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第87話・大戦艦ヴァイア

 戦艦ヴァイア。ウシャス軍の有する最強兵器。その最強と呼ばれる所以は、強固な装甲と強力な主砲にあると一般には言われている。しかし、その真の正体は、クドゥルの能力と組み合わせることで初めて見えてくる。備えられている大砲も、この能力を十二分に活かすための特殊な配置になっている。


「下の状況はどうだ」


「はっ、月明かりに見える範囲内でなら、下にいた我が軍はほぼ全滅に近い状態のようです。ところどころにまだ息のある軍人が見えますが……」


「そうではない。今の攻撃による、『フラッド』の被害状況を聞いているのだ」


 クドゥルは艦長室のベッドに腰かけ、部下に指示を出している。この非常事態、本来ならクドゥル自身が自分の目で戦況を確認すべきなのだが、そうはいかない理由がある。それはクドゥルの能力の限界だ。クドゥルの能力は、空中に浮く特殊な液体を作り出すことである。この液体は、例えるなら気球のガスだ。気球は、加熱されたガスが大気中を上昇し、そのガスをバルーンに捕えることで、人間を乗せたまま浮遊することが出来る。


 だがクドゥルが発動している能力は、気球ではなく戦艦を浮かべている。その重量は実に1800トン。これだけの膨大な質量を空中に浮かせ続けるには、必然的に、能力を発動するクドゥルが膨大なエネルギーを放ち続けることが必要となる。乗組員や積み込んだ兵器も合わせると、さらに重量は増加する。保管しているドッグからこの支部まで戦艦を運んでくるだけで、相当のエネルギーを消費している。古参の軍人として培ってきた体力と精神力がなければとっくにダウンしていただろう。


「下の軍人達がやられていることは……初めから予測してわかっておる。わかっておるからここまでこの兵器を引っ張ってきたのだろうが。そんな当たり前のことを報告するな」


 とはいえ、齢四十を越えた肉体にはどうしても衰えが現れる。クドゥルはベッドに腰掛けて会話をするのが精一杯で、窓のある位置や甲板まで行って戦況を直に見ることすら出来ない状態であった。エネルギーの消費を少しでも抑えなければ、待っているのは墜落だ。


「はっ、申し訳ありません。『フラッド』へのダメージですが、少なくとも、戦闘に支障のあるダメージを受けた者はいないようです」


「……まったく忌々しい野良犬どもめ。いい加減にくたばれ。いきなり現れて全てを奪って行くつもりか……」


 悪態はつくが、動くのは口だけだ。重い風邪を患った時のような寒気が走り、寒いくせに汗はやたらと流れでる。その汗を拭うことすら億劫で、クドゥルは額といわず背といわず、全身が汗で湿っていた。


「ですが、さすがに余裕とまではいかなかったようです。先ほどの砲撃は、少女の風を全て防御に集中していました。それでも軌道を反らしきれなかったものは銃使いの男が着弾直前に迎撃していましたが、爆発の衝撃や熱の飛沫までは完全には防げていません」


「なに……?」


 汗まみれの顔に、わずかだが希望の色が浮かんだ。


「完全には防げなかっただと?」


「ええ」


「つまり、奴らにようやく……どうせ致命傷にはなっていないだろうが……ダメージを与えられたということか!」


「はっ、そうなります。更に、これはまだハッキリとは確認出来ていないのですが、『フラッド』のリーダー、サーベル使いの男は腹のあたりを負傷しているようです。その男は一人だけ仲間から離れて本館の二階にいたようですから、おそらくラングバットとの戦闘による負傷かと思われます。崩壊した壁の陰からチラリとその姿が見えただけですが……」


 この報告は、同時にラングバットや地下室の軍人達が全滅したことをも語っているが、クドゥルはそのことには気をかけない。無敵と呼ばれる『フラッド』であろうと、実際に刃物や爆撃が当たればダメージを受ける。絶対的な無敵と言うわけではないということが証明された、その一事だけを重要なニュースとして受け取った。


「この艦が到着した以上、奴らに逃げ道はない。奴らが完全に滅びるまで徹底的に攻撃しろ! それが終わるまで報告は必要ない! 次に私が聞くのは戦勝の報告だけだ!」


「ハッ!」


 『フラッド』に逃げられるという最悪の事態は免れた。もし『フラッド』が迅速に支部を制圧し、この場を離れていたら、それを追いかける気力はクドゥルには残っていなかったに違いない。





「お、リク発見!」


 ユタが声をあげて二階を指さす。爆破された部屋の壁の後ろから、リークウェルが小さく顔を見せていた。空を見上げていたリークウェルはユタの声に気づき、仲間の方に視線を移す。


「……地下から入って建物を調べていた。中に幹部はいない」


「じゃあ、やっぱしあそこか」


 ダグラスが応え、それに合わせて全員が再び空中の戦艦に目をやった。


「高いとこからの砲撃ってのは、単純極まりねぇが効果は十分だな。途中で相殺させるヒマもほとんどねぇ。下手に爆発させりゃあ被害増大だしな」


「いつまでも凌ぐのはムリ……ね」


 上空からの砲撃により、支部周辺の被害はさらに甚大なものとなっていた。地面はいたるところがえぐれ、アリに食われた老木の幹のようだ。クドゥルは初めから、支部全体を犠牲にする作戦を立てていたのだ。


「わざわざあんなデケェ戦艦でやって来てんだ。砲弾やその他の武器もたっぷりご用意されてることだろーよ」


 すると、今度はユタが下を向いて発言した。


「ね、リクの落ちた地下室は? あそこなら避難できない?」


「大人しく避難してたいのか?」


「んーん。暴れたい」


「なら言うな」


 逃げる気などさらさらない。足止めがあろうがなかろうが、『フラッド』は敵を滅ぼすまで戦闘をやめたりしない。


「なぁ、エルナ。あの船に幹部が乗ってるかわかるか?」


「……ごめんなさい。それはわからないわ。でも、あれは早く攻め落とした方がいいみたい」


 まさしくその時、次の砲撃が始まった。発射の反動で戦艦が揺れるが、浮遊液体はそれをしっかりとフォローしている。


「同感だ。ユタ、お前が要だ」


「あいあいさっ!」


 落ちてくる砲弾に向け、ユタは正面から風をぶつけた。

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