2章8 ケンイチ 文学部2年(6)
強盗犯らしき3人組が店に入ってきた。どうやら、立てこもりでもするようだ。
「クロスギさん、何か大変なことになってきましたね」
「そうですね…」
「どうしましょう?」
「彼らに大人しく協力した方が良さそうですね」
オレたちは打ち合わせを中断し、様子を見ることにした。彼らは拳銃を持っている。彼らの感情を逆なでするのは危ない。
彼らが、車を持っているか訊きにきた時、「待ってください!」と、どこかで聞いたことのある声が、つい立の向こう側から聞こえてきた。
ケンジ!?
ま、まさか…。
アイツはこんな暑い日に外出するはずがない…。絶対、家でグータラしているはずだ…。
3人組は、カウンターの前でサラリーマン風の男と交渉を始めた。そのうち、男が電話をかけると、オレの携帯が振るえた。マナーモードにしていたので、彼らは気づかない…。
あれっ、このタイミング、やっぱり、アイツ、ケンジか!?
「クロスギさん、ちょっと失礼します」
オレは席を立ってカウンターに近づいた。
ああ、やっぱりケンジだ。コイツこんなところで何してんだ?
「ケンジ!」
「ケンイチ! びっくりした。何でここにいる!?」
「ん、オレ、ここで打ち合わせしてたんだよ」
3人組は急に現れたオレを見て戸惑っていた。
「ちょうどいいや。50円持ってない?」
50円? コイツはいつも緊張感がないなぁ。
「ああ、あるよ。ひょっとして、この状況でその電話だったのかよ? ほらっ」
「お、サンキュー」
ケンジが50円を彼らのリーダーにお礼を言いながら渡した。
お前…、強盗犯にお金借りてたのか…。
50円を受け取るとリーダーは言った。
「おい、コイツは?」
「あ、これはオレの兄貴です」
「そっくりだな…。どっから入ってきた?」
「オレ初めからここにいましたよ…」
オレ、影薄いのかなぁ…。さっき車を持っているか近くで訊かれたのに…。
まあ、そんなことは置いといて、車と人質の話になった。彼らはオレの弟、ケンジを人質として連れていくらしい。
そんな危ないことケンジにさせられるか。双子の兄として守ってやらないと。オレは勇気を出して言った。
「待ってください!」
「何だぁ!」
彼らはオレを見た。
うわっ、こわっ、ガンバ! オレ。
「オレの弟を人質になんてさせない! するならオレにしてください!」
オレはケンジの前に立って腕を広げた。
「ほう、いい度胸だな。まあ人質は誰でもいい。お前、来い」
オレが彼に付いて行こうとすると、ケンジがオレの前に立ち、腕を広げて言った。
「待て! ケンイチを人質にはさせない。人質はオレにしろ!」
ケンジ…。お前…。
昔はよくお菓子やおもちゃを取りあってケンカしたっけ。双子の兄弟なんていらないと思った時もあった…。だけど、やっぱりお前は大事な弟だ…。お前も…、そうなんだな…。
「じゃあ。お前が来い…」
「ダメだ! 人質はオレだ」
オレは、またケンジの前に出た。お前はオレが守る!
「じゃあ…、お前だ…」
「兄貴! ダメだ。オレを人質にしろ!」
ケンジがさらにオレの前に立った。
「ケンジは行かせない! オレが人質だ!」
「いや、オレだ!」
オレたちは、トランプをカットするように、次々に前後を入れ替わった。
リーダーとして見れば、同じ顔が、服を変えながら、どんどんと近づいてくる感じだったろう。
もうリーダーとは目と鼻の先だ。彼は後ずさって、完全にひいていた…。
「アニキ、ここは2人の意志を尊重して、2人連れて行ったらどうですか?」
「そうだな…、確かに、意志を尊重するのは大切だ…。しかし…、コイツらは面倒くさい…。2人とも置いて行こう。人質は別のヤツにする…」
「お前らはいい。もとの席に座ってろ」
オレは、そのまま席に戻り、ケンジは自分のカフェラテと、カウンターで水を1杯もらって席に向かった。リーダーは客の前に立って言った。
「この中で人質をひとり選ぶ…。一応、聞くが…立候補するものはいるか?」
「オレが」
「いや、オレだ」
「双子は静かにしていろ…」
リーダーが言った。
「俺の車だ。俺が行こう」
黒いジャケットの男性が言った。しかしケンジが制止し、リーダーも彼を除外したように、視線を外した。
「他に誰かいるか?…」
誰も口を開こうとしない。
BGMが静かに流れる。今はショパンの夜想曲…。
その時…、
プッ、プウーッ!
甲高いおならの音が夜想曲のリズムに合わせて響き渡った。リーダーは老人に顔を向けた。
「お前か! お前が人質でいいんたな!?」
「いや、いや、いや、違う、違う、これは返事じゃない。おならだ。屁だ。わしは嫌ひゃひょ、ほご、ほごっ」
必死に否定しようとして、口から入れ歯がこぼれ落ち、床を転がっていった。
「あ…、お前はいい…」
リーダーは、クロスギさんと女性を見た。老人の隣の席の女性は、鼻をつまんでいる。
その時、厨房の方から大きな声が聞こえてきた。
「もしもーし! 刑事さん! もしもしー、聞こえますかー、もしもーし…、あ、切れた…」
作業着を着た男性が、携帯電話で話しながら厨房から出てきた。身体をグリグリ動かしている。きっと電波を探しているのだろう。
そして、客席に目をやった時、全員の注目を浴びていることに気づいたようだ。
「あ、あれっ、ど、どうしました?…。えー、あのー、何か…ありました?…」




