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第91話・二人目の偉大なる存在

 もう驚く気力すらなくなっていた。ああ、やっぱりか、というような諦めの境地に似た感情すら抱いていた。体中の熱と緊張が一気に足下から流れこぼれていく。戦艦ヴァイアに乗っていた軍人仲間達は、避難に成功した者以外は全滅している。半分は戦闘、もう半分は墜落の衝撃と爆破による死者だ。そう、たっぷりと火薬や燃料を積み込んだ戦艦が空中から墜落すれば、その中心地にいた人間はバラバラに吹き飛ばされて死ぬに決まっている。


 そんな常識すらも、『フラッド』は破ってしまった。七回竈に入れても燃えないことからその名がついたナナカマドの樹木のごとく、しぶとく生きて、そして立っていた。


 誰も声を発せなかった。リークウェルがゆっくりと歩いて近づいてくる様子を、ただ黙って見つめていることしか出来なかった。なぜ生きていられる? そんな疑問を後回しにしても、相手はかなりの重傷だ。一斉攻撃を仕掛ければ、今度こそ倒せる。軍人達は誰もがそう分析し、またそうするべきだと判断した。それなのに動けなかった。目の前にいるのは、常識など全く通じない相手だ。


 恐怖を通り越した、畏敬の念さえあった。


「リクー! よかったー!」


 空からユタが声をかける。それに反応し、リークウェルは首を動かしてユタを見た。


「……死ぬ、わけが、ないだろう……。オレが……オレ達が」


 月明かりがリークウェルの顔を照らす。首が、異様な角度にねじれていた。どう見ても骨が折れている。なのになぜ呼吸が出来る。なぜ会話が出来る。


「だね。へへ。ヤバな事聞いちゃった」


「野暮なこと、だな。それは」


 本当に、今攻撃をすればあいつを倒せるのか? 心の中の九割では可能だと叫んでいても、残り一割、何をやっても無駄なんじゃないか、という思考が割り込んでくる。


「んじゃ、残り片付けようか」


「ああ……。幹部は、おそらくあの中にいるな」


 脚も折れているに違いないのに、リークウェルは歩く。折れるどころか、左の脚はほとんど腰から取れかかっているように見える。腕も同様だ。それでも、この男を倒せるという確信が持てない。


 軍人達はみな、固まっていた。この一人を除いて。


「オラァッ!」


 気合い一閃、リークウェルが隣を通り過ぎたばかりの鉄クズの影から、ムジナが飛び出した。飛び出すと同時に能力者であるノームの肉体を出現させている。上半身だけでなく全身を出現させている。


「リク!」


 ユタが叫ぶ。上空にいるユタからでは、物陰に潜むムジナの存在に気付けなかった。そしてリークウェルもまた、反応が遅かった。普段なら背後からの攻撃にも軽々と回避や反撃が出来るのだが、さすがに負傷の影響が出ているようだ。サーベルを握って振り向いた時には、もう遅かった。


「とった!」


 ノームの握るナイフが、リークウェルの胸に突き刺さっていた。深い。肋骨に刃が当たらないよう水平に寝かせた刃が、リークウェルの肉を貫いている。間違いなく心臓にまで達している。


 思えば、ノームが初めて直接的に人を殺害した瞬間だ。ノームは以前、”オレは殺しはしない”とテンセイの前で言ったことがあるが、その宣言もこの状況では破るしかない。『フラッド』を止めるには完全な殺害しか方法はない。だから、ノームは踏み込んだ。


 手応えはある。が、それはノームにとってはあまりに気色の悪い感触でしかなかった。自分でやっておきながら吐き気が込み上げそうになる。だがもう少し我慢しなければならない。この化け物を倒すためには!


「おおおおお!」


 刺したナイフにさらに力をこめ、真横に斬り払った。リークウェルの胴体を裂いて出てきたナイフに大量の血がついているが、その中に混じって、臓のカスのようなものもこびりついていた。


 リークウェルが口から血を噴き、その場に跪いた。


(やった!)


 そう思った瞬間、ノームの体が後方へ吹き飛ばされた。両足が地面を離れ、空中を五メートルほど飛ばされた。ガレキの山に思いきり叩きつけられたが、素早く身を翻して受け身をとったため、ダメージはそれほどでもない。


「邪魔!」


 いつの間にかユタが接近し、ノームに風をぶつけたのだ。


「残りはあたしがやるから、リクは休んでて」


 ユタはキツネから降り、リークウェルにそう提案した。傍から見れば異常な光景だ。死体に声をかけるなど。


 だが……。


「いや……。もう、大丈夫だ。今のヤツ以外に接近してる敵がいないなら……な。この傷も、じきに治る」


 死体が答えた。心臓を二つに裂かれてもなお、この男は動いている。しかも、かなり不可解な言葉を吐いている。


(”治る”だと……?)


 体勢を整えたノームは、己が耳を疑った。そして聞かなかったことにした。今最も確かで重要な事実は、リークウェルが言葉を発したということだ。


(徹底的に仕留める!)


 次なる攻撃の準備はもう終わっていた。風によってノームの体は吹き飛ばされたが、ムジナはまだあの場所に残っていた。自分が全身を現すと同時に再び物陰へ潜ませていたのだ。


 ムジナが再び飛び出す。今度は心臓は狙わない。相手が屈みこんでいるため、より高い位置を攻撃できる。ノドだ。ノドを切断して胴体と頭を分離してしまえば、ゴキブリでもない限りジ・エンドだ。ムジナの視界はノームも共有できる。吹き飛ばされた位置からでも、リークウェルの急所がよく見えた。そして右腕を転送する。転送された右腕は空間を飛び越え、ムジナの背から現れ、ナイフを突き出す。


 キン、と甲高い音が響いた。それと同時にムジナが衝撃を受け、空中に飛ばされた。風によってではない。ユタは何もしていない。


「いる、ということさえわかっていれば……。何とか反撃は出来る」


 リークウェル自身がサーベルでナイフを防ぎ、ムジナに蹴りを喰らわせていたのだ。


「バ……バカな!」


 思わずノームは叫んだ。ムジナの視界を通じて、ありえない光景を見てしまった。


「さすがに粘るな……腐っても戦闘組織か。このエネルギーを消費させられるとは思わなかった」


 傷が。ナイフで裂かれた胸の傷が、治っている。明らかにねじれていた首も治っている。ボロボロの死体が、生気溢れる肉体に戻り出している。


 この現象、ノームは見覚えがあった。


「まさか!」


「フェニックスの恩恵――。ここで使うはめになるとはな」


 リークウェルが、サーベルを振るった。

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