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第81話・疑心暗鬼

「レ……レン。今、なんと言いました? 彼らが無実ではないと言ったのですか?」


「完全なシロではないってことです。疑惑は十分にあります」


 ラクラの想定にはなかった発言だ。テンセイ達が裏切り者でないという確信はレンにも共通だと思っていたのだ。


「彼らがウシャスを裏切っているとでも?」


「裏切り者だとは思ってませんよ。裏切りってのは、味方を捨てて敵方につくことでしょう。始めっから……ウシャスの軍に入る前から、すでにゼブの手先だとしたら……それは裏切りとは言えません」


「そんな言葉の綾を問うているのではないのです」


 思わず眉間にしわを寄せる。ラクラにとって、レンは心を置ける数少ない同志であった。このように真っ向から意見が分かれることは滅多になかったのだ。


「オレの意見を聞いてください。オレの考えだと、たぶんノーム君はシロです。おそらく彼は本当に何も知らない。……いや、知らなかった。ゼブへ連行されている間にテンセイ君から何かを聞かされたのかもしれないが、とりあえずそれは置いときます。いいですか、隊長。オレはどっちかというとテンセイ君を疑っているんです」


 レンは語り始めた。


 まず第一に指摘したのは、軍に入る前のテンセイは本当にただの一般人だったのか、ということだった。ノームの素性や生い立ちに関してはウラが取れている。彼は港町に両親がおり、これまで一度もゼブと接触するような機会はなかったと証言している。だが、テンセイとコサメは違う。彼らは山奥にある農村で暮らしていたと称しているが、その証拠はどこにもない。山奥に農村があることは港町の人間も知っている。しかし、その村にテンセイという名の大男がいたということは誰も覚えていなかった。


「それは、テンセイさんがあまり他の集落へ行かれたことがないせいでしょう。たしか、テンセイさんは海を見たことも五、六回ほどしかないとおっしゃっていました。あまり人前に出ないから、港町の人々にも印象が薄かったのでは」


「その可能性もありますね。けど、少なくともオレなら、あんなデカい人間を見たらイヤでも印象に残ります」


 さらにレンは続ける。


 コサメの”村でテンセイと暮らしていた”という話はおそらく真実だろう。いくらなんでも、六歳の子どもがウソをついていればすぐにわかる。だが、それが真実だとしてもテンセイの疑惑は解けない。テンセイは現在三十二歳。仮にコサメがこの世に生まれた時から一緒にいたとしても、それは六年前のこと。あれだけの大男が、二十六年もの間人目につかなかったというのは考えにくい。


 コサメと一緒に暮らす以前、テンセイは本当にただの農民だったのか? 村が焼失した以上、彼の素性を残した記録はどこにも存在しない。村人も書類も全て焼き払われてしまったのだから。


「テンセイさんの……『過去』。たしかに……。私も、彼本人からは詳しいことを聞いていません。自分は山奥で農業や狩猟をやっていた、としか彼も語りませんでした」


 ラクラも初めてこの事に気がついた。裏表のない真っ直ぐな男――。そんな第一印象から、テンセイの言葉を深く追及するつもりにならなかったのだ。


 だが、かといってテンセイがゼブの仲間であるという理由にはならない。


「彼がゼブから送り込まれたスパイだとしたら、なぜわざわざ島の農村なんかで生活していたのですか? 彼ほどの実力者ならば、我が軍に入隊してのしあがることなど容易いこでしょう。最低でも六年……いえ、コサメさんの記憶がハッキリと残っている二、三年、彼はなぜ島にいたというのですか? もっと早い時期から軍に入ることが出来たにも関わらず」


「それはいくらでも理由が考えられますよ。なにせ過去の情報が全くないんだから、いくらでも仮説を持ち出せる。ただ……最も可能性が高いのは、コサメのことでしょうね。不思議な『紋』を持つコサメがある程度まで成長するのを待った……。あるいは、コサメが自分のことを信頼するように手懐けた……」


「やめなさいッ! 言葉が過ぎますよ!」


 感情が爆発した。それは一瞬のことだったが、ラクラから冷静さを忘れさせるには十分であった。額に汗がながれ、呼吸が荒くなっている。


 レンはあくまでも客観的な意見を述べている。私情を殺すべき立場の軍人としては、レンの姿勢の方が正しい。レンは仮説を述べているだけだ。悪気があるわけではない。ラクラは必死にそう自分へ言い聞かせ、気分を落ち着けるよう試みた。


「……それで、テンセイさんを疑う要素はそれだけですか?」


「残念ながら、もう一つだけ」


 それは、テンセイ達が無事にゼブから帰還できたことだ。敵対する者に対しては徹底して残忍冷酷な軍事大国・ゼブが、罪人として連行されたテンセイ達を処刑しそこねた……とは考えにくいということだった。その陰にはバランの協力があったのだが、レンは完全には信じていないようだ。


「もしもゼブの目的がコサメを奪うことだけだったら、用済みとなったテンセイ君達は即刻処刑されていたはずです。偽装処刑の準備が整うまで生かしておく必要など全くない。ゼブがウシャスを乗っ取ることまで計画していたのなら尚更です。敵の戦力を削ぐ機会を逃すわけが……」


「ただの常識だけで考えれば、そうでしょうね」


 耐えかねたようにラクラは立ちあがった。


「ですが、テンセイさんは時に常識を凌駕します。貴方があの『フラッド』から攻撃を受けて生き残っているのは、彼の常識離れした実力によるものです」


 そのまま足早に歩き、レンを残して会議室を出た。自分から相談を持ちかけて途中で話をやめるなど、およそラクラらしからぬ行為である。しかし、そうでもしなければラクラは自分を抑えきれなかっただろう。焦りなのか、怒りなのか、不安なのか。得体のしれない重苦しいものが、ラクラの体内に渦巻いて居座っていた。


 ウシャス東支部と『フラッド』の交戦決定が本部へ伝令されたのは、その直後であった。

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