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第96話・選ばれた存在

 リークウェルが攻撃をやめた。サーベルを握り、テンセイの方を睨んではいるものの、攻撃の意思が感じられなくなった。


「リク? 何してんの?」


 後ろからユタが声をかける。どうやらユタにとっても想定外の出来事らしい。


「……オレの名はリークウェル・ガルファ。お前の名は何という?」


 静かにリークウェルが口を開いた。わざわざ自分から名乗っているということは、それほど相手に関心を持っているということだろう。少なくともテンセイはそう察し、答えた。


「テンセイだ」


 余計な言葉は一切付け加えなかった。だが、リークウェルはさらに意外な言葉を吐いた。


「男の方ではない。その、背中に負われている子どもに聞いているんだ」


「え、子ども?」


 テンセイの背中で、ぴくりとコサメが動いた。今の攻防の中で、コサメの存在が知られてしまったようだ。しかし解せない。なぜコサメの名前を知ろうとするのだろうか?


「どういう風の吹き回しだ?」


「聞いているのはオレだ。答えろ。そいつはいったい何者だ?」


 呪術者を相手にしているわけではないのだから、名前ぐらい教えても構わないだろう。普段のテンセイならそうする。自分のことなら、全く構わない。しかし、その対象がコサメとなると話は別だ。コサメを巻き込むことは極力避けなくてはならない。


 そんな思いを打ち砕いたのは、当の本人であった。


「……コサメだよ」


「あ?」


 いったん布包みに隠れたコサメが、再び頭を出していた。そしてテンセイの首の横から顔をのぞかせ、リークウェルにしっかりと視線を向けて自ら名乗ったのだ。


「はぁ? なに、コイツ! なんでガキ連れたまんまで戦ってんの? バカ?」


 ここで初めてコサメの存在に気づいたらしく、ユタが声を荒げた。


「あんたもガキだろ。お嬢ちゃん」


「だ・れ・が?」


「黙れユタ」


 ユタをなだめ、リークウェルは言葉をつづけた。


「コサメ。お前は、自分のその力をどこで身につけた」


 この問いにコサメは答えなかった。正確には、答えられなかった。コサメはまだ、自分の能力がどのようなものなのかわかっていないし、”その力”が何を意味しているのかもわかっていないからだ。


「そのって、どの?」


「……テンセイとかいう男の傷を治した、その力だ」


 この事は、ユタもテンセイも、コサメまでもが気づいていなかった。先ほどの攻防の際、リークウェルのつま先の針で負傷したテンセイの左目付近。皮膚が裂けて血が流れていたはずが、いつの間にかふさがっていた。


「あ! リク、あれってもしかして……」


「オレ達は、世界中を回って色々なものを見てきた。奇怪な動植物や自然現象、様々な『紋』をな。だが、人間の傷を一瞬にして治してしまうような能力の持ち主はどこにもいなかった。『紋』の能力は個人によって大きく異なるが、どういうわけか、直接的に傷を治すことの出来る『紋付き』はいない」


 テンセイは思い出した。ウシャス本部に勤める軍医も、確か『紋付き』だと言っていた。だがその能力は、対象の患部をより精密に”観る”ことが出来るというものであった。治療をするのはあくまでも軍医自身の技術である。


「『紋』の能力は、一般的な常識を無視した効果を発揮する。ならば傷を治すという能力があってもよさそうだが、どうしたわけか存在しない。傷を治す、それは大袈裟に言い換えるなら、命を引き延ばすという行為だ」


(何だ? こいつ、いったい何をしゃべっている? 何を知っている……?)


「他の科学的現象や法則は無視出来ても、直接的に生命に関わるものだけは無視出来ない。並の『紋付き』ではそれが限界なのだ」


 リークウェルの左手が、自身の顔に触れる。その口周りは黒い布で覆われている。指先が布の端にかかり、アゴのほうへ引き下ろした。


「生命を操ることが出来るのは、限られた……特別な『紋』を持つ者のみ」


 初めて露わになった唇の真横、右頬の下側に、それはあった。赤く輝く『紋』は。リークウェルは『紋付き』ではない、と表現されていたのは、リークウェルは有するものは一般の『紋』と異なる存在だからだ。


「コサメ。お前もこれを持っているのだろう? 他の『紋付き』どもとは一線を画す、不死鳥フェニックスより与えられた能力を!」


「なッ……!」


「え!?」


 テンセイは鋭いうめき声をあげた。ユタは驚きの声をあげた。似たような反応だが、それぞれの意味合いは異なっている。


「だが、どうやらお前のは不完全なようだな。残りはどこだ? 他にお前と同じ力を持った人間を知っているか?」


 リークウェルはなおも続ける。だがそれ以上は不可能だった。


(コイツ……ここで止めねぇとヤバい!)


 テンセイが駆けた。拳を固く握りしめ、リークウェルへ殴りかかった。


「退くぞユタ! ダグ達にも連絡しろ!」


「えぇ〜!?」


「早くしろ!」


 テンセイの拳をかわしながら、リークウェルは命じた。ユタは一瞬戸惑ったが、じきに決断を下した。


「あ〜もう、ホンットに朝ご飯抜きにしちゃうからね!」


 風が逆巻いた。攻撃や防御のための風ではない。あたりの埃や砂を風に舞い上げられ、天へと登る柱をつくっていた。


「行くぞ」


 リークウェルが竜巻の中に突っ込んだ。テンセイも後を追いたいところだが、コサメをかばうことを考えるとそれは出来ない。


 銃声が響いた。東支部建物の方向からだ。炎に包まれた空間の中から轟音が響いていた。打ち合わせでは、ラクラ率いるウシャス本部支援部隊が残りの『フラッド』三人を攻撃しているはずである。だが、今の銃声は本部で用意したものより大口径のものだ。


 テンセイの視力は、確かに捕らえた。降り注ぐ爆弾の雨を。おそらくダグラスが空中へ向けて銃を放ったのだろう。幾発もの爆弾が、上空から地面へ落下している。この後に起こる出来事は、見なくても想像がついた。凄まじい爆発の連鎖。すでに十分痛めつけられた大地の傷を、さらに広くえぐる破壊の嵐。


「……クソ、まさか……こんなところにいやがるとは……! バレた……」


 テンセイは何も出来なかった。コサメも、黙ってテンセイにしがみついていた。

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