3章6 ケンジ 芸術学部2年(8)
中年刑事がふり返って言った。
「実は、銀行強盗の3人は、大きな黒いボストンバッグを持っていたと、証言がありまして…、ちょうど、あそこのテーブルの上にあるようなバッグです…。念のため…、中を確認させていただいてよろしいですか?」
店内にピリピリとした時間が流れた。誰も動こうとしない。
「えー、これはどなたのバッグですか?」
刑事さんは訊いた。
誰も答えようとしない。その時、
「あ、すみません…」
あの長澤まさみ似のおねーさんが立ち上がった。
「あなたのですか?」
「あ、すみません。違います…。私、ちょっとお手洗いに…」
おねーさんが静かにトイレに行った。トイレは出入口とカウンターの間を入って行った所にある。
ずっと我慢していたのかな…。
そう言えば昔は、キレイなおねーさんは、おしっこもウンチもしないって思ってたなぁ…。するのは、おしっこじゃなくてダージリンティー、ウンチじゃなくてマシュマロ…。
でも、そんな幻想はもうない…。うん…ない、…少しは残ってる…かな…。
刑事さんたちは、おねーさんがトイレに入るのを見てから言った。
「で、こちらのバッグは…誰の物ですか?」
「そ、それは電気工事の道具です…。あやしい物ではありません…。刑事さん」
喫茶店のマスターが言った。
「あ、そうですか。ではこちらは…、えー、ナオタ電機さんの物ですね…、ナオタ電機さん」
「は、はい!」
「見せていただけますか?」
「え、わ、私?…」
刑事さんたちはボストンバッグの前まで来て、待っている…。
電気屋さんは、刑事さんたちを見て、マスターを見た。マスターは、「行け、行け」と無言で顎を動かしている。
あのバッグの中身って銀行のお金だったよね…。
電気屋さんが刑事さんとバッグのある席に歩いて行くのを、みんなは固唾を飲んで見守っている。
「これを開ければいいんですね…」
「お願い出来ますか?」
刑事さんたちは、微動だにしない。
電気屋さんが、バッグのチャックに手をかけた。銀行強盗のウメダさんとマツさんは、冷や汗を額に浮かべ、足をジリジリ動かしている。電気屋さんは刑事さんに言った。
「開けますよ」
「ええ」
「いいですか?」
「どうぞ」
「本当にあけますよ」
「もー! いいから開けろ!」
若い刑事がたまらず叫んだ。電気屋さんは、ビクッとして言った。
「では、開けます…」
電気屋さんは顔をそむけ、目を細めてバッグを開け始めた。
チャックの音が店内に響き渡る。
ジジジジジジッ。
全員の注意が、バッグに注がれる。だけど、オレたちには中は見えない。中を見れるのは、電気屋さんと刑事さんだけだ。
バッグを全開にして、中をのぞき込んだ刑事さんたちは、目を見開いて言った。
「こ…、これは…」
ウメダさんの右手が背中の銃に伸びた。




