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第99話・次の一手

 多大な被害を負いながらも、ウシャス軍は『フラッド』を退散させた。またいつ襲われるかわからないという危険な状態であることに変わりはないが、一応この問題は片付いたと言ってもいい。だが、問題は他にも山積みだ。


 ラクラが次に取った行動は……。


「ふむ。確かに、レンの言うことももっともだ。少なくとも理屈の上ではな」


「ですが、私にはとても考えられません。彼らが裏切り者だなどと……」


 『フラッド』との交戦でいったんは棚に上げていたことだが、このままうやむやにしているわけにはいかない。軍最高権利者・ウェンダからの命令。それはテンセイ、ノーム、コサメの三人を始末しろというものだった。


 ラクラの意思は今も変わっていない。テンセイは無実だと信じている。しかしながら、側近であるレンは逆に疑惑を持っている。そこでラクラはヤコウを会議室に呼び、彼の意見も聞くことにしたのだ。本来なら、もう一人の幹部であるクドゥルにも同席願いたいところだが、やっとのことで寝かしつけられたクドゥルを起こすのは気がひける。第一、彼はテンセイ達との交流がほとんどない。


 いつもはオールバックに固めているヤコウの髪も、今日は寝起きでバラけたままだ。


「ヤコウ。あなたが彼らとともにいた時間はほんのわずかですが、それでもテンセイさんの人柄は見えたはずです。……それも踏まえて、考えてください」


 もっとも、ラクラは相手の意見を聞いて自分の意思を変えるつもりはない。ただ、ヤコウが自分を肯定してくれるならありがたい。そうすれば安心出来る。ヤコウと意見が合えば、ラクラにとってこれほど心強いものはない。


「そうだな……。確かに、私もそう思う。あの男は人を陥れたがるような人間には見えない。あくまでも私の主観だがな」


 この言葉を聞いた時、ラクラの表情はほころんだ。


「あまりアテにはしないでくれ。私が彼らとともに行動したのはゼブの地下牢に投獄されていたわずかな時間だけだ。その間に他人の真実を見抜けるほどの眼力は私にはない」


「それは私もです。……それで十分です」


「しかしだ……」


 ヤコウはイスの背もたれに深く身を預け、天井を仰いだ。ヤコウは二十四歳。大国の命運を背負うにはあまりに若い顔が、無表情を保ったまま口だけを動かす。


「やはり、レンの言うことも一理ある」


 ラクラの表情が固くなった。その方は見ないまま、ヤコウは続ける。


「残念ながら、昨夜の『フラッド』襲撃事件も絡めて考えるとそうなる。もしもトゥエムの言う通り、ウェンダ様が裏切り者でゼブの内通者だと仮定しよう。そうなると、テンセイ君ら三人がゼブを脱出して帰還したことも、東支部が『フラッド』に襲われたことも、全てゼブに筒抜けになっていたことになる。それなのにゼブは何もしてこなかった」


 「見届け役」としての役目を終えたヤコウは、二人が処刑された後も、数日間ゼブに滞在していた。コサメの姿が牢から消えたため、その行方を問われていたからだ。ヤコウは「Dr・サナギに連れて行かれた」とだけ主張し続け、後日、当のサナギからそのような確認が取れた。これでヤコウの役目は完全に終了し、その確認が取れた翌日にウシャスへ帰還した。その帰還した日が、ちょうど『フラッド』との交戦の日であったと知り、すぐに応援に駆け付けた。


 そのことを前置きとし、ヤコウは語る。


「私はゼブに滞在中、何度かサダム王や側近の将軍達と交流した。その中で、テンセイ君ら三人が帰還したことや、『フラッド』に関するような話は一切出てこなかった。……『フラッド』はともかく、三人の帰還のことを私に言わなかったのはどういうことだ? 彼らは処刑されるために連行されたのだ。それなのに脱走して生き延びたということは、ウシャスが契約や掟を破ったことに等しい。ゼブがウシャスを責めるには格好の材料だろう」


「それは……確かに、そうですが……」


「そしてもう一つ。『フラッド』襲撃のことをゼブが知っていたなら、何かしらの行動を取っているはずだ。東支部を支援するために部隊を派遣し、……多少の戦力は残しておいたとはいえ、軍本部の警備は手薄な状態だった。そのことは容易に想像できるだろうし、そこをゼブが突かなかったことは不自然だ」


 このことは、ラクラも感じていた。ゼブの船がヤコウを送ってくるという情報を聞いた時、真っ先に警戒したことが、ゼブの本部への襲撃である。だがゼブは何もしなかった。受け渡しを行ったウシャス軍人から報告を受けたラクラは、何故攻撃されなかったのかと疑問に思っていたのだ。


 ラクラは言った。


「つまり……ウェンダ様は裏切り者ではないと? ゼブへは何の情報も流していなかったと……。そして本当の裏切り者はテンセイさんだとでも?」


「あまり短絡に受け取らないでくれ。仮にそうだとしても、矛盾はいくらでもある。あくまでも可能性の話だ」


 だったら、初めからそんな話をしないでください――。思わずそう言いかけ、慌ててラクラは口をつぐんだ。話を持ち出したのは自分の方だ。


「ウェンダ様からは何か言われたのか? その命令を出されてから今までの間には」


「何も……。東支部でクドゥルに交戦の命令を出したきり、自宅へ帰られたそうです。おそらく今頃は通常通りに政府官庁へ出向かれているかと」


「そうか。ならばやることは決まっているな」


 ヤコウはあごを引いてラクラに視線を合わせ、今度はイスを引いて立ち上がった。


「テンセイ君から話を聞くことだ。彼の行きたがっている島で、いったい何が予想されるのか。なぜ『フラッド』は彼との戦闘を途中でやめたのか。彼に語ってもらわなければ何も始まらない。不明な点を一つずつ明らかにすることが、彼自身の容疑を晴らすことにもなるだろう」


 濃茶の髪をかきつつ、扉に向かった。ノブに手をかける直前、ラクラの方を振り返った。


「彼から話を聞くのは君に任せたほうがいいだろう。……辛い役目を背負わせてすまないが、私より君の方が適任だ」


「……ええ。今、テンセイさんはコサメさんを連れて町に出られてますから、帰られた後に」


 それがラクラに出来る精一杯だった。

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