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1:the Castle and a Casket

 1月10日。

 10畳の部屋にベッドとデスクトップパソコン、高級スピーカー、それに若干埃を被ったゲーム機を置いている自分の部屋。血の匂いの全く残っていないこの場所は、居心地がいいようで、焦りのような妙な感覚を抱かせる空間だ。そこで僕は、今日も動画サイトを漁っている。

 日本育ちで良かったと思うのは、素晴らしい日本の音楽の紹介文や歌詞を苦労なく読めることだ。もちろんクラシックやラテン語、英語の歌もいい。けれど僕は、日本のゲームが好きだ。正確には、ゲーム音楽が。


「今日は何を聞いているんだい」

ふいに声がして振り返ると、そこにいたのは僕のいわばパトロンだった。

彼は背があまり高くない。まるで少女のような表情をするときもある、中性的な顔立ち。彼はその顔によっぽど自信があるのか、女装して出ていくこともある。そこは若干気に入らないところだ。今もそう。

「やあ、アナンデール侯爵。聞いてみてください。Z.O.E(ゾーイ)のメインテーマはとても良い」

侯爵はしばし「Beyond the bounds」に聞き入っていた。

「ゲームをやったことはあるのかい」

「残念ながらまだなんです。でも、この音楽には、かきたてられるものがあります」

アナンデール侯爵はニッコリと笑った。

「そうかい、良い研究になるといいね」

僕の頭をぽんと撫でる侯爵。手袋をしているとはいえこれが本当に不愉快で、鳥肌が立つほど気味が悪いことをいつになったら分かってくれるのだろうか。僕は彼を見た瞬間から、これを想像してげっそりしていたのだ。

「だいたい目星はつけてますよ」

僕は頭の汚れを急いで払いのけ、先程より前のめりになって画面に集中した。研究を手伝ってくれる人間を探すのだ。

 そう、人間は簡単に見つかる。


------


「こんにちは、キャス。本当にキャスケットを被ってるとは」

「まあ、あなたがルウ?」

「そうです。ずっと会いたかった。僕はルイス・エドワード・サクラメント。あなたの名前は?」

「わたし、本名はアンナ・ブルトンっていうの。よろしく」

僕はこのアンナのような研究助手と、インターネットの匿名SNSで出会うこともある。僕にはいろんな名前があって、たくさんの繋がりがある。

アンナはこれからされることに胸を膨らませているかのようだ。

「今日はどこに連れてってくれるんだった?」

「お城の見学です。知り合いが城を持ってるんですよ」

「お城を持ってる?すごい、貴族の方?」

「今時の貴族は名ばかりですよ」

女装家の変態だし。

「でも、きっと楽しんでくれると思っています」


 城というのは、先代かその前くらいのアナンデール侯爵が、ロンドンから電車で一時間ほどの土地にロマネスク様式で建てた「サクラメント城」の事だ。

その一部は僕の手で改造されており、一度入ったら出口を知っている者しか出られない魔の宮殿となっている。

「すごい…………綺麗なお城」

「城にしてはそこそこ新しいですから」

入りましょう、と言って背中を押すと、アンナは中のステンドグラスを見ながら素直に入っていく。僕は木の枝を拾っておくのを忘れずに、あとに続いて扉を閉めた。

 これで彼女はもう出られない。

僕はこれから始まる研究に胸を高鳴らせた。

 なんとか呼吸を整えて、アンナの方へ向き直る。

「アンナ。始めよう」

城の至るところに置かれたスピーカーから流れる音楽は、もちろん「Beyond the Bounds」だ。僕はこの歌詞のとおりに彼女を殺したい。そう思っている。

「なに、この曲?」

「君がこの曲に合ってるとおもった」

「合う……?」

「これから君は神に心臓を捧げる。それから魂を、体を、目を。そうして君と僕は、共に未来の世界を探し求める」

僕は懐からナイフを取り出す。小さな小さなナイフだが、僕のお気に入りだ。

「さ、逃げるんだよ、アンナ。僕は少し待つ」

アンナはぽかんとして、動きを止めていた。そうか、感情が足りないのか?

「どうすればもっと恐れてくれる?」

彼女との距離をぐっと詰めると、一瞬ぴくりと肩が上がったのがわかった。だが、まだ足りない。僕は彼女の左肩を刺し、そのまま自分の腕をいっぱいに捻った。アンナは叫び声を上げ、精一杯僕を突き飛ばす。

「さて、今度こそ僕は少し待ちます。道を探そう、アンナ」

 ようやく彼女は逃げ出した。生きるために、必死で突破口を探すのだ。それとも、ただ逃げ惑い、隠れるだけかもしれない。

僕は大きな声で10秒数えた。そして、彼女の血の跡をゆっくりと追いかけ始めた。


 一歩一歩、踏みしめるごとに胸が高鳴る。もうはちきれそうだ。緊張してきた。

暖炉に火をくべて、火かき棒を熱しながら気を沈めた。彼女は今頃どこに逃げ、隠れているだろう。止血するような冷静さが今の彼女にあるだろうか?いや、それはない。彼女は今か今かと、僕が来るのを待っている。

 真っ赤になった火かき棒を片手に、あるき出す。僕の研究の準備は整った。

「神話みたいな世界を作ろうじゃないか、アンナ」

どこにいるかもわからない彼女に話しかける。血の跡はいつまでも点々と続いていた。僕はひたすら、追いかけた。そしてついに見つけた、一番奥の大きな扉を開けようとする、彼女の姿を。

「やっぱりここですか」

「…………っ!」

アンナは息を荒げ、涙をにじませて僕を睨む。

「今、僕と君は共に関わり合って、未来を探している。理想の未来をね。それが大切なんだ」

「み……らい」

「ゲームみたいに、世界は簡単に滅びの危機を訴えたりしないし、僕らは救世主になれるわけでもない。けれど、僕がこうして舞台を作れば、君はヒロインになることができる」

彼女に僕が理解できないようだった。構わない。

「いい加減始めよう」

僕はじりじりと、彼女に近づいていく。まだ歩き方のぎこちない子猫が大人に甘えるように。彼女はその場に座り込んで僕を待っている。

僕は、震えるだけの彼女の右目を火かき棒で焼いた。蒸気のような、煙のようなものがでて、彼女の叫び声が響く。うるさい喉に枝を突き刺してやると、叫び声の代わりに血を吐き散らしていた。

さて、最後に彼女の心臓を貰わなければならない。僕は彼女の上にまたがり、お気に入りの小型ナイフで胸をくり抜きながらぼんやり考え事をする。

このあとは青い鳥たちの羽をむしってその上に体を載せ、心臓にさっきの枝を突き立てて、腕を上げさせる。すでに天井からワイヤーを垂らしておいたから、それに固定すれば腕を上げているように見えるだろう。それから鳩に心臓をもっていかせる。


「そうだ、いいことを思いつきました」

瑞々しい心臓を眺めながら、僕は語り掛ける。

「これが終わったら、何か食べましょう。肉か魚……いえ、肉料理がいいですね。あんまりおなかの調子が良くないんですけど。煮込み料理かな……」

ふと心臓を見つめなおして、彼女がとうに死んでいることに気付く。

僕はため息をついて、城にあらかじめ準備しておいた鳥の羽と鳩を取りに行く。つつがなくすべての作業は終わり、最後に鳩の足に括り付けた袋に心臓を入れ、逃がしてやる。

「青い鳥、平和の鳥よ、さようなら。幸福なる未来を導かんことを」

僕はしばし、余韻に浸った。血に濡れた手袋を捨てた後、ぼんやりと死体をみつめる。

 朝日が昇る前にアナンデール侯爵の手配した車が来る。いつものように死体を運び出して、僕は彼女を持ち帰った。


------


アナンデール侯爵のもとへ帰ってくると、彼は起きていて、わざわざ玄関で僕を出迎えた。

「穏やかに終わったかな?ルイス。彼女……名前はなんだっけ」

「名前?僕ももう覚えていませんよ」

「……そういえば、君はいつもそうだった」

僕は一人で死体を抱え、部屋に運び込む。眠くてたまらなかった。シャワーが浴びたい、そう思いながら、冷たくなっていく体と血液の感触を覚えながら眠りへと誘われていった。

それが僕の一日。



(the Castle and a Casket 「城と1つのキャスケット」)

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