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第97話・新たなる旅立ち

 夏の海岸沿いとはいえ、夜の風は冷える。戦闘で火照った体が冷却され、昂った感情も慎められていく。特に、三人と一匹の先頭を歩く男・ダグラスは、感情の萎えを誰よりも深く感じていた。


「ったくよォ、リクは何考えてんだ? やると決めたらとことんやるってのがオレ達のルールなのによ」


 強風対策で植林された松林を歩きながら、誰にともなく問いかける。だが、それに答えるものはいなかった。エルナとジェラートも同じことを考えていたからだ。


 追手の気配はない。先ほどまでの戦いが夢幻のように感じられるほど、あたりは静かだ。静かな月夜である。木々が、月光と言う名の酒に酔っているようにも見える。歩いて行くごとに、潮騒が大きく聞こえてくるようになった。ふいに視界が開け、音の発信源が直視できた。海岸と、そこに寄せては引くさざ波が。


「遅かったな」


 声がする。磯に転がる岩の一つに、布で顔の下半分を隠した男が座っていた。


「よぉ、そいつ、相変わらずお前にべったりだな」


「疲れて眠っているだけだ。エルナ、代わってくれ」


 言うまでもなく、男はリークウェルだ。岩に腰掛けるリークウェルのヒザは、あどけない顔で眠るユタの枕になっていた。


「想像以上に粘られたからね。さすがのユタも疲れちゃった?」


 エルナがリークウェルの隣に座り、ユタを抱きかかえて自身のヒザに移動させた。ユタは小さく声をもらしたが、相当深く眠りこんでいるらしく、目は覚まさなかった。


「で、想像以上に粘られたから退散しました、ってなわけはねぇよな? リク」


「当然だ」


 ダグラスとジェラートも、思い思いの場所を決めて座る。


「もっと面白いものを見つけたからだ。ウシャスとゼブの戦争なんかより、ずっと面白くて大切なものをだ」


「ほう?」


「……フェニックスの恩恵。それを持つ者を見つけた」


 三人は、言葉の意味がわからなかった。驚きは時間をおいてやってきた。


「み……見つけたのかよ! 残りを!?」


「ああ。共鳴、というのかな……同じ力を持つ何かを感じた。それに力の片鱗も見た」


 フェニックス。この名前は、どんな軍隊や兵器でさえも恐れぬ『フラッド』を激しく震撼させた。


「ウシャス軍の中にいたの?」


「少し違うが……まぁ、そんなところだ。ただし完全なものではない。まだ……足りない」


「ってことは、まだどっかに残りがあるってか?」


「ああ」


 ”残り”。これこそが、『フラッド』の求めるものであった。『フラッド』はこのために旅をし、戦いを繰り返してきたのだ。


「そうなると、ここでボヤボヤしてる場合じゃあねぇな」


「目的は決まった。ウシャス軍などにいつまでも構っている場合ではない。ユタが体力を取り戻ししだい、あれを取りに向かうぞ」


「やっと……私たちの旅も報われる時が来たわね」


 月夜の海を見つめつつ、『フラッド』は、次の旅に思いを馳せていた。




「我々は勝ったのか? 負けたのか? どっちなのだ」


「それは、その……なんとも」


「許されるか! こんなフザけた事態を!」


「クドゥル様、まだお身体が優れませんので落ちつかれてください!」


 ウシャス本部の医務室。クドゥルがさかんに吠え、部下の軍人が必死になだめている。クドゥルは脚の傷こそ大したものではなかったが、能力を使い続けたことによる衰弱が激しい。そのために安静を強いられている状態なのだが、怒りの情がそれを拒んでいる。


「勝ちか、負けか。どちらかと言うと負けの色が濃いな。我々の被害は甚大だが、奴らは全員生きて逃げ延びている。敵を退けたという意味合いでなら、勝ちと言えないこともないだろうが……」


 クドゥルが盛んに怒りをブチまける声をカーテン越しに聞きつつ、ヤコウは冷静に分析する。その隣にはラクラがいた。そして、コサメを連れたテンセイも。


「あんな具合だ。テンセイ君。君の望むところへ旅立つことが出来るのは、もう少し遅くなりそうだ」


「わかってる。それに、こいつが目覚めるまでにもまだ時間がかかりそうだ」


 一同が囲むベッドには、ノームが寝ている。リークウェルによって『紋』を傷つけられたノームは、戦いから一夜明けた今もまだ意識不明の状態であった。意識を取り戻すのに必要な日時は傷の具合によるが、軍医の見解では、あと数日はこのままらしい。


「しかしながら、『フラッド』の行動は解せないな。ずいぶんと執拗に攻めてきたかと思えば、急に退散していった。いったい何がしたかったのか」


「さあ……。あの竜巻が撤退の合図だった、ということしかわかりません」


 竜巻が発生したのは、ラクラとヤコウ、それに支援部隊が『フラッド』を完全に包囲して数分が経った頃のことであった。風の柱が天へ昇ると同時に、ダグラスの爆弾が空へ放たれた。放たれた爆弾は空から地へと行先を変え、あたりに降り注いだ。上方からの爆撃に対しては、ガレキの壁も役に立たない。ウシャスの軍勢は自分の身を守るのに手一杯となり、その隙を突いてダグラス達は脱出を始めたのだ。


『くッ……! 爆発に乗じて……』


 ラクラは爆圧半径を計算して回避しつつ、懸命に『フラッド』の位置を把握しようとしていた。敵を追い詰めた状況を崩すわけにはいかない。絶対に逃がさない、とラクラは判断したのだ。


 だが同時に、もう一人の幹部は別の判断を下した。


『奴らを追うな! 防御に専念しろ! 奴らは逃がしても構わない!』


 ヤコウが叫んだ。そして、軍人達はそれにならった。


 そして『フラッド』を取り逃がした。一度掴んだ勝機を手放したのだ。


「どちらにせよ、一瞬出遅れてしまったからな。奴らが潜伏場所から飛び出したその瞬間を攻撃出来ればよかったのだが、対応が出来なかった。浮足立ったまま奴らを追おうとしても被害が増えるだけだ」


「フン、体勢が十分出ないのは相手も同じだったろうに」


 カーテンの向こうからクドゥルが口を挟んできた。


「奴らが撤退を始めたきっかけは、そこのデカい男だ。そいつと戦っている最中に竜巻は発生したと聞くぞ。いるのだろう? テンセイとか言うヤツ」


 見えないが、刺すような視線がテンセイに伝わってきた。

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