3章8 マスター 喫茶イコイ(7)
ボストンバッグを開けたタイジさんが、刑事さんたちの前でいきなり土下座をした。
「申し訳ありませんでしたー!」
えっ!? これは…、なぜ?
刑事さんたちも少し困惑している。
「どういうことですか?」
中年刑事さんが訊ねる。
「わ、私、嘘をついていましたー! 申し訳ありませんでしたー!」
タイジさんは、1回、刑事さんを見てから、もう1度頭を下げた。
「はい、分かりましたから、説明してくれませんか?」
刑事さんが言うとタイジさんは「はい」と言って、土下座したまますまなそうに私に視線を送った。
「あ、あの刑事さん…、他の人に聞こえない所でも、よろしいでしょうか…」
刑事さんたちは顔を見合わせた。
「じゃあ、こちらの方でも…」
と、タイジさんを出入口の方に、連れて行った。
タイジさんを、駆除の依頼でここに呼んだのは私だ。私に責任がある。私はこっそり彼らの近くに身を置いた。
「で、どういうことですか?」
「はい…実は…、私…ナオタ電機じゃあないんです…」
「と、言うと…」
「私、タイジ害虫駆除サービスの社長をしております。タイオサムと言います…」
名刺と免許証を見せた。
「はあ…」
「実は…、こちらのマスターに…、害虫の駆除を依頼されて来ました」
「そうですか…。で、何で身分を偽り、嘘を言ったのですか?」
「私です! 私が、そう依頼したのです!」
私は、タイジさんの後ろから、刑事さんの前に進み出た。刑事さんたちの視線は私に移った。
「申し訳ありませんでした…。喫茶店のイメージダウンにつながると考え、ゴキブリが出たことを知られたくなかったのです」
私も頭を下げた。
「そうでしたか…、それで電気工事の名目で、駆除の作業をしていたのですね…」
「私は逮捕されますか?」
タイジさんは言った。
「そうですね…」
刑事さんは何か考えているように見える。
「逮捕されるんですね!」
「刑事さん、逮捕するなら、私です。仕事を依頼したのは私なのですから!」
私は、タイジさんを庇おうとした。
「刑事さん!」
タイジさんは必死な顔で見つめると、刑事さんは微笑んだ。
「大丈夫です。あなたに罪はありません」
「あ、でも、虚偽申告罪とかは…」
タイジさんが質問すると、
「適用されません」
刑事さんはすかさず言った。
「偽証罪とかは…」
「まったく適用されません。安心してください」
タイジさんは力が抜けたようだった。
「あー、よかった。ホッとしたら、何か、ビール飲みたくなってきましたよ。もう、厨房から出てきたら修羅場はあるし、警察は来るし、もうどうなるかと思いましたよ…」
タイジさんは生き生きしてきた。
若い刑事が中年刑事に耳打ちした。
「ヤマさん! こうしている間にも、犯人が逃亡してしまいますよ!」
すると中年刑事は、若い刑事の肩をポンポンと叩いてから言った。
「では、みなさん、ご協力ありがとうございました。失礼します」
カランカランとドアの音を残して、刑事さんたちは店を出て行った。
店の奥を見ると、皆が私たちを見ている…。
「タイジさん、ご迷惑をおかけしました…」
「いや、いいんですよ。マスターは悪くありませんから…」
「皆さまには私からちゃんと説明しますので…」
「了解ぃ」
先ほど見失ったゴキブリは、今も客席のどこかに潜んでいる…。私は、お客さまにそれを隠した。気づかなかったとしても、不快に感じる人がほとんどだろう…。
その駆除をするために、タイジさんには、皆を欺かせ嘘をつかせてしまった…。
本当に申し訳ない…。
さて、何て説明しよう…。




