第77話・二人の精鋭
第一波の攻撃が失敗し、ウシャスの被害は車三台と運転手、同乗した攻撃隊員の合計四名、そして機関銃二組。
「風……。あの少女は突風を起こす能力を持っているのか。高速で飛ぶ弾丸の軌道を急変させるほどに強力な風を」
二階の窓から一部始終を見届けていたクドゥルは、誰にともなくつぶやいた。傍らのテーブルには束になった書類が積まれており、その中の一枚を取り上げる。
「本部の軍人が北採掘場で『フラッド』と遭遇したときに得た情報。リーダー格の覆面男はサーベル使いで『紋付き』の可能性は薄い。大柄の男は爆弾銃を使い、女は感知能力の高い獣を連れている」
「あの獣に関する情報が南方の生物学者から入りました。学名をストラ・ドッグという犬の亜種です。犬の特徴である優れた嗅覚に加えて聴力もかなり発達しており、また警戒心が強いため滅多に接近できず……あまり実態が解明されていないようです」
クドゥルの後ろに控えていた軍人が資料を読み上げる。
「そうか……『フラッド』の連中は世界中を旅しているのだったな。珍しい生物の一匹や二匹を手懐けていてもおかしくはない。ともかく、あの獣は『紋』とは関係ないのだな」
「ええ。しかし、今新たに出現した狐のような化け物は」
「あれは間違いなく『紋』だな。そして、軍人四名を屠った爆弾銃……。あれは兵器か? それとも『紋』か? 威力だけならあれよりも強力な兵器は実在するが、普通の拳銃よりやや大口径なだけの銃で発射できるとなると……」
「銃、もしくは爆弾が『紋』によるものかもしれません。本部付き幹部のラクラ様と同じようなタイプの能力ということになりますね」
「そうだ、本部からの応援部隊はまだか!?」
クドゥルは語気を強めて軍人のほうを振り返った。
「はぁ……それが、連絡を受けてすぐに出発したそうなのですが、なにぶん距離がありすぎまして……。到着するにはまだ一時間以上かかるそうです」
「……だろうな。クソ、こんな事になるのならもっと早く応援を呼ぶべきだった」
「ええ、しかし」
「わかっている!」
腹の底から怒鳴り声を吐き、皮膚の硬くなった拳をテーブルに叩きつける。ストレスをほんのわずかだけでもなだめようと、砕かんばかりに力をこめて。が、拳はテーブル上の紙束を叩き、テーブル板に伝わる衝撃は分散されて鈍い音を立てただけであった。それがますますクドゥルの怒りを増幅させた。
「本部から新たに軍人を派遣させれば『フラッド』を余計に刺激する! だから今までは応援を呼ばなかった! わかっている、全ては私の指示だ! 私が判断したのだ。『フラッド』とまともに戦うことは避けたいと。そして今になって戦力不足に悩んでいる」
先に述べたことだが、この東支部の最大戦力は海軍である。ウシャスの内陸は治安が安定しているため軍の必要とされる事件が少なく、また多少の問題は本部の軍人が解決することになっていた。東支部に課せられた最も重要な役割は、ウシャス屈指の軍艦隊を持って東海からの侵入者を防ぐことだ。全く予期していなかった陸からの攻撃者に対してはすぐに対応出来なかった。
いや、予期はしていたのだ。北の採掘場に『フラッド』が現れたという報告は受けていた。そして彼らがその後行方知らずになっていることも。『フラッド』がこの支部付近まで接近することも想定していた。想定はしていたのだ。だが、その想定は”まず、ありえないことだろうが”という前提の土台に乗せられたものだったのだ。『フラッド』は政治に関わらないという一般認識、そして何よりも”来てほしくない”という願望が、接近の想定を脳裏の隅に追いやっていた。
「だが……これで敵の能力は半分以上把握できた。まだ未知の部分は多いが、それもこれから徐々に暴く! どんなに相手が強かろうが、能力と戦法がわかれば策は打てる」
「ええ、その通りです。連中を退けましょう」
と、その時だ。部屋の扉が開き、二人の軍人が入ってきたのは。それを見たクドゥルは両手を広げて彼らを歓迎した。
「ラングバット! レオング! 今この場で戦闘可能な『紋付き』はお前達二人だけだ! よいな……作戦は先ほど伝令した通りだ」
ラングバットは齢二十九。茶色に染めた長髪を軍指定の帽子からはみ出させており、平生からよく態度が悪いと注意をされている問題児だ。
もう一人のレオングも年齢は同じぐらいだろう。ただ、こちらの男はあまり特徴がない。規律に反することを無駄な徒労としか考えていないタイプだろう。
「先ほど爆破された四名の犠牲を殺すな。必ず今の情報を活かせ」
「ご安心を、クドゥル様ァ」
「ここは我々が引き受けます。クドゥル様は一刻も早くあれを回収に行かれてください」
二人は話しながら、窓の外に視線を移す。双眼鏡がなくともはっきりその姿が見える距離にまで、『フラッド』が迫ってきているのが見える。
「どんなに強大な力であっても……個々の能力には必ず弱点が存在します。奴らはその弱点を互いにフォローし合っているのでしょう」
「つまり、奴らを分断して個別に対処すれば勝機は十分にあります」
「うむ。『紋』を持たぬ軍人達とも連携し、確実に一人ずつ仕留めろ。私はもう行く」
負けられない。不十分な態勢、不本意な戦闘であっても、一度戦うと決めたからには必ず勝たなくてはならない。負ければ死が待っているという事実もあるが、軍人としての義務感がそう命じている。
重い責任と義務を背負い、クドゥルは部屋を出た。
クドゥルの背を見送ったラングバットは、大きく息を吐いた。肩の力を抜いたようだ。
「オレ達も行こーや、レオング」
「ああ。クドゥル様が帰られるまで、奴らを食い止める」
「ちげぇだろ。食い止めるんじゃなくて倒すんだよ」
作戦は開戦前にも立てていたが、先ほどの戦いでユタの能力が明らかになった。つまり、単純な銃弾による攻撃は無意味だという情報だ。その情報を取り入れた新たな作戦が必要となる。
クドゥルが瞬時に打ち立てた新たな策を実行すべく、二人は窓を開け放して飛び出した。