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第80話・ウシャス軍の困惑

 落下してきた穴から、太陽の焼けた光が降り注ぐ。穴の縁からはいまだに砂や土がこぼれ落ちてきている。おそらく、穴の上では残りの『フラッド』メンバーがもう一人の軍人を相手している。いや、すでに始末したのかもしれない。


 リークウェルは、果てかけた光を浴びながら少しだけそんなことを考えた。そして、地下室内にまだ潜んでいる軍人はいないか警戒した。――気配は感じられない。リークウェルはフーリほどの嗅覚や聴覚は持ち合わせていないが、武器を手にした人間が放つ独特の殺気と汚臭を感じ取ることぐらいは出来る。改めて確認した。地下室内に生きている敵は、目の前に立つ茶髪の軍人一人だけだと。


「違うじゃん、コレ……」


 茶髪の軍人が独り言のようにつぶやく。視線はリークウェルとは合っていない。


「おっかしいなぁ。ここにまず一人か二人だけ誘い込んで、一斉射撃で仕留める。いまウチにいる過半数、合計三十八名もの軍人の一斉射撃。相手が一人だけなら十分にいける。そんでここに落ちたやつを殺したらまた次の手で残りのやつらを分断させてェー……って、そんな作戦だったんだけどな。次の分断の作戦もちゃんと考えてあったんだぜ」


 軍人らしからぬ男だな、とリークウェルは思った。風体や態度もそうだが、失敗したとは言え敵に作戦をバラしてしまうなど、軍人ならば意地でもやらない行為だ。リークウェルはサーベルを握ったまま、茶髪の軍人に近付いていく。


「あ〜あ、面倒くせぇな。そりゃ多少の犠牲が出ることは承知してたけどサ、まさか最初の一人に三十八名全滅させられるとは。まったく、もう……」


 リークウェルは足を止めた。感じたのだ。急激に膨張する凄まじい殺気を。


「オレ一人でやるしかねぇじゃねーか!」


 軍人が跳ねた。その手には軍刀を握っている。明らかに大量生産されたものだと思われる、安っぽい軍刀だった。ウシャスの軍人全員に支給されている代物だろう。軍刀を握る右手が高くあがる。振りかぶって斜めに斬りつけるつもりらしい。


 リークウェルの目は、刀の軌道を易々と見切っていた。この程度の太刀筋ならかわすまでもない。軍人の刃が自分に到達するよりも一瞬早く、サーベルを軍人のノドへ突き刺すことが出来る。と、判断した。


「一秒……」


 軍人がつぶやいた。その声が耳に届いた瞬間、リークウェルの左肩から血が噴き出した。





 ウシャス東支部と『フラッド』の交戦開始より、およそ半日ほど前のことである。ウシャス本部の会議室でラクラとレンが会話をしていたのは。


「まさか……ウェンダ様がそのようなことを……」


「残念ながら、はっきりとおっしゃられました。これは命令である、と」


 二人の話題に上がっている内容は、他でもない。先日ウェンダから言い渡された、テンセイ、ノーム、コサメの三名を処分せよという命令に関してだ。


「昨晩、あなたからテンセイさんの報告を伝言していただいた際にこの話をすべきだったかもしれません。ですが、あの時は私自身の整理がついていなくて……」


「しょうがないですよ、隊長。疲れが溜まりまくってますからね。イキナリそんな命令を出されたって、すぐにどうこう出来るわけがない」


 疲労しているのはレンも同じだ。だが、ここはラクラを労う役に徹している。二人の目の下にあるクマはまだ取れていない。


「あの三人が裏切り者でないことは何よりも明白です。彼らはこの軍に来るまで、ただの一般市民だったのですから」


 ラクラは断言した。テンセイが裏切り者のわけがない、と。しかし、軍の最高権利者であるウェンダはこの意見を聞き入れない。ウェンダからの命令は絶対だ。もし下手に逆らえば、それこそ軍内部に亀裂が入る。その隙をゼブに突かれれば一巻の終わりだ。


 自分はどうするべきなのか。それがラクラの悩み……と、なるのだろう。ラクラがただの軍人であったなら。何の信念も持たずに出世の道を歩んできただけの人間だったら、板ばさみに苦しめられることだろう。だが、ラクラは違った。


「彼らは絶対に処刑しません。それだけは……絶対に曲げません」


 ラクラは教えられていた。軍人として生きる上で最も必要なことを。


「我々の調査によれば、裏切りの容疑が最も濃厚なのはウェンダ様ご自身です。この処刑命令は、容疑を彼らに被せると同時に、ゼブにとっての障害を排除する狙いが込められています。この思惑に従うわけにはいきません。それに第一、私は彼らを信じています。彼らがこの軍にいることを『誇り』に思っています」


 ラクラは『誇り』を持った軍人なのだ。悩みを持つことなど、自分で許可しない。指揮官の立場にある自分が悩んだり、うろたえたりすることこそが、最も軍を混乱させることになると知っている。ならば、決断するしかない。自分の信じるものは精一杯肯定する。


「処刑しない……ですか。ふむ、じゃあ、ウェンダ様にはどう説明するんですか? まさか、真正面から反発するんじゃ……」


「残念ながら、そういうわけにはいきません。不本意ですが、ウェンダ様には偽装の報告をすることになります」


 テンセイとノームは、ゼブで偽装処刑を行うことで囚われの身から逃れた。それをもう一度やろうとラクラは提案したのだ。テンセイ達の身を潜ませ、ウェンダには処刑したと報告しておく。結果的にテンセイとノーム、それにコサメは裏切り者の烙印を押されることになるが、彼らが生きる道はそれしかない。


 ただ、いかにウェンダを納得させるか。確実に処刑したという証拠をいかにでっちあげるかが問題となる。ラクラはそれをレンに相談したのだった。


 時間に余裕はない。一刻も早く結論を出すにはレンと二人で考えるのが早い、とラクラは判断した。だが、レンは!


「隊長……前提をひっくり返すようなことで、申し訳ないんですけど」


 テーブルにヒジをつき、視線を壁のシミに向けたままレンは言った。


「本当に彼らは無実なんですか? 少なくともテンセイ君は我々に情報を隠しています」

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