其の弐・岩手鬼伝説
内田家も無論、此処に避難していた。百目野を知ったのは、警察捜査に進展が視られないと愚痴をこぼした頃、謎の人物から電話が入った。「そういう事件を生業としている探偵がいます。連絡先をお教えしましょう」と云われ、藁をも掴む気で連絡を取ってみた。
其れは阿鼻大学の電話番号だった。「はい、阿鼻大学です」「大学の電話?」「失礼ですが百目野さんは、いらっしゃいますか?」
「百目野はうちの講師です」
「講師?」
「いま、不在ですので伝えておきます。折り返し電話させます。何か伝えることはございますか?」
「あの・・・探偵さんだと聞いたんですが?・・・」
「探偵?さあ?」事務の女性は何のことやら・・・と云う対応だった。
「いたずらかな?!」
大丈夫なのか?・・・少し心配になって来た。
しかし、百目野から後、電話が入った。
「内田さまですか?百目野です。何か不可解な事件ですか?」
奥方は、吃驚した。実際に居た!
「はい、警察も匙を投げたんです。さる人から百目野さんは特殊捜査が出来る人だと聞きまして・・・」
「オカルト事件ですか?」
「そういう事件が、ご専門なのですか?」
「専門・・・っと云うわけじゃないんですが・・・講師担当の學科が、超自然學と申しまして・・・」
「なんだか頼りなさそうな感じ・・・」奥方はそう感じた。
「超自然学?」
「簡単に云えば、オカルト研究です」まずかったかな?・・・百目野はそんなことを云ってしまったことを後悔した。
しかし、此の奥方は妙に頭の回転が違っていた。
「東京小石川と云えば、哲学館(現:東洋大学)を設立し、妖怪学を推進した井上円了のお膝元・・・失礼ですが東洋大学ともお繋がりがありますか?」
「わたしの師の小泉教授が古くからの繋がりがあります。もっと古くは教授の曾祖父からです。考古学教授で超自然學科の顧問です」
「顧問?小泉教授の曾祖父?」
「ご存知ですか?小泉八雲先生です」
此れは本物だ!無論、奥方は小泉八雲を知っている。此の人は小泉八雲の血を引く教授の弟子なのだ。しかも研究者でありながら、探偵なのである。
「・・・いや、法螺話?顧問って・・・何?」
と、云って何処にも頼れる場所は無い。内田は此の人物に賭けて視た。
「百目野さん!私を私たちを助けてください!」
素志て百目野が遣って来た。
「コンクリートを溶かす輩、水素ガス、放射線、残していった鉱物、素志て音も無く部屋に侵入して?惨殺。死体は見付からない。何処かに持ち去ったようだ。何か一本の線が在る筈だ」
現場を視たいが地元警察と自衛隊が、放射能と水素ガスの危険性から立ち入りを頑として許さない。
「通常、60km四方は隔離するはず・・・此処から数キロしか離れていないじゃないか?」素志て百目野が不思議に思ったのが内田家の資産、資金源だ。
「内田商事と云う会社を称しているが、こんな辺鄙な村で一体どうやって莫大な利益を生んでいたんだ?」
村長に先ず挨拶を・・・と思ったが留守だと云う。内田家の居る避難所の家に足を向けた。百目野は不思議に思った。
「若い人が結構居るな」
普通であれば、こんな辺鄙な所など見捨てて都会に出るのが普通だ。そして村は過疎化していくものだ。
「よっぽど居心地が善いのか?」
事件のせいか?皆、怯えているように視得た。
避難した古家に着くと玄関で挨拶をした。誰も住んでいなかったとは云うが、奇麗に掃除してある。
「御免下さい。東京から依頼を受けた探偵の百目野と云う者ですが・・・」
奥から50歳代の品の善い女性が現れた。
「まあ、先生。私が内田の家内です。遠くから有り難う御座います」
「いえ、仕事ですから。え~、此のたびは、何と申したら善いのか・・・」百目野はお悔やみの言葉を探したが視つからなかった。
「先生、玄関ではなんですから御上がり下さい」
「失礼します。・・・先生・・・か」そんな呼ばれ方は、冷や汗ものだ。
「御荷物をお置きになってください。家の者は誰か居ないのかしら?」
「荷物は後で善いです。先ず、事件の詳細を聞きたい」
「奥さん、水素ガスだの放射能だのが蔓延したと云うのに、此の避難所は現場から近すぎませんか?」
「私たちは既に被爆しています」
「・・・・・」
「此の村の住民は皆、死ぬんです」
「・・・・・」
「一人の地元の科学者が教えてくれました。手遅れだと。村の実力者たちには伝わっています」
「何がそんなものを充満させたのですか?」
「放射能などは、もう影響は無いそうです」
「たった一ヶ月で?」
「危険区域。立ち入り禁止など嘘っぱちです」
「なぜ?」
「マスコミにも必死に隠しています。視せられないものがあるんでしょう」
「先生は超常現象や神秘学が、ご専門?」
「こういう事件を専門に探偵調査をしております。因に阿鼻大学超自然學科・講師と云うのが本業?・・・かな」
「まあ、お珍しい。探偵って云うと不倫調査とかが、多いもんなんでしょ?」
「ええ、そういう依頼の方が多いんでしょうね。私は・・その・・・異端なんです。で、奥様、あなたは事件がオカルト性があると思っている。其の根拠は何ですか?」
「はい、単刀直入に云います。主人は鬼に裁かれたんです」
「鬼に・・・裁かれた?」
「あの人は此の村の禁忌を侵したんです」
「と、云うと?」
「土を掘ったんですよ。数年前から」
「土を掘るのが禁忌なんですか?」
「此の村には土や山の至る処に鬼が棲んでいるんです」
「ちょっと、待って下さい。いくらオカルト専門と云っても探偵の端くれです。基本は現実的な犯人探しを行います」
「犯人は鬼です。だから貴方を呼んだ。警察の操作では絶対、其処にたどり着かない。・・・此の郷は古代、羅刹鬼が逃げて来た土地なんです」
「羅刹鬼・・・三ツ石伝説の・・・?」
岩手県盛岡市三ツ割・東顕寺に注連縄が捲かれた三つの大石がある。
其の昔、岩手山が噴火した折、飛来した石とされている。其の石は「三ツ石様」と呼ばれ、民達は祀った。
其の頃、羅刹鬼と云う鬼が里人などに悪事をするので、三ツ石様に鬼退治を祈願した。
願いを聞いた三ツ石神は羅刹鬼を石に縛り付けた。観念した羅刹鬼は許しを乞うので、「悪事はもうしないと云う証しを視せなさい」と三ツ石神が宣い、羅刹鬼は三ツ石に手形を付けて南昌山方向の彼方へ逃げ去った。
其処から「岩手」と呼ばれるようになった。
盛岡の旧称は「不来方」である。鬼が「再び来ない」と誓ったのでそう、呼ぶ様になった。
民達は喜び、幾日も踊り、神に感謝した。三石様の周りを「さんささんさ」と踊ったのが "さんさ踊り" の起源だと云われる。 三ツ石は元々1つの大岩で、何時頃か3つに割れたとも云われている。
ーーーー岩手三ツ石伝承
三ツ石神社
http://home.s01.itscom.net/sahara/stone/s_tohoku/034_mithuishi/034.htm
↑愛知県犬山市桃太郎神社の鬼の木乃伊。木乃伊自体は太平洋戦争で焼失し、現在は此の写真のみ。実物は体もあった。身の丈3.6m。手足の指は3本づつ。
「私たち、村人は古くから囚われの身なんです」