掲げ、武器や仲間を集めています。今のところ賛同する者は少ないので勢力としては最弱。南は妖精の亜人メロティスが最も弱い人間族の国を乗っ取り、亜人の国を建国する事を目論んでいます。……こちらはなかなかに仲間が流れている。……クレイやメグの両親も、メロティス派ですね」

「……おいおい……」

「仰りたいことは分かります。どちらの勢力も今は戦争の結果を見守っている。ズズもメロティスも一度クレイ様に敗北していますからね……今しばらくは動かないはずですよ」

「…………」


髪を梳かす。

服装は完璧。

さて、亜人の事情はますます複雑……か。


「となると、クレイが戦争で人間族に味方して負けてくれりゃあ双方万々歳な展開か。なぜ俺にそれをバラす? クレイの指示じゃないだろ?」

「はい。ツェーリ先生の指示です」

「先生、ね。偉い人なのか」

「亜人の中ではメロティスと同じく最年長ですね。ツェーリ先生はエルフの亜人なのです」

「……それってハーフエルフってやつか?」


わ、わあ!

俺の好きなファンタジーっ気満々な人だな!

すごく会ってみたい!


「エルフたちは偏見を込めてそう呼ぶそうです」

「え、ハーフエルフって差別用語なの? ごめん」

「いえ、ワタクシに言われましても」

「……で、そのツェーリ先生が俺にそれを伝えてどうして欲しいと?」

「クレイ様は人の王家に亜人の事情を説明するのは危険だと思っておられる。しかし、ツェーリ先生は協力していく相手に亜人の事情を説明しないのは、誠意ある対応とは言えないと仰る。どちらも正しいと思います。メロティスの思想は人の国にとって大変に危険。代替わりの近い、今の時期は特に狙われるはずです。そこに戦争が重なる……メロティスにとっては絶好の機会……」

「………………」

「クレイ様もそこは分かっておいでですが、セントラルの仲間のことを思うと話して良いものかと慎重になっておられる。……しかし、時期を間違えば手遅れになりかねません。レオハール殿下には身を守る術をしっかり持っていてもらいたい、とツェーリ先生が職人たちの長を説得して下さいました。その辺りも加味して伝えて頂きたい」

「……ちゃっかりしているというか、なんというか」


でも亜人も面倒くさい事になってるんだなぁ。

……この辺りってヒロインがメグの場合の事情なのか?

だが、長年他の種族に虐げられてきた亜人たちの中でそういう思想を持つ連中が現れるのは無理のない事だろう。

むしろ共生の道を模索しているツェーリ先生って人とクレイが異様にさえ映る。

あ、いや、共生というより、自分たちを神々に認めさせるという考え方か。

逞しいねぇ。


「その南北連中のリーダーにクレイは勝ったのか」

「はい。10年近く前になりますね。亜人族のほとんどは力の強い者に従います。クレイ様は今、亜人族の中で最も強い。ズズはクレイ様を亜人族の長と認めた上で、自身の思想を捨てきれずにセントラルを離れました。が、メロティスは違います。クレイ様に敗北して尚、自身こそが亜人の長に相応しいと宣い、自分たちの国を作ると夢想を口八丁で仲間に吹聴し騙して連れて行った」

「…………」


クレイってそんなに強かったのか。

それに若いのにめちゃくちゃ苦労してそう。

いや、レオだって若いのに十分苦労してるけど。

腕を組む。

なんとかしてやれたらとは思うけど……この場合クレイと俺たちが協力して、戦争に勝利するのが一番だよな。

元より負けるわけにはいかない戦いなんだけど、クレイはまた事情が重いし複雑なんだなぁ。

まあ、人の上に立つ奴は総じてそういうものなのかも。

で、このタイミングで俺にそれを話したツェーリ先生って人の思惑としては……亜人と組む事のメリット、デメリットをしっかり理解して判断してくれって意味かな?

あと、クレイを戦争に連れていくなら亜人族のそののっぴきならない状況も理解した上で、生きて返してくれと。

ふむ……。


「他にもなんかある?」

「! ……何故です?」

「メロティスって奴はこの国を乗っ取りたいんだよな?」

「……。ええ、本当なら話すつもりではありませんでしたが、御察しの通り……人間族の中にメロティスと通じているものたちがいます」


やっぱり。

頭を抱える。

そうだよなぁ、このタイミングでとなると……。


「貴族たちの危機感のなさはそういう理由か。となると結構根深かったり、範囲も広かったり?」

「南一帯は……と、お思いください。サウス区の領主、ハワード家も取り込まれております」

「っ!」

「……サウス区は他の種族の領域に最も近い場所……。戦争に獣人や人魚たちが勝利すれば真っ先に蹂躙されるであろう土地。そこをメロティスに付け込まれている。無理のない事かもしれませんが、王家はそれを知らぬはず」

「……そうだな。……っ、……そうか……」


ハワード公爵家。

追加攻略対象の1人、ラスティの家だ。

なんつー事に……。


「戦争に人間族が勝てば奴らも大っぴらには動けなくなるか」

「そうですね。ハワード公爵家は土地の防衛を最大の理由にしています。亜人の力を用いれば、少なくとも領民と自分たちが他の土地へと逃れる時間稼ぎにはなると考えている。例え亜人に裏切られても、襲ってくる獣人や人魚たちとはどのみちその土地を支配下に置きたい亜人たちが相手をする事になる、と」

「全ては戦争の結果次第か」


ハワード公爵家も土地や領民の事を思えばこそって感じかな。

責めるに責められないよな……戦争に俺たちが負ければ、真っ先に攻められる場所なんだから。

先手を打って防衛戦力を確保しておきたいっていうのはむしろ当たり前。

騎士団も戦争の準備に余念がないのは戦後の為。

人間が負けた時。

獣人や人魚が優勝した時。

土地は全て勝者……支配者のものだ。

しかし、命や尊厳まではそうじゃない。

生き延びるために戦う準備……。


「……しかし、単純な疑問として、さ」

「はい」

「獣人や人魚に攻め込まれたら亜人だって隷属対象になりかねないよな? メロティスはサウス区を守るつもりがあるのか?」

「あるわけがないですね。ツェーリ先生は「メロティスは自分を妖精だと思っている」とよく口にします。彼はただ、妖精の国への道が開く事を待っているのですよ」

「……道が開く? 他の種族の国にはヨハミエレ国境山脈があって行く事は難しいんじゃ……?」

「ツェーリ先生曰く、戦争の時にあの山脈は姿を消すそうです。メロティスはそれを待っている。……メロティスは連れて行った仲間を守る気などない。自分が妖精の国に至るまでの時間稼ぎに使うつもりなのだと。……彼は「自分は我々亜人とは根本的に違う。自分は正当なる神の末裔である妖精なのだ」と、そう……思い込もうとしているのだそうですよ……」

「…………」

「負けられて困るのは我々亜人族も同じです。クレイ様は南北に分断した仲間たちの事も想っておられる。あの方に死なれるのは困ります」


本音だな。

ニコライの様子がずっとおかしかったのは……この本音がダダ漏れだったせいか。

レオにエディンがいるように、クレイにも忠実な部下がいるって事だろう。

……ということはこの話、普通に信用して良さそうかも。

実際貴族の危機感の薄さは俺も長年感じていた。

学園の令嬢令息があの調子なのは、親の影響が大きいはず。

全ての貴族がこの事を知ってるとは思わない。

旦那様は食糧の蓄えに奔走しておられるし、うちのお嬢様は危機感がかなり強い方だ。

ただ、南と聞くとどうも嫌な感じが増して仕方ない。

ハワード公爵家の責任の重さを思えば、ハワード家の判断は理解出来ないわけじゃないんだけど……もう一つ、南にはあの家の名が連なっている。


セントラル南の領主、オークランド侯爵家。



「なあ、あんまり聞きたくないんだけど……オークランド家ってもしかしてその件にも……」

「おや、さすがにご存知でしたか。ハワード家同様、メロティスとの盟約に名を連ねておいでの名家のお一つですよ」

「ですよねー」


そんな気はシテマシター。


「もっと言うと、魔法研究所の成果をメロティスに流しておりますね」

「え、なにそれ最悪な感じ?」

「どうでしょう? ただ、我々獣型の亜人と違って人魚の血を引く亜人やツェーリ先生とメロティスは高い魔力を持っています。……決定的なものを上げるなら、我々亜人は“魔法の使い方を知らない”」

「……最悪な感じだな」

「そうですね。ある意味、人間族もそうだと思いますが……人の王家のものは古に女神と契約し、魔力を得ている。そして、魔法の使い方を調べ始め、昨今その成果が現れ始めた。……メロティスにとっては妖精としての威厳を取り戻す為の、よい手段となった事でしょう」

「…………」


うーん、ややこしい!

……オークランド侯爵のやってる事は面倒な事この上ない。

というよりも、もうコレ明確な反逆行為なんじゃないのー?

しかも時期が時期だし…。

メロティスという妖精の亜人の目的が妖精国に行く事なら、正直勝手にしやがれって感じだが……奴の掲げる思想が『人の国を乗っ取り亜人の国を作る』もので、それに密かに協力している家の中にオークランド侯爵家がほぼ筆頭の一角として名を連ねているのなら…………それはもう、アレじゃん完全に。


「…………ん、まあ、お前の言いたい事は分かったよ。伝言も了解した。とりあえず休み明けだな」

「そうですか」

「こっちも調べて欲しい事があるんだけど、ついでにいいか?」

「オークランド侯爵家の事ですね?」


察しが宜しくてさすがすぎか。


「俺の義弟のルークなんだが、オークランド侯爵家と関わりがあるようなんだ」

「おや、また出自の調査ですか? 今回の王族貴族たちは行方不明になりすぎてはありませんか?」

「お、俺に言われても……」


俺別に自分で望んで行方不明になったわけじゃないもん。

若干俺もそう思わないでもないけど……少なくとも俺やマーシャは自分の意思で家出したわけじゃありません。

ルークもな!


「それと……」

「オークランド家の悪事の証拠ですよね? それなら割と集まっています」

「え、仕事早すぎない?」

「フフフフ……言ったはずですよ、負けられては困る、と。不安要素を取り除きたいと思うのは我らとて同じです」

「……頼もしいです」


仕事モードオフで言われると尚の事だよ。


「その言葉はそっくりそのままお返しします」

「え? なんで?」

「フフフフ……なかなか充実した時間でしたから。では朝のお忙しい時間に失礼しました。また王都でお会いしましょう……オズワルド殿下」

「⁉︎ キモ! おい、その名前はーーー」


窓が開く。

薄汚れたマントの下から広がる翼。

ニタリ、と笑ったニコライが飛び立っていく。

……くっ、あの翼いいなぁ!

王都まで馬車なら2時間……あの翼ならケツの痛みなど気にせずもっと早くたどり着くはず!

じゃ、なくて!


「……なんで機嫌よかったんだろう?」



あいつとはやはり分かり合えない気がする……。





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