第82話・支援部隊出陣
東支部の司令官クドゥルが、『フラッド』との交戦を受け入れた。このニュースが本部へ伝わったのは、時計の針が正午をいくらか回ったときであった。交戦を受け入れた背後にウェンダの影があったことは、なぜか伝えられなかった。
「ちょっ……先輩。支援部隊ってたったこんだけの人数ッスか?」
本部の中庭。三台の軍用車が停まっている。車に銃器類や燃料などの物資を積み込んでいたノームは、現場で指揮を執るレンに質問を持ちかけた。テンセイとノームは東支部を『フラッド』から守るための支援部隊に参加するよう命じられたのだが、そのメンバーが予想よりも遥かに少ない人数だったのだ。テンセイとノームを合わせても十人に満たない。
「もう『フラッド』とガチでやりあうことは決定してんでしょ? だったら、もっとハデに大軍団で押しかけた方が……」
「本部をガラ空きにするわけにはいかないだろう。この国は今ゼブとも臨戦態勢にあることを忘れたのか? なに、人数のことは心配するな。他の支部からも部隊が駆けつけてくるはずだ」
「っつっても、相手はあの『フラッド』ッスよ。どーせやるなら徹底的にやった方がイイと思うんスけどね」
ウシャス領土にある主力軍部は三つ。ラクラが治める軍本部を筆頭に、クドゥル率いる東支部、そして(現時点では不在だが)ヤコウの率いる南支部だ。領土内にはこの三か所以外にも小規模な支部が複数存在しており、それらの支部からも東支部へ応援が向かうことになっていた。
「ああ、確かに、奴らは強い。アイツらが化け物じみた手練ればかりだというのはオレも身にしみて理解している。……だが、かといってゼブへの警戒を怠るわけにもいかないだろう」
『フラッド』と同レベルで深刻な問題。それは、Dr・サナギがウシャスへの密航ルートを所持していたということだ。つまり、サナギはこれまでにウシャスへ忍び込んできたことがある、という可能性が非常に高い。しかも、テンセイ達がゼブから乗ってきた船は南支部が管理しているが、おそらくゼブの港にはまだ他にも密航船が残されているはずだ。そうなると以前にもまして海の監視を高める必要性が出てくるのだ。
「片肺飛行だと言われようが、こちらも決して油断は出来ない状況なんだ。……もっとも、警備を固められるということも承知の上でサナギは君達を逃がしたのだろうが」
そう言いながら、レンはちらりとテンセイに視線をやった。テンセイはただ黙々と荷物を運んでいる。
『フラッド』と戦って唯一自力で生還した人物。このテンセイのおかげでレンとノームも生きている。だが、テンセイを見るレンの視線には、穏やかなならぬものがあった。
「テンセーッ!」
場違いなほど明るい声が割って入った。声の方を見ると、玄関からコサメが靴をつっかけながら飛び出してくるところだった。名前を呼ばれたテンセイが振り返ると、コサメはジャンプしてその胸に飛びついた。
「いっしょに行く!」
「おいおい、コサメ。お前はお留守番だって言っただろ」
これからテンセイ達が向かうのは戦場だ。そのため、採掘場の時と同じく、コサメは本部に預けてラクラが護衛することにしたのだ。
しかし、コサメは言った。
「おねーちゃんが、いっしょにつれてってくれるんだって」
「なにィ?」
まさしくその時、コサメに続いて玄関から出てきた人物がいた。戦闘態勢を整えたラクラだ。
「隊長、どういうことです?」
レンが尋ねる。
「コサメさんのおっしゃられた通りですわ。今回は私とコサメさんも同行します。本部の指揮は、レン、あなたにお願いします」
「はッ……!?」
誰かが呆気に取られた声を漏らした。おそらく、その場にいた男性全員が同じような衝撃を受けたことだろう。コサメの安否を誰よりも気にかけていたのは、他でもないラクラだ。そのラクラが、コサメを戦場に連れていくというのだ。しかも、幹部として本部にとどまるべき立場を捨ててまで。
「これまでの経過から判断しますと……コサメさんがあらゆる意味でもっとも安全なのは、テンセイさんと一緒にいるときです。どんな環境であっても、テンセイさんの側にいることがこの子の幸せであり安全。私はこれを最優先して守るべきものだと考えました」
「しッ……しかし、隊長!」
「レン。本部は任せましたよ。……どうやら、荷物はすでに積み終わったようですね」
レンが止めるのも聞かず、ラクラはさっさと車に乗り込んでしまった。その表情には、美しいながらも鉄のように固く冷たい決意がにじみ出ていた。リスクは十分に承知した上で、あえて危険な道を選んだ女性は、このような表情になるのだろうか。子どもを戦場へ連れていくなど常識外れもいいところだ。が、それさえも受け入れた覚悟が、ラクラの顔を鉄仮面に変えていたのだ。
「テンセイ君。なんだったら、君はコサメと一緒にここに残るか? それが一番安全だろう」
至極真っ当な意見をレンは述べた。しかし、勝利を優先するべきの軍人としては的外れな意見だった。唯一『フラッド』に対抗できる人材を置いて行くなど、誰が認めようか。
結局、テンセイはコサメを抱いたまま車に乗り込んだ。ノームも別の車に乗る。準備は整った。
「行きましょう。ここから東支部まではかなりの時間を要します。はたして日没までに間に合うかどうか……。いいえ、とにかく一刻でも早く!」
「了解!」
了解! と、軍人達が次々に号令を発した。三台の車に一斉にエンジンがかかり、ギリギリとタイヤがうなり声をあげて地をこすり始めた。
「GO!」
先頭の車を運転する軍人が声を張り上げ、出陣を開始した。後の二台も同じように続く。遥か大陸の東端へ向けて、支援部隊は勇ましく進み始めた。
「どういうつもりだ……ラクラ隊長」
残されたレンは、遠ざかる車の影を睨みながらつぶやいた。