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第86話・不格好な成功

 ボックス内空間の床を蹴り、天井へと手を伸ばす。天井に触れた手は一瞬ぐにゃりとねじ曲がり、ボックスの外に飛び出す。無論、その手にはナイフがあり、腕の後に続いて頭部や体も飛び出す。頭をボックスから出すと、一気に視界が開けた。


 ターゲットは、文字通り目と鼻の先だ。ほんの少しだけ足を踏み込めば全身でぶつかることが出来る。それほど腕を伸ばさなくてもナイフを根元まで突き刺すことが可能。深く刺せば背中からでも急所を貫くことが出来る。


「くたばれェエエッ!」


 ガキのケンカみたいにフザけた言葉だが、とにかく何かを叫んでみた。叫んで恐怖をごまかしたかったのだ。おそらく、自分はここで死ぬ。何が起きたのかわからないぐらい、一瞬で葬られるだろう。その事実と恐怖を受け入れ、無防備な背中へ突進する。


 と、何だか急に体が軽くなったような気がした。いや、気のせいではなく実際に突進のスピードが加速している。あまりに速すぎて、そして軽すぎて、ターゲットの頭上を飛び越してしまった。おい、どうなってんだと思っていると、空中で視界が一回転した。黒コートのターゲットが自分を見ている。改めてよく見るとなかなか可愛らしい顔立ちだ。が、その後ろにあるものはなんだろう。さっきまで自分が潜んでいた位置に、何か見慣れたものが落ちている。


「ちょっと、ダグ。もうちょい考えて爆発させてよ。めっちゃ血ぃついたじゃん」


「うっせーな。どうせ後で洗うから関係ねぇだろ」


 そんな声が聞こえて、ようやく気付いた。落ちていたのは自分の下半身だ。と言うより、下半身の残骸だ。腰から上の部分がなくなって、血を噴き出している。そりゃあそうだろう。腰から上はここにある。今のオレは上半身だけが宙に浮いてしまっているんだから。


 驚く暇もなく、頭から地面に落ちた。ガツンという衝撃は響いたが、痛みは感じない。


「残念だったわね」


 すぐ傍から声が聞こえた。たぶん、獣使いの女だ。


「あの箱の中に隠れる能力? サイズが縮小される分、箱の中での物音や発生する臭いも小さくなるみたいね。だから周りの敵を探すのに集中していたフーリには感知出来なかったわ。……さっきまでは」


 倒れた時にうつ伏せになってしまったせいで、女の顔は見えない。だが声だけ聞いてるとこちらもけっこうな上玉だ。おいおい、『フラッド』ってのは男臭い軍部よりよっぽど華やかだな。


「でも、ユタが本格的に大規模破壊を始めたから、フーリは遠くまで感知する必要がなくなったの。感知範囲を小範囲にしぼってみたら……あなたを見つけたってわけ」


 言われてみれば、暴風はまだ続いている。落ちた地点があと二メートルほど外側だったら、自分もあの風に飲まれて壁にたたきつけられていただろう。


「ホント残念だよな。ユタが攻撃し始める前に奇襲してりゃあ、フーリに気づかれず攻撃成功してたかもしれねぇのに」


「反撃されんのをビビッって、早く攻撃しないからこーなんのよね。軍人のくせにチキン」


 うるさい。誰がチキンだ。オレはちゃんと決断して攻撃して来ただろうが。……ただ、ほんの少しだけ飛び出すのが遅かっただけだ。


「んで、コイ……の策はこれで……りか? 地下室……とし穴とこいつの奇襲だけ……ってなことはない……。時間を……ぐにしても、もうちょっ……シな作戦が他にあ……ねーの?」


「そうね……。でも、この人たちが、ユタの能……知ったの……いさっき……。時……くてあまり大した作……練れ……ったのか……れないわね」


 大した作戦でなくて悪かったな。急に言葉が聞き取りづらくなってきた。――ああ、そうだ、死ぬんだもんな。今だに意識がはっきりしてることの方が異常か。


 『フラッド』の連中がまだ何やらしゃべっているようだが、もうほとんど何も聞こえない。いや……待て、あれは何だ。あの遠くから近付いてくる音は……。




 そこまで考えて、レオングの思考は完全に停止した。だが、その死に顔は、わずかな笑みを浮かべていた。彼が最後に聞いた音。それが彼に希望をもたらしたからだ。


「お、でも時間稼ぎは一応出来たみたいだぜ。オレらをこの位置に釘付けにしておくってのは……まぁ、なんとか成功したんじゃね?」


 ダグラスが死体に声をかける。そして、まだらに星の輝く空を見上げた。日が完全に沈んだため、空の景色は星と月の光と闇だけで構成されている。だが、空の一部に、闇だけで構成されている部分があった。そこには星の光がない。


 よく観察すると、そこには空中に浮く巨大な物体があることに気付く。その物体が星の光を遮っているのだ。


「ヒュ〜、デッケぇ。これが到着すんのを待ってたんだな」


「海軍としての戦力は陸では無意味……っていうわけじゃあなかったのね」


 浮いているのは戦艦だった。重量1800トン、主力砲10門。ウシャスの有するものの中では最大の弩級戦艦であり最主力艦・ヴァイア。それが、夜空を泳いで支部付近に接近していた。ユタの風が及んでいない位置で停止している。艦の船底部分に、液体の波が当たっている。


「ありゃあ、空飛ぶ機械っていうような技術じゃねーな。何らかの『紋』で戦艦を空に浮かべてンな」


「空を飛んでいるのは、正確には船じゃなくて水ね。大量の水が空中に浮いてて、更にその上に船が浮かんでる。『紋』の能力は水の方」


「いーなー、アレ。アレ乗ってみたくない?」


 ユタがそう言った時、轟音が響いた。砲撃が始まったのだ。上空およそ百メートルから、下方へ向けて大砲が火を噴いた。昼間に支部建物から放った山なりの砲撃とはわけが違う。砲弾は恐るべき速度で宙を滑り、支部中庭へ落ちていく。


「ッとォ、さすがにこりゃヤベーな!」


 ダグラスが嬉しそうに叫ぶ。


 『フラッド』にただの砲撃が通じないことはわかっている。だが、水平に見た距離が近く、また上空にある位置からの砲撃は、ただの砲撃ではない。発射されてから着弾までに、瞬くほどの時間しかない。


 ユタが攻撃の暴風を解除した。

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