其の九 ・ ヲシテと火之神
「自衛隊を引き連れるって云っても村の中だ。たいした距離じゃない」
「井川博士、伊藤神主が云っていました。此処には誰も来なかったと。つまり、鬼来神社周りは手薄なんです」
「百目野さん、手薄って云っても、自衛隊が直ぐすっ飛んで来れますよ」
「其のたいした距離でもない道で奴が一気に我々を潰しにかかることが考えられます」
「ええ、鬼来神社にあるご神体の書が奴の弱点ならね」
しかし、何も起きずに神社に着いた。
社務所は村長殺害現場として、立ち入り禁止の黄色いテープが巻かれてあった。窓は破壊されたままだ。警察関係者は誰も居ない。
「何故、襲って来ない?」
意味はわからなかったが、とにかく鳥居を潜り、祠に急いだ。
自衛隊は周りを警備した。
祠に着いて扉を開けると、相当量の書を保管する木箱が並んでいた。
表題にはひらがな、漢文などで書かれてある。
「凄い量だ。考古学者は大喜びするだろうな。百目野さん、どれだかわかりますか?」
「ひらがな文字だと平安時代頃のものでしょう。カタカナは明治以降。漢文はややこしい。天平〜江戸の時代までかかります」
「時代で視てもわかりませんよ」
井川、加尾、百目野は、さんさ、羅刹鬼、三ツ石神などと書かれてあるものは無いか?手当たり次第探した。
「百目野さん、此れは何?」加尾がある書箱に眼をやった。其の表題は視た事も無い文字で書かれてあった。
「こ、これは・・・ヲシテだ」
「ヲシテ?」
「ヲシテ文字。神代文字です。神代文字は色々発見されています。阿比留文字、太占、カイダ文字、全て謎です。漢字伝来以前に古代日本で使用されたとされる日本固有の文字の総称です。神代、初代神武天皇が即位した紀元前660年より前に使用されたとされる文字とされるものです」
↑ヲシテ
「神武天皇以前?!」
「しかも此れは・・・天照大神が書いたとされるもの。それをヲシテと云います」
「天照大神ーーーーー!???ひゃ、百目野さん、読めるんですか?」
「多少しか現代でも訳されていません。其れも疑心暗鬼な訳です。此れは何かのヒントな筈だ」
「ほ、本物なんですか?」
「わかりません。本物であっても否定者と肯定者がいます。古代文字に詳しい学者さんが必要ですが・・・天照大神がかかわるのなら・・・奴は・・・」
「奴は?」
「古事記に書かれる火之神かもしれない」
「まってください。わたしも其の話は知っています。伊邪那美命が産んだ火之神・火之迦具土神。彼女は女陰を焼かれて絶命してしまう」
「そうです。怒った伊邪那岐命は火之神を十握剣で、首を切り落として殺してしまいます」
「神話とは云え、死んでしまいますね」加尾が聞いた。
「処が其の後の話があります」
古事記によれば、後、火之迦具土神の血から、以下の神々が生まれた。
○石折神
○根折神
○石筒之男神
以上三柱の神は、十拳剣の先端の血が岩石に落ちて生成された神々。
○甕速日神
○樋速日神
○建御雷之男神別名、建布都神
以上三柱の神は、十拳剣の刀身の根本の血が岩石に落ちて生成された神々。
○闇淤加美神
○闇御津羽神
以上二柱の神は、十拳剣の柄からの血より生成された神々である。
また、火之迦具土神の死体から、以下の神々が生まれた。
○正鹿山津見神・・・迦具土神の頭から生まれる
○淤縢山津見神・・・迦具土神の胸から生まれる
○奥山津見神・・・迦具土神の腹から生まれる
○闇山津見神・・・迦具土神の性器から生まれる
○志藝山津見神・・・迦具土神の左手から生まれる
○羽山津見神・・・迦具土神の右手から生まれる
○原山津見神・・・迦具土神の左足から生まれる
○戸山津見神・・・迦具土神の右足から生まれる
「百目野さん、あなたは其の古事記に書かれた火之神が奴の正体だと云うのですか?」
「わかりませんが、コンクリートを溶かし、マグマに棲むであろう者、放射能を蓄えた者・・・高熱の持ち主でしょう。素志て古生代から生きて来た化け物・・・古人たちは其れを目撃してきたのかもしれない。井川博士、加尾君、さんさの元歌が書かれたものが何処かにある筈だ。其れが大いなるヒントに成る筈」
「さんさの元歌の書ですか?」
3人はあわててまた探し始めた。
「あったぞ。此れじゃないか!?」
木箱の表題にひらがなで「さんさ」と書かれた木箱を見付けた。