第8話・力を示せ
貨物船に向かって撃たれた砲弾は、船のすぐ近くに落下した。激しい水しぶきと揺れが船を襲い、船員達の行動を遅らせる。
「直接撃ち込んではこないはずだ! 連中の狙いは積荷だからな! 近づいて乗り込んでくるぞッ!」
町を出て二時間後のことだった。広い大海原に点在する小島の一つから、古びて傷ついた海賊船が姿を現したのだ。
「コサメ! 大丈夫か!」
「テンセイ!」
コサメは水しぶきをもろに受けてびしょ濡れになり、甲板にうずくまっていた。テンセイはコサメを抱きかかえ、倉庫へと戻った。
「ここに隠れてろ。絶対に出てくるなよ」
「う、うん」
再びテンセイが甲板に出ると、海賊船はすぐ側に迫っていた。互いの顔が視認できるほどの距離だ。海賊達はみな武器を持っていたものの、まるで災害に遭ったかのようにボロ布をまとい、頬はこけ、浮浪者同然の格好であった。
「行けーェッ!」
頭らしき人物の掛け声を同時に、海賊船からワイヤーが射出された。ワイヤーは貨物船の船体に突き刺さり、それを伝って海賊たちが攻め込んでくる。
「ワイヤーを引っこ抜け! 板ごとひっぺがしでかまわねぇ!」
一人の船員がワイヤーの根本に走る。だが、それは無駄に終わった。銃声が響き、その船員の頭部が砕かれたのだ。
「乗り込んでくるぞッ!」
「食い止めろ!」
海賊の一人が到達し、船員達がそれに応戦している間に別の一人が乗り込んでくる。海賊たちはあっという間に甲板への侵入に成功した。
「……さ、酒。酒が飲みてぇ! どこにあるゥ?」
一人の海賊が倉庫への扉を開けようとする。だが、それも成功しなかった。
「ぬおおッ!」
テンセイだ。
テンセイが海賊の腕をつかみ、ワイヤーを上ってくる海賊へ向けて思いきり投げつけたのだ。
「あぎゃッ!」
「ぶっ」
数人が巻き込まれて海に落ちる。しかし敵の数は多い。ざっと見た限りでも4、50人はいるだろう。
「あ、アンタ! 加勢してくれんのか!」
船長が叫ぶ。
「おおよ! 任せな!」
テンセイの怪力の前では、武器を持った海賊達も赤子同然だった。腕の一振りで人の体が飛び、海へと突き落されていく。さびついた剣を振り下ろすよりも早く拳が叩きつけられ、銃の狙いを定めるよりも早く蹴りが入れられる。
「ば、化け物だアァァ!」
「イケるぞ! このまま押せ!」
みるみるうちに海賊の数が減り、船員達の士気も高まっていく。
「もう少しだッ……!?」
テンセイの左わき腹に痛みが走った。見ると、何か赤黒い棒状のものがテンセイの腹に刺さっている。
「頭ァ!」
「たった一人に何てこずってやがる。とっとと貨物室を襲え」
頭と呼ばれた海賊。その胸元には『紋』が刻まれていた。『紋』からはさらに赤黒いものが無数に這い出ている。
それは大量の蛇だった。
「『紋付き』がいるぞ! 気をつけろ!」
テンセイのわき腹に喰い込んでいたのは。『紋』から出た蛇だった。肉を喰いちぎり、体内へ潜り込もうとしている。
「野郎ォ!」
蛇をつかんで引っ張り出す。同時に肉が喰いとられたが、かまわず蛇を海に放り捨てる。
「うッ」
「ハッハハー! この蛇の海を渡ってこれるかァ?」
少し目を離したすきに、甲板の大部分が蛇に覆われていた。海賊と船員の戦いは船室に移動し、蛇と頭、テンセイだけが残っている。
「アンタのそのでっけぇ体ならよォ、もしかしたら喰い尽くされる前にオレを殴れるかもしれねぇな。だが! この蛇どもは真っ先に足を狙う! 倒れたところを骨まで噛み砕いてやるぜ!」
これではうかつに突進できない。テンセイはじわじわと甲板の隅に追いやられていく。
(マズイ……。オレが無理やり突っ込んでも敵は逃げ回る。この状況じゃあ捕まえる前にやられちまうぜ……。いや、このままじゃコサメが危ない!)
コサメの隠れている倉庫にも、蛇は向かいつつあった。
(ノーム! コサメを守ってくれ……!)
「ちっ、うざってぇ蛇どもだな」
扉を破り、穴から蛇が侵入してくる。ノームは蛇を切りつけるものの、一匹倒したそばから次の一匹が潜り込んでくる。
「ったくもうキリがねーぜ! やってられるか!」
ノームの下半身は町にある。その気になれば、上半身を引っ込めていつでも町に帰ることができるのだ。ムジナ単身だけなら逃げ隠れることはたやすい。
「逃げる気か? この子を置いて……」
腕を負傷した船長が声をかける。今、この倉庫にいるのはコサメと上半身だけのノーム、そして船長だけだ。船長は出血がひどく、これ以上は戦えない。
「あぁ? 関係ねーよ、そのガキは。オレの目的は軍に入ることだぜ! 余計な争いは避けるにこしたこない」
「今、この状況を切り抜けられるのはお前だけだぞ……」
「それがどーした! 勝手に押し付けんじゃあねーぜ!」
その時、一匹の蛇がノームの隙をついて侵入し、コサメへと飛びかかった。
「きゃああ!」
「しまった!」
ノームからは間に合わない。蛇の口が大きく開かれ――。
「ぐぅっ」
鋭い牙が突き刺さった。しかし、それはコサメをかばった船長の腕であった。海賊との戦闘で付いた傷口に、蛇が潜り込む。
「バカッ! 何やってんだ!」
深く入り込む前にノームが蛇を斬る。その間にも蛇は少しずつ侵入してきている。
「……子ども一人守れずに、国を守れると思っているのか……?」
「あ?」
「お前がさんざん自慢してきた実力ってのは、その程度のもんなのか?」
船長は話しながら、血のしたたる右手で無理やり剣を握る。動けば動くほど出血がひどくなるのに、だ。
「逃げたければ勝手に逃げろ。オレは子どもを見殺しにする勇気がない」
船長の目が真っ直ぐにノームを射抜く。深く、強い視線だ。ノームは金縛りにでもあったかのように立ち尽くす。
そして、その緊縛を打ち破るようにして叫んだ。
「クソッ、ああわかったよ! 実力を示してやる!」
叫ぶと同時にムジナの背から全身を現す。全身がこの場に出てしまったため、もう町に帰ることは出来ない。
「ほらよ、嬢ちゃん。髪飾りは返しておくぜ」
ズボンのポケットから髪飾りを出し、コサメに投げ渡す。
「この蛇の数は尋常じゃねぇ……。『紋』の仕業だ。どこかに『紋付き』がいる! そいつを殺せば蛇は消滅するッ!」
蛇の侵入してくる穴に、ムジナが飛びこんだ。