第94話・伝説のコンビ
ヤコウ、ゼブより帰還する。この報告がラクラの耳に届いたのは、『フラッド』と戦うための支援部隊を編成している最中であった。じきに帰す、という話はゼブの方から入っていたが、その正確な日時までは知らされていなかった。突然と言えば突然の帰還である。海上にてゼブの使節船からウシャスの巡回船へ「引き渡し」が行われた際、ゼブからの何らかの仕掛けが予想されるため、当然ながらウシャスは最新の注意を払って対応した。
だが、引き渡しはあまりにあっけなく終わった。ゼブはヤコウを送りに来ただけで、ウシャスの船へは何も仕掛けてこなかったのだ。あいさつもそこそこに妙に慌ただしく引き渡しを行い、終了した後は逃げるように退散して行った。誰も船を下りなかったし、武器も出さなかった。その様子はかえって不気味な印象をウシャスの乗組員たちに与えたが、このことは、ウシャスにとってが好都合である。ゼブと余計な争いをしないで済むならそうしたいというのがウシャスの本心であった。何より、ウシャスは一分一秒の時間も惜しい状況であった。
「ヤコウ様、無事生還出来たことを心より嬉しく思います」
巡回船の船長でを務める軍人は、敬礼の姿勢でヤコウにそう言った。
「長旅を終えたばかりのところを申し訳ないのですが、現在、我が軍の東支部が交戦中の状態にあります。本部及び各支部から支援部隊を集めている最中でして……」
「わかった」
ヤコウは静かに答えた。決断は早かった。
「私も東支部へ向かう。これ以上『フラッド』の好きにはさせない」
そしてウシャス本土に上陸して車で東支部へ向かい、その途中でラクラ率いる本部からの支援部隊と合流したのである。
ヤコウの放った炎は、ラクラに光を与えるだけでなく、標的の三人と一匹――ダグラス、エルナ、ジェラート、フーリの移動を制限する役割も担っていた。炎は車の燃料によって次々と引火し、その範囲を広げている。外側へではない。円の内側へ向かって、炎は迫っていた。
「風だ! 風を利用して燃料の飛沫を飛ばしてやがる!」
全ては計算通りの配置だったのだ。ヤコウは移動しながら燃料を捲き、火をつけた後は風上の位置をキープしていた。この場所は、常に海の方向から風が吹いている。その風に燃料を散らし、極わずかずつだが、風下へ飛ばしていた。飛沫状に飛ぶ燃料は途中で炎に触れ、自身も延焼する。その小さな炎が円形の内側へ落ちる。無数に。時間をかけて、少しずつ炎が集まって行く。
「オレ達をあぶり出すつもりだな……。炎で潜伏場所を制限して、飛び出した所をあの光の銃が狙うってわけか」
「そうみたいね。ただでさえ、この辺りには戦艦に積んであった燃料や火薬類が飛び散ってる。そのほとんどはすでに燃焼や爆発してなくなったようだけど……まだ残っている分が、炎を増長させる可能性があるわ」
その通りであった。時折、小さな爆発が起こってガレキの山を動かしている。思ったよりも速いスピードで炎は迫ってくる。
風も、炎も、ヤコウの能力ではない。ヤコウは『紋』を持たない人間である。しかし、彼が平民の出から幹部へとのし上がることが出来た理由がこれだ。彼は、あらゆる要素、条件を巧みに利用し、戦況を有利な方向へ導くことが出来るのだ。このヤコウと、戦闘において秀逸な実力を持つラクラ。この二人がペアを組んだ際、その任務の成功確率は百を下回ったことがない。
「……人数が増えてきてる。遠くから、複数の軍人達が近づいてきてるわ」
「銃使いの女幹部は囮か。オレがあの女と戦ってる間にもう一人が燃料を捲いて回り、今になってさらに戦力を増やしてやがる。けっ、しみったれた戦略だぜ」
最初っから大人数で仕掛けてこなかったのは、ヤコウ一人で行動した方がフーリに見つかりにくいからだ。炎が広がったのを見て、待機していた軍人達が動き始めた。
この軍人達はラクラとともに本部からやってきた支援部隊だが、その中にはあの男の姿はなかった。あの男は残り二人の『フラッド』のもとへ訪れていた。
「やはり……やはり貴様も生きていたのか。あの負傷で、坑道の崩壊からどうやって逃れたのだ?」
「やはりって、リク。こいつが生きてんの知ってたの?」
リークウェル。ユタ。この二人は、気絶したノームに止めをさそうと動き始めたところだった。だが、いつの間にか、ノームのそばにあの男が現れていた。背中に、妙な布包みをくくりつけた格好で。
「感覚だけだ。少なくとも……くたばってはいないような気がしていた」
「ふぅん。ま、どっちみちここで殺せば一緒でしょ」
「死なねぇよ」
『フラッド』の会話に割り込み、男は両の拳を打ち合わせた。
「オレも、このノームもな。こんなところで死ぬわけにはいかねぇんだ」
再び対峙した。常識離れした戦闘能力を持つ二人が。
「リク。こいつ、前にやった時は大したことなかったんでしょー? あたしが片付けるよ。すぐに終わる」
ユタが前に出る。その側に寄り添う巨大なキツネが全身の毛を逆立て、戦闘の意欲を現している。テンセイは腰を低く落として身構えた。ユタが風を使うという情報は、すでに伝えられていた。突風に耐えるための構えだ。
だが、風は起きなかった。
「待て、ユタ。やはりこいつはオレがやる」
リークウェルがユタを制したのだ。ユタは一瞬驚いたが、すぐにぷぅっと頬を膨らませた。
「もー! だからあたしがやるってば! リクはまだや・す・ん・で・て! 何回言わせんの!」
「さっきまでとは事情が違う。こいつは少々特別だ」
リークウェルとテンセイが向きあう。過去に二人が対峙したとき、テンセイはリークウェルに敗北した。だが、その時テンセイは戦闘前から負傷による大量出血の状態であった。今は違う。むしろ、今はリークウェルの方が弱っている。
弱っている……はずである。だがこの二人の戦いに「はず」は通用しない。
「こいつが生き残っている理由……。ただの偶然なんかではない。何かの力を感じる」
「へ?」