第93話・三人揃い
トリガー(引き金)に指を入れたまま行動するのは、愚か者のすることだ。銃を扱う際に最も気をつけなくてはならないのは、自分の意図しない無駄な発砲を避けること。プロがトリガーに指を入れる時。それは、確実に”撃つ”と心の中で決めた時だけである。それ以外は決してそこに指をかけない。
ラクラの白く長い指が、湾曲したトリガーにかかる。狙いはすでに定めてある。指の関節に力をこめた。女の片腕で銃を扱うなど、本来ならとても考えられぬことだ。だが、ラクラの銃は『紋』によって生まれたもの。そして発射するものも普通の弾丸でないがゆえに、反動も小さくなっている。
「エルナ! ジェラート! オレの傍から離れるな!」
標的が叫んでいる。光の弾丸は、標的の足元に着弾したようだ。標的までの距離はおよそ十メートル。この距離で、足を狙う弾道をかわしたのはさすが『フラッド』だと言える。テンセイでさえも完全な回避は出来なかったのだから、おそらく、標的は足を狙われることを予測していたのだろう。
弾丸の行方を見届けつつ、ラクラは移動する。当然、反撃を避けるためだ。
「光を撃ち込んでくる銃か。同じ特殊銃使いってのは親近感がわく……って言いてぇところだが、ちっと違うなぁ」
今度はダグラスがトリガーに指をかけ、素早く引く。ラクラはガレキの後ろに隠れた。放たれた爆弾がガレキの塊にブチ当たる。一瞬の空白を置き、爆発。ガレキは戦艦の底部だったらしく、この爆破では砕けなかった。その背後にいるラクラはダメージを受けていない。だが、いつまでもそこに隠れているわけにもいかなかった。続けてダグラスの放った二発の爆弾は、底部のすぐ脇を通り、地面へ着弾した。ラクラの真横の位置だった。
「くっ!」
ラクラはガレキを蹴り、ダグラスのいる方向とは逆に飛ぶ。一瞬遅く爆発が起こった。弾けて舞いあがった土砂が顔に降り注ぐが、気にしている暇はない。体勢を立て直し、三度目の攻撃を行うべくガレキの陰から飛び出した。
が、そこにはもう標的の姿はなかった。今の爆発と同時に、向こうも身を隠したらしい。
(しまった――!)
ラクラの五感が退避を命令する。ラクラは素直にそれに従い、先ほどとは異なるガレキに身を隠した。それとほぼ同時に、またもや爆発が起こる。ラクラの立っていた位置へ、正確に爆弾が撃ち込まれていた。
(相手は、ストラドッグという獣を使ってこちらの位置を探知できる。互いに隠れながらの銃撃ではこちらが不利……)
それに加え、二つほどラクラにとって不利な点がある。それは弾丸の性質だ。ラクラの光銃は貫通力に優れるが、それはエネルギーを一点に集中するがゆえの威力である。広範囲を攻撃するのには向いていない。一方、ダグラスの爆弾は、弾丸内に籠められたエネルギーを一気に拡散させて攻撃する。爆弾そのものが直撃はしなくとも、着弾して爆発させることで広範囲を攻撃できる。
さらにもう一つ、より大きな問題があった。それもまた、ラクラの銃によるものだ。この銃は、光を吸収して弾丸に換え、発射する。そのため晴れた昼間などでは、弾切れを起こさず無限に撃ち続けることが可能だ。だが、今は夜。月明かりこそあるものの、光を高密度に圧縮しなくてはならない光弾を生成するには少々物足りない。威力は軽減し、弾数も限られる。
そしてその事を、『フラッド』は早くも見抜いていた。
「オレの爆弾銃を回避出来る女軍人……。なぁ、もしかしてあいつが本部付きの幹部か? ラク……えと、なんて名前だったかな」
「ラクラ・トゥエムね。間違いないわ。光の弾丸を撃ち込んでくる能力の持ち主みたいだけど、幹部にしてはその威力が弱いわね」
「ま、周囲に光がなきゃ使えない能力ってことだろ。たぶんな。一瞬だが見えたぜ。あいつの持ってる銃に、月明かりが吸いこまれていくのをな」
ダグラスは荒っぽい性格ながらも、きっちりと相手の戦力を分析している。ジェラートはあくまでも不動の沈黙を保っている。
エルナは、フーリのそばにぴたりと寄り添っている。ラクラの位置を探るためだ。フーリの聴覚と嗅覚を駆使して、死角のラクラの場所を常に把握している。ほんの小さな動作も見逃さない。息を潜め、神経を集中している。
と、ふいにその呼吸が乱れた。気づいたのだ。
「ダグ、気をつけて! 近くにもう一人敵がいる!」
小声で叫んだ。
「なに……?」
「あたりに硝煙が立ちこめてるのを利用されたわ! わざと体に煙をまとって臭いを消している! 足音もほとんど立ててない!」
「どこだ!?」
「ラクラ・トゥエムとは逆方向。私たちから……南南西二十五メートルのところに潜んでいる!」
その直後、光が灯った。ダグラスの爆弾が起こすような、一瞬の光ではない。エルナが指定した場所のあたりから、炎が噴き出している。しかも、その炎は広まっている。ガレキや地面の上を炎が素早く走り、『フラッド』とラクラを囲む円形を描いた。
「近くまでいながら攻撃してこなかった理由はこれか! 車の燃料でも捲いてやがったか!」
光。不利な要素のうち、二つが同時に解消された。突如噴き上がった炎の光は、周囲を明るく染めていた。そしてもう一人の存在。
炎の光を銃に吸い込ませながら、ラクラはつぶやいた。
「本当に、いいタイミングでした。あなたがこの戦いに間に合ってくれたことを、本当に感謝します」
当然、ラクラも自分の能力の弱点は知っている。その弱点を補うために、ある人物とチームワークを組んでいたのだ。
「本当によかった。あなたとなら……どんな戦場でも切り抜けられるという自身がわいてきます」
ここにいる『フラッド』の中で攻撃が可能なのは、ダグラス一人だけだ。それに対してラクラは二人で挑む。
「行きましょう。ヤコウ」
幹部二人。脱出シェルターの中にいるクドゥルも合わせて、ウシャスの三大幹部が全員ここに揃った。