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第78話・亀裂走り、地の底へ

 『フラッド』は歩く。ただ、まっすぐに歩く。どこかの陰で待ち構えている兵器も、訓練された軍人達も、彼らの足を止めるほどの脅威にはならない。また逆に、歩調を速めなければならないほどの緊急事態を創り出すにも至っていない。


 彼らにとって今の状況は日常の一部にすぎない。常に危険の中に身を置いて生きていた。


「なんか、攻撃が全然こないね」


 『フラッド』は、支部と訓練場の境となっている林を通過していた。林というのは名ばかりで、実際にはまばらに数十本の木が植えられているだけだ。枝や葉は樹上にしかなく、白く長い幹がいかにも貧弱な印象を受ける。葉の隙間を縫って漏れる光がコートの表面を照らし、熱のエネルギーをコートに吸収させている。それにも関わらず、誰一人暑さを感じているような素振りはない。ゼンマイ仕掛けの人形のように、一定のペースで木々の間を歩いていく。


「ユタの風を警戒しているのよ。相手もバカじゃない。並みの弾丸では通じないとわかった相手になおも銃撃を続けるような事はしないわ」


「そして下手に接近するのも危険ってわけだ。さてさて、次はどんな手で仕掛けてくることやら」


 楽しんでいた。いくら敵の主力が巨大艦隊であり、今回はその力を発揮できない状況だとわかっていても、ここまで余裕を見せることは他の者には不可能だ。海軍であっても、陸上での戦闘訓練は間違いなく積んでいる。わずかながら準備期間もあった。支部の建物に近付くことは己の生存確率をゼロに近付ける行為に等しい。


 それでも彼らは歩き、やがて林を抜けた。真っ先に視界に入ったのは、建物の壁にもたれて立つ二人の軍人であった。他に軍人の姿はない。


「ハロー、『フラッド』の方々」


 茶髪のラングバットがおどけたようにあいさつする。が、リークウェルは無視した。


「情報を聞き出すには幹部一人が生きていれば十分だ。それ以外は必要ない」


「この二人はどっちも幹部じゃないわね」


「ああ」


 それが攻撃合図だった。


 ダグラスが右手に握った銃を二人に向ける。軍人二人は一回の爆発で同時に破壊できる範囲内にいた。ダグラスはわずかの躊躇もなくトリガーを引く。重い衝撃が腕を伝わり、背骨を走り、足を浮かそうとする。仮にそこいらの軍人がこの銃を使えば、実際に体が浮きはしないだろうが、全身の筋肉が衝撃に耐え切れずかなりのダメージを負うことになるだろう。それをダグラスは片手で扱う。


 爆弾が二人に迫る。ゼブ軍人の肉体を一瞬にして吹き飛ばすほどの破壊エネルギーを凝縮した鉄の塊が、回転しながらエネルギーを解放するタイミングを待っている。今回の爆弾は、二人の真横を通り過ぎ、背後の壁に命中すると同時に爆破するよう設定されていた。


 弾頭が二人の間を通り抜ける。と、思われたその瞬間であった。爆弾がこつ然と消えうせたのは。


「おお?」


 ダグラスが銃を構えた姿勢のまま首をかしげる。爆弾は、あっという間に消滅したのだ。どこかへ弾かれたのでもなければ爆発したのでもない。この世界から消えていた。


 よくよく見ると、爆弾の消滅した場所に何かが見える。色合いが背後の壁と似ているせいで見えにくいが、それは箱のようなものであった。白い半透明のボックス。一辺の長さが50センチほどの立方体が、何物にも支えられずに宙へ浮いていた。


「今の爆弾はこの中さ。驚いたか? ハハ」


 ラングバットが箱を指差して笑う。


「っつってもこれはオレのじゃあなくて、こっちのレオングの能力なんだけどな。オレの能力はッ!」


 叫ぶと同時に、ラングバットは『フラッド』目がけて走り出していた。それに対応してリークウェルがサーベルを抜く。ダグラスが銃口の向きを変える。ユタが風の大狐を再び呼び出す。向かってきたラングバットを処分する用意は出来ていた。


 が、次の瞬間、今度はラングバットの姿が消えていた。もっともその行き先はすぐにわかった。わかったからこそ、リークウェルは防ぐことが出来たのだ。両手で握れば折れてしまいそうなほどに細いサーベルの刀身で、ラングバットの剣撃を防御していた。


「はッ! やるじゃあねぇか!? 見えてねぇのに防ぐなんてよ!」


 奇妙なことが起こっている。リークウェルは剣撃を防いだ。防いだその後に、ラングバットの剣がサーベルに触れたのだ。防いだその瞬間、そこに剣はなかった。衝撃だけがサーベルにぶつかり、防御したという手応えになっていたのである。衝撃が来た後に剣が届いた。


「さすがにやるなァ。だが、捕らえたぜ」


 捕らえた、は少々おおげさだ。ラングバットは、ほんの少しだけリークウェルの動きを止めただけにすぎない。しかし、それが殊勲賞ものの活躍となった。


 ぐらり、地面が揺れた。『フラッド』とラングバットの立つ足元だけが、不気味な慟哭をあげて振動し始めた。そして瞬く間に砕ける。ガラスが砕けるかのごとく地面に亀裂が走り、ばくりと口を開いた。


 状況を判断した『フラッド』の面々は素早く崩壊する大地を蹴り、宙へ飛んでいた。地面に開いた穴は意外に狭く、四人と一匹は落下を免れた。


「落とし穴ァ?」


「地下室を利用して突貫工事、てなところか。ごくろーさんなことだな」


 華麗に着地を決めたユタとダグラスが考察する。エルナ、ジェラート、耳長フーリも無事だ。ただ一人、リークウェルだけが、ラングバットと剣を交えたままその場に立っていた。


「ハ! まず一人、地獄の底へご案内ってわけだァァああ!」


「フン」


 ラングバットの叫びを間近に聞きながら、リークウェルの足は穴の淵へ沈んだ。見る見るうちに視界から消えていくリーダーの姿へ向け、ユタが叫ぶ。


「リク!」


「大丈夫よ、ユタ。見たでしょう? リクはわざとあそこへ落ちたわ」


「だからリクを追う必要はねぇ。あいつが一人でやるつもりなんだから、邪魔するこたァねぇ」


 ラングバットとリークウェルが、地上から姿を消した。


「あいつ、頭ン中でこう言ってっぜ。”地獄の底の底に落ちるのはてめぇだ”ってな」

あけましておめでとうございます。


本日は諸事情により、少し早めに更新させていただきました。


今年も頑張って執筆いたしますので、今後も「晴れノチ」の応援をよろしくお願いします!

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