第9話・合致
「ッオオオオ!」
テンセイは足元の甲板に向け、丸太のような右足を振り下ろす。右足のかかとはマサカリのごとく板を砕き、破片を飛び散らせた。
「近付けねぇんなら……!」
木片の一つを掴み、船室の前に立つ海賊の頭へ向けて投げつける。
「はッ。こんなガラクタで何が出来るってんだ?」
頭は腰の剣を抜き、あっさりと木片を弾き飛ばした。テンセイは続けて二度、三度と投擲を行うが、この距離では簡単に防がれてしまう。
「もう遊んでる時間はない! 蛇ども! とっととその怪力男に喰らいつけッ!」
甲板を覆っている蛇の群れが一斉にテンセイを見、口をあけて舌を出す。赤黒い体表よりもさらに紅い舌先は、針のように鋭く尖っていた。
「まず! この舌針がお前の脚に突き刺さる! そしてズボンの皮ごと肉を喰いちぎりながら潜り込み、内側から脚の筋肉をズタズタに切り裂く! お前のデカい図体なら飢えた蛇どもも満足するだろーよ!」
(……クソォッ! 一か八か突っ込むしかねぇ!)
手元に残っていた最後の木片を、足元に群がる蛇に向けて投げつける。蛇は素早く木片をかわしたが、それによってわずかに道が開けた。
「どきやがれ!」
巨体が甲板を跳ねる。一足ごとに船を揺るがしながら、徐々に頭への距離をつめて行く。しかし、頭はまったく怯まない。むしろ、勝利を確信していた。
「追い詰められてトチ狂ったか!? 神がかった伝道師じゃあるまいし、この蛇の海を渡れると思ってンのかァ!」
蛇の体がバネのようにしなり、テンセイの脚へ飛び掛る。そのほとんどは蹴り飛ばされたものの、数匹が舌先を刺し込むことに成功した。そして白い牙を脚に突き立てる。それはまるで、いかに頑固な者でも口を割らざるを得ない拷問のようだった。
「おッおおお……!」
だが、テンセイも止まらない。痛みを強引にねじ伏せて進む。全身の筋肉に気迫がみなぎり、硬く分厚い装甲のように牙の攻撃を最小限に留めている。
「しぶてぇな……だが、このオレがやすやすと捕まってくれるわけねーだろ!」
胸の『紋』からさらに蛇を繰り出しつつ、頭は船室の裏手へ逃れる。テンセイも当然その後を追うが、その間にもじわじわとダメージが蓄積されていく。
「ハッハーッ! その体でワイヤーを伝ってこれるかァ!?」
頭は貨物船へ侵入する際に利用したワイヤーを逆に伝って逃げようと、甲板のヘリに足をかける。
「王都へ向かう貨物船か……。てめぇらを全滅させた後、ゆっくりと略奪させてもらうかな。これが海賊の醍醐味ってモンよ」
「確かに。地道にコツコツ働くなんてやってらんねーよな」
「そうそう……?」
今、誰かが頭に声をかけた。だが、甲板に人影はない。
「何だ? 誰か……」
「ここだよ」
声は頭のすぐ足元から聞こえた。頭が下を向くと……。
「盗みってのは、一度覚えるとクセになっちまうよな。周りがマジメな奴ばかりだと余計によ」
「うおぉ!?」
ムジナだ。倉庫を出たムジナは頭に接近する隙をうかがい、今この瞬間、背からノームの全身を出現させたのだ。
「だが、オレは殺しまでやるつもりはねぇ!」
ノームは右手にナイフを持っている。そして、ナイフの切っ先が頭の『紋』へ突き立てられた。
「ガッ……アァ!」
傷はごく浅いものだったが、『紋』を傷つけるには十分だった。『紋』を傷付けられた人間は全身に激痛と痺れが走り、ほとんどの者が耐え切れずに気絶する。
頭の体が海の方へゆっくりと傾き、足が甲板から離れた。
「おっと」
その足をノームが掴んだ。
「言ったろ? 殺しはしねぇって。気絶したまま海にドボンしちまったら確実に死んじまうからな」
「ああ……そうだな」
ノームの後ろからテンセイが腕を伸ばし、頭の体を掴んで貨物船に引き上げる。甲板からは蛇が完全に消えうせていた。
「船室に入った海賊達も、船員が上手く捕まえたようだ」
「そりゃよかったな」
「お前のおかげだ。……ありがとよ」
テンセイが手を差し伸べると、ノームは照れくさそうにそれを振り払った。
「オレはあのオヤジを見返してやりたかっただけさ。それに、オッサンがこいつに突っ込んでいったおかげで接近する隙ができたしな。……オッサン、ムジナが近づいてきたことに気付いてただろ」
テンセイはそれには答えず、倉庫へ入っていった。
数時間後――。
「テンセイ! りくが見えてきた!」
甲板に出たコサメが明るい声をあげる。長時間の船旅を終え、ようやく目的地にたどり着いたのだ。
「捕えた海賊は港の見張り番に預けることにした。あんたには面倒をかけたな。その代わりっちゃあなんだが、港で荷物の運搬をするのは免除してやる」
腕に痛々しい包帯を巻いた船長が話しかけてくる。が、それを遮るようにノームが声を張り上げた。
「なぁオッサン。王都に行ってどうするつもりだ?」
「さぁね……。具体的な目標はねぇんだよなぁ」
「だったらよ、オレと一緒に軍に入らねーか?」
「軍に?」
船長は眉をひそめるが、ノームはかまわない。
「オッサンの実力なら絶対に入れるって! 海賊の一味を退けた実績もあるしよ」
「おい、ノーム……」
「正直言って、オレも一人で軍の入隊試験受けるのは不安だったんだよ。オッサンとなら何も心配いらねぇ」
「……」
「了解してくんなきゃ、また髪飾り奪って逃げるぞ!」
「いい加減にしろッ! ノーム!」
船長が無傷の方の拳を振り上げる。が、それはテンセイによって止められた。
「わかったよ」
「本当か!?」
「村に攻め込んできたのは西国の軍隊だ。王都の軍に入れば連中も手出ししにくいからな」
「やった!」
ノームは子どものように屈託ない笑顔を見せる。
「嬢ちゃんよ、今日からオレもオッサンの仲間だぜ。よろしくな」
「よろしく〜」
船が港につき、テンセイとコサメ、ノームの三人は先に船を下りた。
「次の目的地は軍本部だな。オレが案内してやるよ。前に行ったことがある」
「ああ、頼む」
「ノーム!」
三人が歩み始めたとき、船長が甲板から声を投げかけてきた。
「何だよ……」
「散々あの町をバカにして出て行くんだから、絶対に戻ってくるなよ!」
「わかってる!」
「絶対にたどり着け! お前の力にふさわしい場所まで!」
「わかってるって!」
そして、ノームは叫んだ。
「行ってくるぜ、オヤジ!」
振り返らずに叫び、海と反対の方へ歩み始める。テンセイとコサメもその後に続く。
「帰ってきたら承知しねぇぞ……ノーム」
船長は、遠ざかる息子の背中をずっと見つめていた。