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第95話・究極の体と技

 テンセイの背負っている大きな布包みが、不意にもぞもぞと動き出した。戦闘のために気を張っていたテンセイは、背中で動く感触で一時緊張が途切れた。


(おい、何やってんだ)


 声には出さずに問いかけるが、布包みは止まらない。やがて、布の結び口が少しだけ開き、そこから「ぷはっ」という小さな声とともに、人間の頭が現れた。


(コサメ、まだ隠れてろって。危ないから顔を出すな)


 言うまでもなく、布包みに入っていたのはコサメだ。ラクラに言われて連れてきたが、今のこの戦況、どこにも安全な場所などない。そこで仕方なく、テンセイはコサメを背負ったまま戦うことにしたのだ。大きめの布ですっぽりとコサメを包み、体に縛り付けている。


「ねぇ、テンセイ……」


 コサメはテンセイの耳元に口を寄せ、かすかに声をかけた。夜の暗さのおかげで、『フラッド』の二人にはまだコサメの存在がバレていない。リークウェルとユタはいまだに言い争っている。


「あの人たち、だれ?」


「……悪いやつらだよ。あいつらは平気で人を傷つける。だからやっつけなくちゃいけないんだ」


「わるい人?」


「ああ」


 コサメはしばし黙ったまま、テンセイの首の陰から『フラッド』を見る。そしてつぶやいた。


「でもあの人……。なんか、なつかしい……」


「え?」


 と、その時であった。ユタの叫び声が聞こえたのは。


「あ! 抜けがけズルい!」


 再びテンセイに緊張が戻った。ユタがズルいと言ったのは、リークウェルのことであった。リークウェルはユタとの交渉を放棄し、勝手に攻撃を開始したのだ。サーベルを握り、テンセイのもとへ一直線に走っている。


 リークウェルの狙いはただ一点。テンセイの首だ。テンセイの強靭な肉体では、心臓を狙おうとしてもブ厚い筋肉に阻まれてしまうために困難だ。以前戦った時は降伏させることだけが目的だったため表面を傷つけるだけに留めていたが、今は確実に殺すと決めている。首は、どれだけ鍛えていたとしても、急所であることに変わりはない。リークウェルの技と力なら十分に一撃必殺が可能である。


 テンセイに接近しても全く速度を落とさず、腕に加速をつけて伸ばした。大気中に含まれる気体成分すらも砕いてしまいそうなほど鋭い一撃が、定めた急所へ向けて放たれる。


「ぬおおおッ!」


 怒号が響く。リークウェルの腕が、尋常でない力を感じて止まった。


 真剣白刃取り――。リークウェルの武器が普通の刀剣であったなら、そう表現できるだろう。だがテンセイは、サーベルの針のように細く鋭い刀身を両手で握っていた。先端がノドに突き刺さるギリギリのところで止めていた。力技としかいいようのない防御法だが、テンセイは、首を狙われることを読んでいた。あの細い武器で自分を倒すなら、まず間違いなくここを狙ってくる、と。


 そして防御は攻撃につながっている。一本のサーベルを互いに掴み合っているこの状況。馬力は圧倒的にテンセイの方が上だ。


「オラァッ!」


 力任せに、握ったサーベルを振り上げる。武器を奪うためだ。それは確かにうまくいった。リークウェルは、あまりに呆気なく、サーベルから手を離していた。だがそれは有利な状況をつくることにはならなかった。


(コイツ、わざと剣を離しやがった!)


 テンセイは両手でサーベルを握っている。逆に言えば、両手が封じられている。リークウェルは一瞬の判断で手を離し、自由を得た。判断が遅ければ、テンセイの怪力に振り回されていたことだろう。


 リークウェルの上体が沈み、代わりに右脚が跳ね上がった。蹴りだ。左足を軸にしての大振りなハイキック。バネ仕掛けかと思わせるしなやかな蹴りは、首ではなく目を狙っていた。テンセイの左目だ。


(はえ)ぇ……ッ!)


 テンセイの額に汗が流れる。そしてありったけの力を背筋に集中し、思いきりのけぞった。斜め上を向いた顔の文字通り目前を、黒い物体が高速で通り抜ける。


 蹴りはかわした! テンセイがそう思った瞬間、顔のどこかに、ぴっと亀裂の入るような感覚が走った。その場所はすぐに特定できた。左目の真横にある骨のあたりから、とろりと血が流れ出すのを感じた。さっきまでは気が付かなかったが、今気づいた。リークウェルの靴のつま先から、鋭い鉤針のようなものが生えていたことに。蹴りそのものは回避できたが、鉤針が顔をかすめていたのだ。あと数ミリ蹴りが深ければ目に入っていた。


「あーもー! じゃあ二人でやりゃあいいじゃん!」


 唐突に高い声がテンセイの耳に飛び込んできた。


「うおッ!?」


 全身に衝撃がぶつかった。回避のために重心が上へ動いた瞬間をユタに狙われた。浮き上がりそうになる足に懸命に力を送る。昔話に出てくる巨人に張り手を喰らったら、こんな感じか。テンセイの脳裏にそんな考えが浮かんだ。思わず両手を放してしまった。


「ね、いーでしょ!? 二人でやるよ!」


「ああ……。そうしよう」


 テンセイの手から離れたサーベルが、リークウェルに空中で掴まれる。次の瞬間にはもう攻撃が始まっている。狙いは依然変わらない。崩れた体勢の首を再び襲う。前方からの衝撃で体勢を崩された場合、倒れないように重心を前に持ってくるのが普通だ。テンセイがそれをやったところを狙う。


 だがテンセイは逆に後方へ跳んだ! 平凡な防衛本能を上回る戦闘本能のが、リークウェルと距離をとることを命令していた。足に力を込めていたのは踏ん張るためでなく、ジャンプするためであったのだ。背中のコサメをかばい、両腕を地面について腰から倒れる。


 リークウェルは、攻撃のタイミングをずらされサーベルを命中させられなかったが、倒れた相手を見逃すほどマヌケではない。上方からの追撃を加える。


「うぐ……ぅ!」


 テンセイは紙一重で首をねじってかわし、同時に右足をあげてヒザ蹴りを繰り出す。その太いヒザにリークウェルが飛び乗った。


 次の攻撃が来る! テンセイはそう思い、サーベルの軌道に神経を集中する。


 が、静まった。急激に、潮が引いた――。


「リク……?」


 リークウェルは、テンセイのヒザを蹴って地面に着地した。その姿から闘志が消えていた。

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