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第84話・空間に潜む者

 転がっていたランプにロウソクの炎を移し、死の静寂に包まれた地下室内を改めて見渡す。奥の方に鉄の階段が見えた。どうやらあの階段が支部本館内の地上部に繋がっているらしい。リークウェルはそこから潜入しようと決めた。


 敵は退けたが、まだどこかにトラップが残されているかもしれない。しかも、わざわざ準備の時間を与えてやったのだ。もっと多くの軍人がこの支部へ駆けつけているに違いない。


 だが構わない。もっと……。もっと全力で叩きつぶしに来い。リークウェルが階段に一歩足をかけた。その時であった。


 悲鳴が響いた。業火に焼かれる罪人が世の全てに憎しみを込めて放つ絶叫のようだ。悲鳴を上げているのは誰か。建物の地上部に残っていた軍人達はもちろんだが、その建物自体も大きな悲鳴をあげている。砕けたガレキが、雪崩のように地へ落ちて破壊音を奏でている。


「……始めたか。上をあいつらに任せれば、五分もかからずにこの支部を制圧できるな」


 リークウェルはつぶやき、階段を昇りはじめた。




「もう少し左……。そこに五、六人隠れてる」


「了解ィ!」


 威勢のいい掛け声とともに轟音が響く。ダグラスの放った爆弾は、寸分たがわず正確にエルナの指定した場所へ飛んでいく。そこは建物二階の窓、先ほどクドゥルがラングバットとレオングに作戦の指示を出していた場所である。窓のガラスをブチ破って爆弾が室内に飛び込んだ。


「にぃー、いーち……」


 ダグラスがカウントをとる。


 ゼロ、と言った瞬間に爆発が起こった。ぶくりと膨張した壁やガラスに亀裂が走り、じきに大量の熱と爆風を室外へ吐き出した。


「……逃げた。どうやら、こちらを攻撃するつもりはあまりないみたいね。守りに専念してる」


 エルナがフーリの背をさすりながら報告する。フーリの卓越した感覚は背後の林や建物内部の死角までも正確に把握し、軍人達の潜んでいる位置をエルナに伝えている。そしてエルナがダグラスに攻撃地点を指示する。ダグラスの放つ爆弾は壁ごと吹き飛ばす威力を持っている。


 だが、今のところ敵に与えたダメージはそれほど大きくなっていない。爆弾を撃ち込むたびに建物が崩壊し、数名の軍人の命を奪っているのだが、どうにもペースが悪い。エルナの言った通り、敵が回避に専念しているからだ。建物内から十数名ほどの軍人が林の中へ散開し、支部建物の周辺には合計でおよそ五十人近くの軍人の気配がある。そのいずれもがじっと停止して窓や木々の陰から『フラッド』の様子をうかがっていた。そして爆弾が自分たちへ撃ち込まれる瞬間に素早く移動して直撃をかわしている。


「ユタ、左後方から来る」


「あいよ」


 『フラッド』の左後方、林のなかから弾丸が撃ち込まれてきた。だが、その弾丸は命中しない。ユタの『紋』が強風を起こしてガードしたからだ。そして弾丸は一発だけであった。弾丸を放った軍人は、反撃を避けるためか樹間を素早く移動している。このように、攻撃はほとんどしてこない。時折、思い出したように一発だけ拳銃を撃ってくるだけだ。それも攻撃のためというよりは、ユタの『紋』を防御に使わせることが目的なのだろう。


「けっこーウザいね。あたしに攻撃をさせないようにしてんのが見え見え」


「今ここにいるメンバーだけで私たちを倒そうとはしていない。たぶん時間稼ぎだわ。他の支部からの援軍が来るのを待っているのか、それとも地下に落ちた仲間の帰りを……」


「ハッ、帰ってくるわけがねぇ。リクがとっくに片付けてるだろ」


 ダグラスが銃で肩を叩きながら言う。相手が攻撃を最小に控え、ひたすら時間を稼ぐことに専念しているのであれば……。『フラッド』はそれに乗る。相手の策をあえて受け入れてその上を行くことこそが、最も壊滅的なダメージとなることを知っているからだ。だからダグラスは攻撃の手を休めた。


「……そうね。フーリが言ってるわ。地下室内にいた軍人達は全滅。リクは建物の中に入って行った、って……」


 初めてこの場所を訪れた際、さすがのフーリの感覚も、地面と金属によって閉ざされていた地下室内までは感覚が及ばなかった。だが、リークウェルを引きずり込むために穴が開けられたため、穴を通じて地下室内の状況までも把握することが可能になった。フーリの鼻は、暗いコンクリートの上に流れるおびただしい血の臭いをかいでいる。


「相変わらず仕事が(はえ)ーなー」


「ねぇ、やっぱしあたしらもここにいる奴ら全滅させる? 後で『遅かったな』とか言われたくないし」


 ダグラスとユタが思い思いの感想と意見を述べる。ジェラードはいつも通り、何も言わず何もしない。リークウェルの活躍を聞いても、特に表情を変えるような素振りは見せない。


 だが、今のニュースを聞き、激しく心をとり乱した男がいた。その男は、『フラッド』のすぐ足元にあるガレキ(建物の破片が爆風にあおられて飛んできたもの)の中にいた。手を伸ばせばユタの背に触れることが出来るほど近くだ。だが、その男はフーリに感知されていない。他のメンバーにも見つかってはいない。


(バカな……ラングバットがやられただと!? 三十八名の狙撃隊までもが全滅したのか? 確かに銃声は聞こえたぞ! その銃撃をすべてかわして、あのラングバットを殺したというのか……)


 男は、ラングバットの相棒でありもう一人の『紋付き』軍人、レオングである。レオングは自らの能力で身を隠し、『フラッド』に接近していた。そしてラングバットから無線で連絡が来るのを待っていたのだ。連絡が入り次第、『フラッド』の一人を仲間から引き離すつもりだった。


(あまりに早すぎる! 相手が残り二人か三人だけになっていたら総攻撃を仕掛けてもよかったが、まだ地上に四人、地下にも一人、五人全員が生きている。……クソ、どうしたらいい……)


 レオングは考える。一辺五十センチのボックスの中で。


 ”自分自身の肉体と無生物の物体だけを収納できる”能力を持った白い箱の中で、次の手を考えている。

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