其の伍・井川博士の見識
「百目野さん、私たちの宿舎に来ませんか?」井川博士が百目野に、そう、提案した。
「内田家では気を使うでしょ?」
「はい、まあ・・善いんですか?」
「構いませんよ。なあ、加尾君?」
「全然、構いませんよ」
「其れでは、お言葉に甘えて・・・しかし、奥さんには調査協力がしやすいからとでも云っておきます」
「決まりだ。まあ、奇麗とは云いがたい所ですがね。じゃあ、内田家にあなたの荷物を取りに行きましょう」
車は内田家の前に着いた。
「百目野先生!解放されたんですか?」奥方が玄関先まで出て来て叫んだ。
「いえ、証拠不十分で情状酌量のような・・・」
「村長が惨い姿で?」
「はい」
「奥さん、わたしが身元引受人のような感じになりまして、共に住むことにしました」
「井川博士、申し訳ありません、わたし、何も出来なくて・・・」
「何をおっしゃいます!あなたのご主人は行方不明なのに、気丈に善くやって来られています」
「主人は殺されています。村長が2人目」
「また鬼が襲って来ると?」百目野が聞いた。
「全て主人が悪いんです。発掘に取り憑かれて・・・妖艶し気な宝石商と名乗る者達が遣って来て、原石を高値でバンバン売ってたんです。井川先生の話や手続きも聞かず、勝手に」
「奥さん、百目野さんには私が宿舎で成り行きを説明します」
素志て博士達の宿舎に向かった。
宿舎と云っても、無人だった只の農家だ。学者たちが入れ替わり来るので、結構広い場所を与えてもらったようだ。
即席で各ベッドルームやらが作られており、研究、調査の機器やらが、出来る限り揃えてあった。
「加尾君、珈琲淹れてくれるかい?」
「はい、先生」
井川は町に行ったり来たりしているので、家電やらも大抵のものが揃っていた。
「広いですね」
「学者たちが代わる代わる来ると云っても、殆ど、わたしと助手の加尾君との2人住まい。百目野さんを誘った意味がわかりましたか?(笑)」
「博士、先ほど奥さんが喋ろうとしたことは何ですか?宝石商?あなたは注意したと?」
「其の前に・・・奥さんは気丈にしていますが、精神的に相当まいっている状態です。結論を急ぎすぎる。だからわたしから話す、と云ったんです。其れだし、此処なら幾らでも話が出来ますよ」
「そうですね」
「此処らが最近、一大ペグマタイト鉱床だと発見されたのはご存知ですか?」
「はい。詳しくはわかりませんが・・・」
「ペグマタイトとは、溶岩が地中に溜まり、悠寛冷えて出来あがった、大きな結晶からなる火成岩(火山岩)の一種です。算出される鉱石は、石英、長石、雲母、蛍石、トパーズ、ベリル、トルマリン、ガーネットなどなど。此処らは古代、岩手山の噴火時に出来上がったと思われます」
「どのくらい昔なんですか?」
「古生代」
「古生代!た、確か、5億年から2億5000万年前でしたよね」
「鉱物が出来上がるまでには、とてつも無い時間と自然の力が働くんです」
「トパーズ、トルマリン、ガーネットか」
「取り出して精製すれば、高い値で売れます。所謂、宝石です」
「内田のご主人は、発掘して闇取引をしていたと?」
「・・・・そうです。警察は取引時に何かトラブルがあって、殺されたと視ています」
「此の鉱床は、どれぐらいの価値があるんですか?」
「天文学的な数字です」
「しかし、國の調査で大規模な鉱床が発見されたわけですよね。井川博士は元々、其の担当だったんですか?」
「はい」
「其れでは、勝手に発掘して売りさばこうなどとは?」
「出来っこ無いんです」
「何故?強引に進めたんでしょう?」
「金です。金をばらまいて、政治家をも巻き込んで。口封じを模索したんです。わたしたちも買収されそうになった。こんな辺鄙な所で起きていることです。目くらましに出来るんです」
「何故?警察に、マスコミに通達も出来たでしょう?」
「警察も、政治家も皆、金塗れです。彼等がマスコミをも抑えている」
「立ち入り禁止は?嘘?」
「半分は本当ですが、半分は嘘です」
「?」
「本当なのは、確かに被爆数値の放射能は検出されました。が、一時のものでした。調べると土中から漏れていたんです。地上には放射線を発するものは何も無かった。地面から漏れていたものは、一週間程で0になった。此れが日時を書き入れた表です」
パソコンにデータが書き込んである。視ると2日程で自然界の放射線数値に戻っている。
「始めは凄まじい数値が出ていますが、急激に下がっている。何故?こんな数値が?土中に何か危険な物が?」
「現場に放射線を出すものは何も無かった。百目野さん、わたしたちが思うに、此れは放射性の物をまとう、何かが地面の底からやって来て、また地面の底に戻った・・・移動したと云うことです」
「コンクリートを溶かして?」
「コンクリートは熱では溶けませんよ」
「強い酸は?水素ガスは?」
「検出0です。全て表に出ています」
「新型の核兵器?」
「そんなものじゃない。こいつは、こいつは生物です。点々と有機物の跡が検出されたんです。百目野さん」
「地の底からの呻き声・・・・」